第30話 何が起きた!?

「あで! ぁいだだだだだだ!!」


 フレーデリックの奇妙な叫びとともに身体が離れ、マイラは深く呼吸をし、むせている。


「いだい! いだいよ! カルラ!!」

「!?」


 痛がる声を上げたフレーデリックに視線を向けると、カルラに右頬をつままれていた。よく見ると抓んでいるだけではなく、ひねりも加えている。かなり痛そうだ。


「これくらい罰を与えないと、覚えないでしょ? 力を加減しないと、マイラ様は天に召されてしまいますよ? 分かりましたか?」


 笑顔で怒っているカルラに、マイラは笑顔で諭しているのか、怒っているのか、どちらだろうと、区別がつかずに眉尻を下げた。


(罰でほっぺたをつまむんだ……異世界こちらの罰って、変わってるんだなぁ……)


 



 カルラは頬から指を離し、フンと鼻を鳴らす。フレーデリックは抓まれた頬を涙目でさすっている。赤くなって痛々しい。




 フレーデリックは高身長で筋肉質な体型をしている。留学中に、騎士を目指している友人と競うように体を鍛え、剣技を磨き、騎士として申し分のない実力を身につけた。


 王子でなかったら、ウチの騎士兼魔導師になってほしかったと、留学先のケッセルリング王が残念そうに言ったという。


 隣国ケッセルリングの魔導庁に在籍し、優秀な魔導師であり、騎士としても有能であるフレーデリックはハイスペックだ。

 花のかんばせに王太子になる可能性もある。


 公爵から男爵の令嬢……より、親が色めき立ち、愛娘をアピールするために謁見を申し出る貴族が後を絶たないようで、国王も辟易している。


 国中の貴族に目を付けられ始めたフレーデリック自身は、マイラしか眼中に無い。




「マイラ、ごめんね」


 大きな身体を縮こませて謝るフレーデリックは何とも可愛らしかった。

 そんなフレーデリックの仕草に胸がキュンとなる。


(今、胸がキュンってなったけど、何だったんだろう)


 マイラは胸に手を当て、小首を傾げる。

 フレーデリックはケーキを目にして、モジモジしながら呟く。


「ケーキを食べさせてもらいたいなぁ」


 ダメかなぁ? と言いたげにマイラをチラ見している。甘えるような視線を受けて、マイラの胸が再びキュンとなる。


(何だろう、この気持ち)


 キュンとする度に、胸の中で波紋が広がる。初めての感覚に戸惑いもあるが、嫌ではない。むしろ何かが呼び起こされる前触れの予感のようで……




 ケーキを切り分け、口元に運ぶと嬉しそうに目を細め、口にする。目を閉じて咀嚼そしゃくするフレーデリックはじんわりと“幸せ”を噛みしめている。

 次はイチゴを口元へ。フレーデリックはとろけそうな笑みを浮かべて口にした。


「はにゃ〜」


 ニーナが気の抜けた声を発し、茹でたタコのように顔を染め、目はとろんとしている。


 フレーデリックがかもし出す甘々な雰囲気で、ケーキを食べなくても紅茶が飲めると、カルラは紅茶ばかりを口にしていた。





 甘々な雰囲気を吹き飛ばすように、こちらに向かって走ってくる人影が見えた。


 フレーデリックの眉がピクリと動く。


 走ってきたのはフレーデリックの侍従であるクルトだ。


 クルトには少し休憩すると言い残し、執務室を後にしたフレーデリックを待っていた。

 しかし待てど暮らせど帰って来ないフレーデリックに業を煮やし、探しに出た。




 行き先はマイラの部屋だろうと訪ねたが、ノックをしても反応がないので、部屋にはいない。


 なら、主はどこへ行ってしまったのか? 度々姿をくらますフレーデリックの行動に頭を痛めていたクルトは怒り心頭で探し始めた。


 フレーデリックの部屋を見に行ったり、食堂まで足を延ばしたが姿はなく、フレーデリックの立ち寄りそうなところを片っ端から探したが見つからず、途方に暮れてトボトボと歩いていると、大樹のそばでお茶会が催されているのを見かけた。


 遠くてフレーデリックの姿は確認できないが、そこにと、直感が告げる。


 クルトは無意識に走り出した。距離が縮まり、はっきりと見えたフレーデリックの姿に仰天して足が止まる。


 膝の上にマイラを乗せ、ケーキを食べさせてもらっているではないか。


 仕事を放ったらかしにしてイチャイチャなど羨まし……許されるものではない。


 クルトは眉を吊り上げ、フレーデリックの元へと急ぐ。


「フレーデリック様! 少し休憩すると執務室を後にして、どれだけ時間が過ぎたと思っているんですか!」


 フレーデリックの元へたどり着いたクルトは汗びっしょりで、息が上がり、肩が揺れる。


「ずいぶんと探しましたよ。さぁ、執務室に戻って、遅れた分を挽回してください」

「分かった分かった。そうキャンキャン吠えるな。支度するから、紅茶でも淹れてもらえ」


 ニーナは現実に引き戻され、慌てて紅茶を淹れ、クルトの前に置く。


「ありがとうございます」


 クルトは紅茶を口にして、ホッと息を漏らす。フレーデリックを発見し、張り詰めていた気が緩んだのだろう。


 フレーデリックは立ち上がり、マイラをイスに座らせると、名残惜しそうにマイラの髪を撫で、頬を撫でた。


 表情は帰りたくないと訴えているようで。


 マイラをじっと見つめるフレーデリックの背後で、クルトが無言で圧力をかけている。

 侍従クルトの圧力に負けたのか、小さくため息をつく。

 緩んでいた表情をキリリと引き締めた。


「マイラ、またね」


 撫でていた頬に口づけをすると、クルトの襟首を掴み、転移魔法で帰って行った。


(――――――ナニガオキタ!?)


 マイラは事態を把握出来ずに硬直している。


「ぅきゃ〜!! カルラさん、見ました? ねぇ、見ましたよねぇ?」


 ニーナは興奮してカルラの袖を何回も左右に引っ張っている。


 カルラはこめかみに手を当て、この事態をどう収拾しようかと思い悩む。


「ニーナ。一旦、落ち着こうね」


 袖を引っ張るニーナの手首を掴むと、と笑みを浮かべたカルラにニーナは息を呑む。


「ひゃい!」


 カルラは掴んだ手首を離し、ニーナはピシッと背筋を伸ばした。甘々な雰囲気に酔いしれ、心臓が早鐘を打っていたが、今は違う意味でドキドキしている。


「マイラ様?」


 放心状態のマイラを心配そうに声をかけた。


「……ほぇ?」


 ぼんやりとしていたマイラの意識が現実に戻された瞬間、頬に口づけされた感触を思い出した。


 頬が紅色に染まり、せわしく泳いだマイラの銀色の瞳が潤んでいる。


「えっと、あのっ、フレーデリック様が、頬に、突然消えて……」


 頬に口づけされ、転移魔法を初めて目にした衝撃で、支離滅裂になっているマイラに、カルラは深く同情した。

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