第24話 手合わせ
カルラが三日間休みなので、代わりの侍女フランカとニーナがマイラの世話をしている。
フランカはコバルトブルーの髪にインディゴのメッシュが入り、ミモザ色の瞳をしている。
普段は侍女長の補佐として働いているが、ニーナとカルラのどちらかが休みのときに臨時でマイラの侍女になる。
人見知りをしてしまうマイラには臨時でも同じ侍女がつけば安心できるだろうと配慮したのだ。
マイラは刺繍を刺している。フレーデリックに贈るハンカチは
前脚をちょこんと揃えて座る福の姿を目に浮かべ、福の毛並みを再現するように一針一針丁寧に刺していく。
柔らかい眼差しに微かに笑みをたたえたマイラの表情は、福を慈しんでいたと感じさせる。
福を語るマイラはいつも穏やかな眼差しだった。
両親に愛されなかった茉依にとって、福は愛情がどんなものか、教えてくれた存在だったのかもしれない。種族が違っても愛情は伝わるものだ。
しかし、同じ人間同士になったのに、愛情がうまく伝わらないマイラとフレーデリック。
どうしてそうなるんだと、カルラとニーナはじれったい思いを抱えている。
侍女がヤキモキしていることに気づいていないマイラは夢中になって刺繍を刺している。
転移魔法で騎士団の見習い騎士が住む寮に訪れたフレーデリックはカルラの弟であるオルクスに面会を申し込んだ。
寮長が応接室まで案内をしてくれて紅茶を淹れてくれた。
応接室で待っていると、慌ただしい足音が聞こえ、ノックもなしに扉が開いた。
扉を開けた少年はフレーデリックの姿を認めるとドアノブを持ったまま動きがとまる。
ラズベリー色の髪にシーグリーンの瞳が大きく見開かれ、同時に口もとがゆるむ。
「フー
フー兄と呼ばれ、フー兄とは誰だとキョトンとしたが、そういえばケッセルリングへ行く前に、オルクスがフー兄と呼んでいたなと思い出した。
「久しぶりだなオルクス」
「やっぱりフー兄だぁ!」
オルクスは早足でフレーデリックに近づき、全体重をかけるように勢いよく抱きついた。
見習い騎士だけあり、同年代の少年よりガッシリした体格のオルクスに、不意をつかれて抱きつかれたフレーデリックも
「力が強いな。オルクスは騎士になるのか?」
「はい! 将来は父のように立派な近衛騎士になりたいです」
目を輝かせて将来の夢を語るオルクスの頭を撫でた。
(泣き虫だったのに、たくましくなったな)
フレーデリックはたくましく成長した
将来は
「あぁもう! せっかく整えた髪がぁ」
オルクスの髪はクセが強く、一度はねると整えるのが大変な髪質をしている。
赤ん坊の頃はぽやぽやした髪がオルクスの愛らしさを引き立てていたが、今は思春期らしく、思うようにならない髪質にかなり気を使っているらしい。
「フー兄!! この髪、どうしてくれるんですか?」
多方向にはねてしまった髪に、涙目になりながらフレーデリックに抗議する。
「あ……いや、悪かった。ごめんな」
素直に謝るフレーデリックに、オルクスはニヤリと口角をあげた。
「悪いと思うなら、ボクと手合わせをしていただけませんか?」
涙目だった目には涙はなく、いたずらっぽさを含む眼差しがフレーデリックをとらえている。
(そう来たか)
仕方がないなと肩をすくめたフレーデリックの顔には笑みが浮かんでいた。
「では、お手柔らかに」
青い空の下に金属音が高らかに響く。訓練用の鉄剣が音を立てて何度も交わる。仕掛けてくるのはオルクスだ。フレーデリックは軽くいなしていく。
オルクスはフレーデリックに相手にされていないと感じ、ムキになって剣を振る。
「オルクス、落ちつけ、太刀筋が乱れているぞ」
フレーデリックに注意されて我に返ったオルクスは間合いをとり、呼吸を整えた。
フレーデリックを見据えオルクスが斬り込んでいった。
キンッと鋭い音がし、鉄剣が空を舞う。フレーデリックの一撃でオルクスの剣が手から離れてしまった。
ビリビリと手が痺れているオルクスは震える手のひらを見つめてからフレーデリックへと視線を移し、驚いたように目を見開く。
フレーデリックは手合わせの挨拶をした場所からほとんど動いていなかったのだ。
冒険者としてドラゴンを討伐したと風のうわさを耳にした。
