第33話 突然の訪問
カルラのハンカチも完成し、いよいよ福の顔を仕上げていく。狐色の麻呂眉、キリリとした目、かわいい鼻に笑っているかのような口。
口周りの毛の流れを再現出来たら完成だ。少し休憩をとってから集中して仕上げよう。
マイラは刺繍枠に挟んだハンカチを刺繍箱の上に置き、グッと伸びをし、身体の力を抜いた。
気分を変えるためにハンカチに添えるクッキーの種類を考え始めた。
プレーンクッキーとイチゴジャムクッキーは決定済みだ。
あと、二〜三種類を彩りよく作るなら、どんなクッキーがいいだろう? ココアクッキーか、マーブルクッキー、ドライフルーツを洋酒に漬けたフルーツクッキーもおいしそうだ。
形も丸ばかりじゃ素っ気なく感じるので、四角や三角もいいし、絞り出しクッキーなら、いろんな形が作れそうで。
デコレーション用の口金を使えば、絞り出す形でバラやハートが形作れる。
小さく絞り、口金をそっと上に上げると花の形になり、間を空けずに五つ絞れば星に。
プレーンとココアを交互に絞れば市松模様になり、面白そうだ。
Uの字に絞り、フルーツかチョコチップをトッピングしたら、蹄鉄も再現できそうで。
丸い口金で絞れば、犬の肉球形も作れそうだと肉球の絵を描いてみる。
湧き上がるクッキーの種類と形を紙に描き留めていくと、どんどん楽しくなってくる。マイラは夢中になって描いていく。
「……!」
「……!」
「……!!」
なにやら廊下が騒がしい。だが、クッキーを考え、夢中で描いているマイラの耳には騒がしさも届かない。
勢いよく扉が開き、バタンと大きな音をたてる。
「マイラ!!」
音に驚いたマイラは立ち上がり、扉のほうへ視線を向けた。
そこにはラベンダーグレイ色の髪に銀色の瞳の紳士とアイリス色の髪にデイドリーム色の瞳の貴婦人が両手を口に当て、目を潤ませて立っていた。
二人の後ろでカルラが立っていたが、マイラの目には入らなかった。
(……誰だろう?)
マイラはキョトンとして二人を見つめている。上等な生地で仕立てられた服装を身に
「マイラ!」
「マイラぁ」
二人は足早にマイラに近づき、二人でマイラを抱きしめた。
「はっ!?」
「あぁ、マイラ! わたくしたちのかわいい娘! 会いたかったわ」
貴婦人は嗚咽を漏らし、マイラを抱きしめる。
「あなたが元王太子殿下から酷い仕打ちを受けたショックで、記憶喪失になり、
(マイラちゃんのお母さん?)
「そなたに会いたくて、陛下に何度も面会を申し出たが、記憶がないマイラが混乱するからと、許可がおりなくてな。ずっと耐えてきたが、私たちも限界だった。陛下の言葉を振り切って、強行突破してきたぞ! 私たちの娘に会うのに陛下の許可がいるとは、おかしな話だ」
(マイラちゃんのお父さん? 確か、陛下は記憶喪失になったと説明すると言われていたわ)
マイラの身体で異世界の人間だった茉依が目を覚まし、マイラと似ても似つかない性格だったので、婚約破棄のショックで記憶喪失になったと説明すれば、違う性格でも理解されるだろうと、国王は考えた。
マイラを宮殿で預っていたのは、愚息の行いに対し、罪滅ぼしの意味もあるが、すぐに屋敷に戻せば記憶を取り戻そうと、矢継ぎ早に思い出話をされて、マイラの身に宿る茉依が追い詰められるのではと心配してのことだった。
記憶がいつ戻るかわからない。宮殿で時間をかけて落ち着かせたほうが良いと、国王が夫妻に提案したのだ。
カレンベルク夫妻は国王の提案を受け入れたが、心配の余り
「記憶を失くして、辛い思いをしたでしょう? 屋敷に帰りましょうね。そして領地で過ごしましょう。もう、王家と関わらなくてもいいのよ」
マイラの母が涙を流しながら娘の顔を両手で包む。
(温かい……)
マイラの胸がチクリと痛む。
(ごめんなさい、私はマイラちゃんじゃないの。マイラちゃんの前世だった異世界の人間なんです。あなた方からマイラちゃんを奪い、よみがえった人間なんです)
罪悪感が心を占める。申し訳なくて涙が零れ落ちた。マイラの母は再びマイラを抱きしめる。
「さぁ、屋敷に帰りましょうね。記憶がなくても、新しく記憶を
マイラの母の言葉に、茉依は強く心を揺さぶられる。
「そうだぞ。あんなに酷い仕打ちをした王家とは、もう二度と関わらなくていい。領地でのんびりしよう」
マイラの父はマイラに笑顔を見せ、母の肩に手を置く。
(……私でも、いいのかなぁ? マイラちゃんのご両親は、記憶がなくてもいいと、言ってくれたけど。本当に、受け入れてくれるのかな?
生みの親に愛情を注がれたことがない茉依は、マイラの両親の言葉に半信半疑だ。
(信じたい。愛情が知りたい! 愛情で満たされるって、どんな感じ? でも、また、居ないもの扱いされたら? 一人ぼっちの食事だったら?)
考えると怖くて、踏みとどまってしまう。
『わたくしの両親は愛情深いので、心配なさらないで』
(……マイラちゃん?)
マイラの声が聞こえたような気がした。
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