第28話 世界一甘いお菓子より……

 いつの間にかフレーデリックの膝の上に乗せられていた。目の前に光の加減で虹彩の色が変わる瞳が忙しく色を変えながらマイラの姿を映す。


(フレーデリック様の瞳に私が映っている? なら、私の瞳には……)


 考えただけで胸が高鳴り出し、膝の上に座らせられたマイラは恥ずかしくなり、うつ向く。


「この姿勢で辛くない? 座り心地とか、大丈夫?」


 右手でマイラの背中を支え、膝の上に座らせているフレーデリックはうつ向いてしまったマイラを気遣う。

 

「え? えっと……」


(座り心地は……悪くない、かも。私の居場所はココなんですか? そうですか)


 恥ずかしくて何とも言えない微妙な表情を浮かべているマイラに、ちょっと強引だったかとフレーデリックは内心、ヒヤリとする。


 どうしてこうなったのか。マイラは微妙な表情のまま、カルラとニーナに視線を送る。


 カルラは信じられないという表情でフォークをくわえたまま固まっている。

 ニーナは頬を赤くし、瞳を潤ませて両手で口を押さえていた。


(二人の反応が……)


 二人の相反する反応が何を表しているのか、読めないマイラは目をまたたかせている。



「あのー、フレーデリック様?」

「イスが足りないんだろ? 僕がお茶会に参加するなら、こうするしかないよね?」


 マイラの身体をしっかりと支えて逃げられないようにし、柔らかくほほえむ。


(何でそうなるの?)


 逃げようにも逃げられない状況に、マイラはため息をつく。これ以上考えると、キャパオーバーになる。

 

(もう、考えないようにしよう)


 マイラは鈍感力を発揮して、お茶会に臨む。


 マイラのフォークにイチゴが刺さっているのに気づいたフレーデリックは流し目で視線を向けた。


 人によって捉え方は違うだろうが、フレーデリックの視線は独占欲とほんのりと色気を含んでいると感じさせる。


 フレーデリックの視線に、カルラの眉間にシワが寄り、目がつり上がる。


 ニーナは潤んだ目を大きく見開き、頬の赤みが増し、ふるふると震えている。


 考えることを放棄したマイラはキョトンとしていた。


 一番伝わってほしい人に伝わらず、外野が反応を示す。

 

(カルラは反応しなくていいから。なぜ、マイラには伝わらないのだろう……)


 マイラにアプローチしているのに、伝わらないもどかしさに、一抹の寂しさを覚える。


(なら、甘えてみるか。ちゃんと伝わるだろうか)


 気を取り直し、マイラに顔を寄せて口を開く。


「イチゴ、食べさせて?」


 甘えるように耳元でささやく。甘く囁かれて、マイラの背筋にゾクリと悪寒のようなものが走る。


(おぉぅ? びっくりした。背筋がゾクッてなったよ)


 囁いた後は上目遣いで念押しする。グリーンに色変わりした瞳は先程とは打って変わり、甘える少年のような眼差しは、乙女心をくすぐりそうだ。


 上目遣いをされて、フレーデリックの前世である黒柴犬を思い出す。福は寂しかったり構ってほしいときは上目遣いで鼻を鳴らし、茉依の気を引こうとしていた。


(フレーデリック様は人なのに、福と重なって見えるのは気のせいかな?)


 少年のような、大人の男のような、不思議な雰囲気をまとう美貌のかんばせをいかんなく発揮している……のだが。


 マイラが美貌の顔を黒柴犬と重ねているなんて、フレーデリックすら思っていないだろう。


「はわわぁ〜」


 口元を押さえていたニーナから感嘆なのか、ため息なのか、声が漏れ聞こえる。

 愛読している恋愛小説みたいな甘いやり取りが目の前で繰り広げられている。


 瞳を輝かせて二人の一挙手一投足を見逃さないように見つめている。


 マイラは右手でフォークを持ち、フレーデリックの口元にイチゴを近づけた。フレーデリックは小鳥のヒナのように口を開けて待っている。

 口に入れようとして手を引いた。


「マイラ〜、遊ばないで。ちゃんと食べさせて!」


 食べ損なったフレーデリックは頬をプクッと膨らませてマイラに顔を近づけた。


(ち、近い近い! そんなに距離を詰めてこなくても……)


「あ……ごめんなさい。何か、つい」




 福のおやつタイムでやっていた遊びをフレーデリックにやってしまった。

 おやつを与えようとして、引っ込めると、福が右前脚で床をタンと叩く。その姿が可愛くて。

 遊んだ後は前脚でおやつを押さえておいしそうに食べていた姿にほっこりしていた。




「どうぞ」


 イチゴを食べさせてもらえたフレーデリックは上機嫌で咀嚼そしゃくしている。


(整った顔立ちで色が変わる不思議な瞳。福の記憶を持つ人に、僕のものっていわれたんだよねぇ。私はものじゃないけれど)


 フレーデリックの顔を見ながらぼんやりと考えていたら。


「マイラ、そんなに見つめられると、照れるよ」


 頬をほんのりと赤く染め、左手で口を隠し、目を逸らす。


(私、凝視ぎょうししてたかな? フレーデリック様が福と重なるなぁって、思っただけなのに)


 ニーナは顔を赤くして両手で顔を隠したが、指の間からこちらをうかがっている。


 先程からニーナが挙動不審になっている。どうしたのかとマイラは不思議そうにしている。


「次はケーキが食べたいなぁ」


 ニッコリと笑い、催促してきた。マイラも言われるままフォークでケーキを切り分け、フレーデリックに食べさせる。


「ん、おいしい。今度はもっと大きく切って」

「この位?」


 ケーキの上にフォークを置き、フレーデリックに聞く。


「もう少し大きく」


 フォークの位置をずらし、この位?とアイコンタクトを取ると、頷かれた。


 そのままフォークに力を入れてケーキを切り分け、フォークに刺し、目を輝かせているフレーデリックの口へと運ぶ。


 ケーキと口の位置がずれて、口角に生クリームが付いてしまった。


(あ、生クリームが)


 フレーデリックが食べ終えたので、マイラが手を伸ばし指で生クリームを拭き取る。フレーデリックは驚いて目を見張る。


「生クリームが口についていたから」


 マイラは指についたクリームを拭き取ろうとナプキンを持ち上げる。咄嗟にフレーデリックがマイラの手を掴み、指についた生クリームを舐めていたずらっぽく笑う。


「うきゃ〜〜!!」

「!?」

「・・・・・・」


 ニーナが悲鳴なのか、歓喜の声なのか、上げた。顔がトマトみたいに真っ赤に染まり、瞳は潤んでキラキラさせながら、両指を組んで胸元に寄せ、祈るようなポーズをしながら恋愛小説を地で行く展開に、心をときめかしているようだ。


 カルラもそこまでするかと、頭に手を当てる。


 指を舐められたことに気が動転したマイラは無表情で固まってしまった。




 目の前で繰り広げられている光景は、世界で一番甘い菓子グラブジャムンよりも甘いはず。なのに甘さを感じないのはなぜだろうと、カルラは痛む眉間に指を当て、自問自答を繰り返す。

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