第32話 魔法の起源

「魔法の種類について説明しましたが、何か質問はありますか?」

「あの、治癒魔法って、ありますか?」

「治癒? 怪我が治る魔法ってことですか?」


 ジルヴィアは怪訝けげんそうに聞き返す。頷くマイラに、小首をかしげる。

 しばしの沈黙の後、ジルヴィアは口を開く。


「治癒魔法という魔法は存在しません」


(存在しない? だってあのとき――――)


『僕が治癒魔法を開発できていれば、すぐに治せたのに……』


 高熱で苦しんでいるマイラにフレーデリックが呟いた言葉が耳に残っている。確かに治癒魔法と言っていた。なのに存在しない魔法だったとは……


「治癒魔法が気になりますか?」


ジルヴィアに声をかけられ、我に返る。


「はい。数多あまたの魔法があるのに、何故治癒魔法がないのか、治癒魔法があれば、病気や怪我を治せますよね」


 どうしてフレーデリックが口にした治癒魔法が気になるのだろう? 治癒魔法がないと聞き、喉に刺さった小骨のように、違和感が付きまとう。


「これは神話なのですが……」


 ジルヴィアは前置きをし、話を進めた。


 豊穣の女神が気まぐれに地上に降り立ち、人間の男と恋に落ちた。女神は地上に留まり、娘をもうけ、幸せに暮らしていたが、伴侶である男が寿命で亡くなると娘を連れて神の国へ帰ったという。


 神の国で美しく成長した娘は、怪我や病を癒やす力を持ち、地上へ降り立つと、人々の病や怪我を癒やし、治癒魔法の適性のある者に力を授けていた――――




「私たちが魔法を使えるのは、火・水・土・風・雷の神が人々に力を授けたからです。長い年月を経て魔力も受け継がれていきました。その過程で複数の属性を持つ者が現れ、今に至ります。ですが、治癒魔法が使える者は一人もいないのです」


豊穣の女神の娘は人々に治癒魔法を授けていたが、途絶えてしまった失われた魔法ロストマジックなのかもしれない。

 もしかしたら、フレーデリックは治癒魔法を復元したかったのかも知れないと、漠然と感じた。




「他に質問はありますか?」

「いえ、ありません。治癒魔法のことを教えてくださり、ありがとうございました」


 ジルヴィアも頷き、マイラの部屋を後にした。


 魔法について教えてもらうために、ジルヴィアには大幅に時間を割いてもらい、感謝の気持ちでいっぱいだ。


 次回はジルヴィアの都合のよい日になるそうだが、魔法という不思議な力をよりよく知る機会を得ることができ、嬉しくて次の講義が楽しみでならない。


 夕食の時間になり、食堂で待っていると、国王が姿を現しイスに座る。

 マイラの機嫌がいい。国王は珍しく思い、理由を知りたくなった。


「マイラ、嬉しそうだな。何か良いことでもあったのか?」

「はい、今日は魔法について学びました。知らないことばかりで、とても楽しかったです。魔法は奥が深いですね。もっと知りたくなりました」

「そうか、楽しく学べるなら何よりじゃ」


 いつもはあまり会話が弾むことがないのに、マイラが饒舌じょうぜつに話している。

 国王は少し驚いたものの、魔法について学べたことが余程嬉しかったのかと、理解した。


「魔法について知りたかったなら、どうして僕に言ってくれないの?」


 食堂の入口でマイラと国王の会話に耳を傾けていたフレーデリックは、会話の内容が魔法に関することだったので、自分を頼ってもらえなかったことが面白くなかったらしく、不満そうな表情でイスに座り、ジットリとマイラを見つめる。


 どうやらフレーデリックの機嫌を損ねてしまったらしい。


「マイラ、誰に教わったの?」

「え?」

「宮廷魔導師の誰?」


 何故そんなことを聞いてくるのか、不思議に思う。


「ジルヴィア・コルネリウス様です」 


 フレーデリックはフィッと顔を逸らした。


(ジルヴィア・コルネリウスか。なら安心だけど……でも、気に入らない!)


 フレーデリックはモヤモヤした思いを抱え、無言で夕食を食べている。


「フレーデリック、やきもちを焼いているのか? 狭量じゃのう」

「なっ」


 モヤモヤがやきもちだったのかと気付き、顔が熱くなる。フレーデリックは食堂に居づらく感じ、食事のスピードを上げ、たいらげるとさっさと食堂を後にした。


(ん? フレーデリック様に魔法を習わなかったからって、どうしてやきもちを焼かれるの?)


 マイラには理解が出来ないようだ。

 このくらいでやきもちとは、独占欲の塊で、まだまだ未熟者だなと、国王は小さく息をつく。





 マイラの毎日はとても充実している。体幹を鍛えたお陰で、ダンスも人並みに踊れるようになった。


 オーフェルヴェックにも一人で乗れるようになり、馬場を歩くように指示を出し、歩かせることができるようになった。

 オーフェルヴェックをブラッシングしたり、おやつに人参を持ってきたりと、マイラなりに交流を深めようと頑張っている。

 ガラントみたいに、オーフェルヴェックと信頼関係を築けたらと思う。


 この国の歴史や物価なども覚えてしまい、習い事が減り、刺繍をしている時間が多くなり、カルラのハンカチも、もうすぐ仕上がる。

 ニーナのハンカチはすでに出来ており、そろそろ福の顔を刺す準備をしている。


 魔法の講義はジルヴィアが忙しく、いつ行われるか、目処が立っていないのが残念だ。


(マイラちゃんは魔法が使えたのかな? 何属性だったんだろう。私も魔法が使えるのかしら?)


 早く自分の属性が知りたくて、フレーデリックに聞いてみようかと思ったが、ジルヴィアに魔法を学んでいることに不快感を示されたので、魔法に関することは触れないほうが良さそうだと、結論づけた。

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