第34話 欲しかったもの
マイラは両親の顔色を窺う。マイラの父は愛しそうにマイラを見つめている。母は心労でやつれたと、身体が表していた。
「妃教育で費やした年月を取り戻しましょう。あなたが帰って来ることを、皆、待ち望んでいるわ。他愛のない話をして、笑いましょう。領地で馬に乗って、思い切り駆けるの。あなたが望んでいたことをしましょうね」
記憶の彼方に葬り去られていた、親の愛を求める想いが、流星群のように降り注ぎ、胸がいっぱいになる。
「お……かあ、さん…………お母さま!」
震える腕を伸ばし、母の背に腕をまわし、抱きつく。マイラは子どものように声を上げて泣き出した。今まで耐えてきたものを、全て吐き出すように。
(笑いかけてほしかった、抱きしめてほしかった。……愛してほしかった!!)
泣きやまない娘に、母は赤ん坊をあやすように背中をポンポンと手を当てる。
マイラの高ぶった感情が落ち着いてきた。無意識に寂しかったと言葉が漏れた。
「屋敷に帰りましょう」
マイラの母は穏やかな眼差しで夫を見上げる。妻の顔を見て頷いた。
「帰るぞ」
マイラは促されるまま一歩を踏み出す。両親に支えられ、真ん中を歩く。
(夢を見ているみたいだ)
身体に力が入らないのか、ふわふわする。でも、心地が良いとマイラは感じた。
扉の前で一部始終を見ていたカルラは呆然として佇んでいた。
カルラと目が合った。
いつもはクールなカルラが、困ったような、泣き出しそうな表情をして身体を震わせている。
「マイラ様……? どこへ……」
カルラの声が震えている。マイラはカルラを見つめ、ほほえむ。
「お世話になりました」
淑女らしくカーテシーをした。驚いた表情を見せたカルラだったが、悲しげに顔を歪めた。
馬車に揺られ、王都にあるカレンベルク邸に到着した。馬車を降りると、門から玄関まで侍女や侍従、使用人が整列し、馬車を降りた主に執事が歩み寄り、胸に手を当て一礼し、挨拶をする。
「お帰りなさいませ。旦那様、奥様……お嬢様!!」
「うむ。マイラが帰ってきたぞ!! 皆にも心配をかけたな。元王太子の酷い仕打ちで記憶をなくすほどの痛手を負ったマイラだが、温かく見守ってほしい」
その場にいる侍女や侍従が笑顔になり、歓声が上がる。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「あぁ、マイラ様。お帰りになるのを、お待ちしておりました」
マイラの乳母はハンカチで目を覆い、肩が震えている。
その場にいる執事や侍女、侍従、使用人はマイラを温かく迎えてくれた。
乳母がマイラを部屋へ案内してくれた。マイラの身体で目覚め、着飾って送り出してもらった部屋に初めて入る。
部屋のなかを見回した。淡いピンクの壁紙に調和の取れた家具の色。
テーブルとソファーやクッションは可愛らしいデザインだ。
ライラック色にリラ色のメッシュが入るマイラの髪色にピッタリな部屋である。
両親とともに夕食を済ませ、サロンでくつろいでいた。柔らかい雰囲気のなか、ふと寂しくなり、マイラは遠慮がちに母の手に自分の手を置く。寂しさと遠慮が顔に出ていたのだろう。
「まぁ、マイラったら」
母は穏やかにほほえみながらマイラを胸に抱き寄せた。母の温もりが伝わり、涙がこぼれる。
ずっと欲しかった、母の温もり。
安らげる母の匂い。心音が心を満たしてくれる。
翌日。
侍女のオルティアが指示を出し、ドレスや日用品などを荷造りしている。明日の朝、母とともにマイラは領地に戻ることになった。
マイラは王都で生まれたので、領地へ
辛い思いをした王都にいるより、牧歌的な雰囲気の領地で過ごしたほうが良いと、父の提案だった。
領地を運営していたのはマイラの祖父だったが、数年前に亡くなり、葬儀のために領地へ戻ることになったが、妃教育係がひどく反対し、マイラだけ祖父の葬儀に参列出来なかった。
今は兄夫婦が領地の運営を任されている。マイラと兄は十歳年が離れている。温厚な性格で、一人娘のロジータを溺愛しているという。
義姉のリリーはしっかりした性格で、娘を甘やかす兄を
前世では一人っ子だったので、兄がいると言われてもピンとこない。
昼過ぎに、たくさんの荷物を抱えた使用人を見かけた。母が領地の屋敷で働いている使用人にお土産を買ってきたらしい。
夕食中に、かわいい人形を見つけたから、ロジータにプレゼントするのと、嬉しそうに話してくれた。
母も王都で暮らしていたので、
夜が過ぎ、朝を迎えた。
使用人たちは忙しそうに荷馬車に荷物を積み込んでいく。準備が整い、馬車の前でマイラは父に抱きしめられた。
「マイラ、自然が豊かな領地は、きっと心の傷を癒やしてくれる。そなたと離れるのは寂しいが、向こうでゆっくり過ごしなさい」
「はい。お父様」
「トルデリーゼ、マイラを頼む」
「あなたも、お体に気をつけて」
両親が抱きしめあった後、マイラと母は馬車に乗り、領地へと向かった。
フレーデリックの宮殿から離れた場所に離宮がある。離宮の主はフォルクハルトだ。
廃太子され、身分は王子となり、住まいは宮殿から離宮へと移された。
仕える人員も減らされ、気分が晴れずふさぎこむ日々を過ごしていた。
「何? マイラが領地へ戻っただと?」
フォルクハルトは側近が入手した情報を聞き、あごに指を当て、考え込む。何か思いついたように、側近を近くに呼び寄せて囁く。
側近は
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