ケッセルリング王国の騎士団長がフレーデリックの腕を評価し、ファーレンホルスト王国の王子でなければ……と惜しがっていたと、父から聞かされ誇らしい気持ちになったが、いざ手合わせをしてみると手のひらで転がされていただけだった。
悔しさで奥歯を噛み締めるオルクスにフレーデリックは近づき肩をたたく。
「オルクス、いつなんどきも相手の動きを冷静に見定め、わずかな隙を見逃さず攻めることが大事だよ」
「フー兄」
「オルクスの騎士人生は始まったばかりだ。悔しさをバネに、さらなる高みを目指して頑張りなさい」
期待しているぞとフレーデリックの瞳は語る。フレーデリックの意を汲み取ったオルクスは力強い眼差しで頷いた。
突然歓声があがり、二人は周りを見回す。いつの間にか訓練場に人だかりができていて驚いていると、先程応接室に案内してくれた寮長が歩み寄ってきた。
「フレーデリック様、私はベレント公爵家の次男でルークスと申します」
「寮長はベレント公爵の子息だったのか。どうしたのだ?」
ルークスはフレーデリックに尋ねられ、どう切り出してよいのかタイミングをつかみかねている。
フレーデリックとオルクスが手合わせをしていると、見習い騎士たちから知らされ、訓練場に向かうとすでに人だかりができていた。
荒削りではあるものの、オルクスは果敢に攻めている。フレーデリックもオルクスの剣を受け、楽しそうに相手をしていた。
二人の手合わせをじっと見守るなか、オルクスの剣が空を舞った。
「オルクスはいいなぁ、俺もフレーデリック様と手合わせしてみたいよ」
誰かのつぶやきに、自然と身体が反応して二人のもとへ歩み寄ってしまった。ルークスは一呼吸して言葉を紡ぐ。
「不躾なお願いで申し訳ありませんが、私とも手合わせをしていただけませんか?」
ルークスの表情が強張っていたので、何かやらかしたかと構えていたフレーデリックは脱力した。ルークスの真剣な眼差しを見ると断りづらい。
「いいよ」
「本当ですか!? ヨッシャー!」
強張った表情が笑顔に変わり、ガッツポーズをするルークスに、外野はズルい! 俺も手合わせしたいぞとブーイングが飛び交う。
寮長、ガッツポーズは早すぎですよと、オルクスは思ったが口には出さなかった。
ルークスとの手合わせが始まり、ルークスの太刀筋を観察するフレーデリックはなかなかいい動きをしていると感心し、剣を交わす。ルークスの息があがってきたのでここらへんで潮時かとルークスの剣を打ち払う。
「あっ」
ルークスは剣を飛ばされ呆然としている。ほんの一瞬の出来事だった。
「ありがとうございました」
ルークスは一礼し、顔を上げた。手合わせに負けたのに嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
ケッセルリング王国からの噂で、ルークスは密かにフレーデリックに憧れていた。
いつか手合わせができる日を夢みて頑張ってきたが、ついに夢が叶ったのだ。
「これからもたゆまぬ努力を重ねるといい」
「はい! ありがとうございます」
フレーデリックから声をかけられて感無量だ。胸がいっぱいで涙が出そうになるのを堪える。
ルークスとの手合わせを観戦していた観衆が、我も我もとなだれ込んできた。
ギョッとしたフレーデリックは大人数を相手にするのはゴメンだと、オルクスの手を取り転移魔法で応接室に転移した。
「あれ? ここは応接室?」
オルクスは不思議そうに呟く。
フレーデリックはカバンを手に取り、中から箱を取り出してオルクスに手渡す。
「開けてもいい?」
「ああ」
包装紙を外し箱を開けると瓶が入っていた。中にはドライフルーツがギッシリ入っている。
「視察先の特産品がレモンなんだ。これなら手軽に食べられるし、疲労回復にもなるからな」
「……」
毎日クタクタになるまで訓練しているだろ? と笑う
十二年も会っていなかったのに、気にかけてくれていたんだと思うと、照れくささと同時に嬉しさが胸に込み上げてきて顔が上げられない。
「あり……がと」
うつむいたまま声をしぼりだした。顔を上げたら涙がこぼれそうで。
「土産も渡したし、帰るとするか。じゃあまたな」
フレーデリックは転移魔法で帰っていった。オルクスは涙を拭い、真っ直ぐ前を向く。
必ず近衛騎士となり、王冠を戴く
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