第36話 叔母と姪
フレーデリックは民が望んでいることを知るために平民を
ときには酔っ払いに絡まれ、適当にあしらいつつ、酔ったフリをして人の輪のなかに入り、国への不満を聞き出し、困りごとなど聞いた。
地方から働き口を求めて王都にやって来る者が多い。地方の状況を聞き出すには、酒場や食堂がうってつけなのだ。
数々の情報が集まった。
(さぁ、どこから手を付けていこうか?)
フレーデリックの瞳が妖しく光る。
この国を継ぐ者として国民に認めてもらい、マイラとの未来を掴み取るために、フレーデリックは動き始めた。
王都から馬車で半日ほど離れたカレンベルク領にマイラと母の姿があった。
マイラはフレーデリックの宮殿を去って間もなく、カレンベルク領で生活を始めた。
カレンベルク領は王都から近いが、自然が豊かで、美しい湖があり、観光地としても人気がある。
領地の経営を任されているのは、マイラの兄、ボリス・カレンベルクだ。
マイラと母が領地に戻り、半年が過ぎた。
領地に戻った当初、兄夫婦や使用人との会話が続かず、ギクシャクした日々を送っていた。
宮殿で過ごすうちに、少しずつ感情が
緊張の連続で、すっかり表情が乏しくなってしまった。
そんなマイラに救世主が現れた。兄ボリスの娘、ロジータだ。
ロジータは無邪気な女の子で、空気を一切読まない。
大人たちがマイラに聞けずにいることも、ズバズバ質問して周りを慌てさせたり、花畑で花冠を作ろうと、マイラの予定を無視して連れ出したり、ロジータのペースでマイラを振り回している。
振り回される日々が功を奏したのか、マイラも一緒にお菓子作りをしようと、ロジータに声をかけてお菓子を作る。
可愛らしくラッピングして、使用人に手渡しでプレゼントすると喜ばれ、二人で顔を見合わせて笑いあう。
二人でお喋りしをている姿をよく見かけるようになった。
十二歳違いの叔母と姪は、姉妹のように仲良くなっていく。
ロジータのお陰か、兄夫婦とも円滑にコミュニケーションが取れるようになり、マイラにも余裕が出てきた。
馬の世話を手伝ったり、折れ耳うさぎと遊んだり、川遊びしたりと、自然と動物に囲まれて過ごしてきたマイラは、驚くほど感情が豊かになっていた。マイラの母も娘の変化に目を見張る。
領地についてから、母は心配の連続だった。
母のそばから離れず、夜になれば寂しいから母と眠りたいと、枕持参で部屋を訪ねてくる。
兄夫婦や使用人に対し、態度がよそよそしくて会話が続かず、母が助け舟を出して何とか会話が継続するような日々で、母も神経をすり減らした。
ある日、マイラを遠巻きに見ていたロジータが近づいて来た。
「マイラは王太子と婚約破棄をしたのはどうして?」
必要以上に神経を使って避けてきた話を、八歳の女の子が思いっきり踏み込んできた。
周りの大人たちは凍りつく。
「王太子に好きな人がいたって、本当?」
「マイラは振られちゃったの?」
どこで聞いてきたのか、触れてはいけない話題に、ロジータは鋭く切り込んでいく。
周囲の大人たちは動揺を隠せない。ロジータを黙らせるにはどうしたらいいかと考えている。
マイラはロジータの目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「あのね、王太子が私のことを嫌いだったの。私も大嫌いだったわ」
突然、マイラが答えだした。しかも何も気にしていないという顔で。
「王太子に好きな人はいたわね。操られていたけど」
「あの王太子が婚約破棄してくれたから、清々したわ」
「ふ〜ん」
ロジータよ、話の内容は分かっているのかと、ボリスは心のなかで呟く。
「記憶がないって、本当?」
「本当よ」
「何も覚えていないの?」
「うん」
「だから
「そうよ」
「じゃあ、あたしといっぱい遊べる?」
「遊べるよ」
遊べると聞いたロジータは目を輝かせた。
「じゃあ、明日から遊んでちょうだい」
このやり取り以降、マイラが変わっていったと母は思い返す。領地に来た当時、一緒に眠っていたが、ロジータに連れ回される日々を送るにつれ、マイラは一人で眠るようになった。
昼間は騒がしくて気が紛れるが、夜になると胸が痛む。
『王族に関わらなくていい』
母が発した言葉が忘れられない。
ベッドに座り、目を閉じる。思い浮かぶのは光の加減で虹彩の色が変わる、不思議な瞳。
黒髪に狐色のメッシュが入り、
(私はもう、フレーデリック様に会えないのかな? 色変わりする瞳は私じゃない人を映すの?)
(
抱きしめられたときの温もりと、グリーンシトラスとフレーデリックの匂いが混じり合った香りが心地よくて。
また、あの香りに包まれたい。甘い声で名前を呼んでくれたら……
「フレーデリック様に、会いたい……」
王都がある方角を見つめ、涙がこぼれる。
フレーデリックに抱きしめられた瞬間に、マイラの心に宿った“何か”が大きく育ち、生まれようとしている。
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