第37話 花冠

 ここのところ、マイラはハンカチに図案を描いたり、刺繍を刺したりと、忙しく過ごしている。


 カレンベルク家主催のバザーに協力するために、数十枚のハンカチに刺繍を刺すことになっている。マイラは朝からハンカチに針を刺す。


 モチーフはバラやひまわり、幸運の象徴しょうちょうであるハトやツバメ、てんとう虫、蝶、クローバー、猫、うさぎ、蹄鉄、馬、ハート、星と種類が多い。


 年齢や性別など関係なく、お客様に選んでもらえそうなモチーフをピックアップしたのだ。




 バザー当日は夜明け前からクッキーを作ることになっている。クッキーの種類はマイラが提案し、採用されたので、クッキー作りにも気合いが入る。


 ハンカチの刺繍にかかりきりになり、ロジータと遊べない日が続き、ロジータはおかんむりだ。食事で顔を合わせても、そっぽを向かれて、マイラは心苦しい。


 バザーが終わったら、たくさん遊びましょうと、約束はしているものの、寂しさは待てるものではない。

 放っておかれる寂しさは、マイラが一番知っている。


 マイラは部屋に閉じこもり、作業している。ロジータが、マイラが刺繍をしている姿を見たいとゴネたが、使用する色の刺繍糸を通した針をたくさんピンクッションに刺してあるので、危なくて幼いロジータを部屋に入れるわけにはいかない。


 バザー当日にハンカチとクッキーを会場に持っていくため、少しでも早くハンカチを仕上げて、ロジータと遊べる時間を作りたい。


 ハンカチに刺繍を刺すのは夜中まで続く。睡眠時間を削り、頼まれた枚数を仕上げた。

 母に刺繍の仕上がり具合をチェックしてもらう。


「あなた、刺繍は苦手だったのに、いつの間に上達したの? 素晴らしい出来栄えだわ」


(マイラちゃんにも、苦手なものがあったんだ。ちょっとビックリ!)


 刺繍の出来栄えを褒められたマイラは嬉しくて頬がゆるむ。


「枚数は足りますか?」

「ええ、十分よ」

「なら、ロジータと遊んでもいいかしら?」

「そうね。ここのところ忙しくて、遊び相手がいなくてねていたから、遊んであげてちょうだい」

「はい!」


 バザーの三日前に刺繍を終えた。寂しい思いをさせてしまったので、二日間はロジータと遊ぼうと決めている。


 マイラは何をして遊ぶか聞くために、ロジータを探す。

 部屋にはいなかったので外に出た。厩舎の隣にある、たれ耳うさぎの小屋にいるだろうと、うさぎ小屋へ向かう。


「ロジータ、いる?」


 小屋の外から声をかけるが返事はない。ならば厩舎にいるかと厩舎へ足を向けた。


 厩舎で働く使用人にロジータはいるかと尋ねると、厩舎の奥にいる白毛馬を見ていると返ってきた。

 マイラは厩舎に入り、ロジータの姿を確認する。使用人と一緒に白毛馬を見ていた。馬に触ろうと手を伸ばすが、使用人に注意され、手を引っ込めている。


「白毛なんて、珍しいわね」

「あっ、マイラだ」

「ああ、マイラ様。この仔は青鹿毛と鹿毛の親から生まれたんですわ。わしも白毛なんて初めて見ましたよ」

「まぁ、目が青いわ。きれいな仔ね」

「こいつはマイラ様の馬にするようにと、旦那様から言われているんですわ。三歳のメスで、名前はマイラ様がつけたってくだせぇ」

「う〜ん、そうね。考えておくわ。ロジータ、お仕事が終わったから、遊びましょうか?」


 遊べると聞き、ロジータの顔が輝く。


「うわぁ……」

「大きな声を出しちゃだめよ」

「でけぇ声は勘弁してくだせぇ、ロジータ様」


 矢継ぎ早に注意されたロジータは、両手で口をふさぐ。


「ごめんなさぁい」


 しょぼんとして謝るロジータが可愛くて、マイラと使用人はほっこりとする。

 手を繋いで厩舎を後にし、歩きながらロジータに聞いてみた。


「ロジータは何して遊びたい?」

「うーんとね、ピクニックに行きたい!」

「ピクニック?」

「うん。お花がいっぱいの花畑で、花を摘んだり、花冠を作りたい!」

「なら、汚れても大丈夫な服に着替えて、お弁当も作らなきゃね」

「お弁当?」

「だってピクニックだもの。外で食事をしたいでしょ?」


 ロジータは目をキラキラさせて、マイラを見上げる。口角が上がり、期待に胸を膨らませているようだ。


「わーい! お弁当!! 外でお食事!! 楽しみだなぁ」


 バザーの準備が始まってから、誰にも相手にされず、不機嫌な表情をしていたロジータが、嬉しそうに笑顔を浮かべている。お弁当は喜んでもらえるように作らなければとマイラは思う。


 屋敷に戻り、汚れても大丈夫な服に着替え、マイラは厨房でお弁当のサンドイッチを作り始める。


 レタスとトマト、甘い玉子焼き、ハムとキュウリとチーズの三種類のサンドイッチに、摘みたてのブルーベリーを乗せたヨーグルトをデザートに選んだ。サンドイッチは防水加工された紙で一つずつ包む。


 飲み物とカップ、デザート、スプーン、サンドイッチをバスケットに詰めて敷布を持ち、花畑へと出かけた。


 敷地内に春から秋まで、いろいろな花が咲くように、庭師がロジータのために作ってくれた花畑だ。


「わぁ、お花がいっぱい!」


 ロジータがはしゃぐ様子を見ながら敷布を敷き、バスケットを置く。


「ねぇ、マイラ。早くお花を摘みましょう! 花冠を作るの! お父様とお母様、お祖母様にも! もちろん、マイラの花冠も作るわ。一番きれいに作ってあげる!!」


 頬を紅潮させて、ロジータは花畑を見渡す。


「嬉しいわ。ロジータは優しい子ね。どのお花がいいかしら?」


 マイラとロジータはたくさんの花を摘み、敷布の上で花冠を作る。マイラは慣れない花冠作りに苦戦している。

 茎を押さえていた指の力が抜けると、あっという間に崩れてしまう。


 ロジータは器用に茎をまとめ、花冠を完成させてマイラの頭に載せた。


「とても似合っているわ。まるで王妃様みたい」

「えっ?」


 無邪気に笑うロジータの言葉に、マイラの胸はトクンと高鳴る。

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