第17話 麻の葉柄のランプ

 ケッセルリング王国の宮殿を後にして国境近くの街で一泊し、ファーレンホルスト王国に入国してからマイラの父、カレンベルク侯爵の領地で一泊することに決めた。


 カレンベルクは観光地でもあるので、貴族が泊まる宿もあり、予約なしでも宿は確保できた。


 カレンベルクから王都まで、馬車で六時間ほどかかる。馬車に揺られ続けた身体を休め、明日チェックアウトしたら転移魔法で宮殿に帰ろうと決めている。


 転移魔法を使える魔導師は多くない。

 転移魔法で長距離を移動できる魔導師は指で数えるくらいだろう。


 フレーデリックは膨大な魔力の持ち主なので、馬車で六時間の距離くらいは転移魔法で移動が可能だ。

 転移する先を把握していないと、危険なので、知らない場所には転移できない。


 学生の頃、魔法騎士を目指す友人とともに、冒険者ギルドに登録し、休日のみ冒険をしていた。

 友人と冒険した帰りは友人を連れ、転移魔法でギルドに帰ってきていた。


 行動範囲が広くなり、どれだけの距離を転移魔法で移動できるのか興味が湧き、友人と一緒に実験してみたことがある。


 以前、馬車で六時間の距離を試してみて平気だったので、八時間の距離を試してみようと、転移してみた。


 結果、無事に転移できたが、フレーデリックは魔力切れ寸前になり、数日寝込むハメになった。


 教師からこっぴどく叱られ、もう無茶はしないと誓約書を書かされたのは懐かしい思い出だ。


(あの頃は楽しかったな。強い魔物を倒せば倒すほどランクと賞金が上がり、自分はどこまで登り詰めることができるのか、可能性を確かめたくて)


 可能性を確かめた結果、フレーデリックは狂暴なファイヤードラゴンの討伐に成功する。ドラゴンの体に傷をつけないように急所を狙い、戦ったのでドラゴンは破格の値段で取引が成立し、友人と固い握手を交わす。


 金よりも力を求めた。二人で冒険した日々は、大切な思い出となり、フレーデリックの支えになっている。


 残念ながら友人と会うことは叶わなかったが、相談に乗ってもらうことが解決したので、魔導庁の会合でケッセルリング王国に行ったら、友人と酒でも飲みながら近況を報告したいと考えている。





 夕食の時間まで数時間ある。散歩がてら時間をつぶそうと外に出た。宿のカウンターには観光マップが置いてあったので、一枚もらい、参考にしながら歩き始めた。


 宿から近い位置に広場があり、屋台が並んでいる。パンの匂いとクッキーの甘い香りや、肉の焼ける音とタレが焦げる香ばしい匂いにつられて、串焼きを購入する。


 焼きたての串焼きは表面の油とタレで小さな気泡と湯気が立ちのぼる。口に入れて噛みしめると、口の中に肉汁がじゅわっと広がり、肉とタレの甘みが調和する。


 屋台の料理は冒険後によく食べていたが、学園を卒業してからは食べる機会がなく、久しぶりに味わう。


 おいしくいただいた後は、整備された森の散歩道を歩いていると、女神の娘が眠ると伝説がある「女神の涙」と呼ばれる湖が目の前に現れた。


 ごく普通の湖のようだが、時折、湖面の色が変わるという、不思議な湖だ。


 気候や季節に関係なく色が変わるので、色変わりしたら「女神の気まぐれ」と領民は呼んでいるそうだ。


 色変りした湖を見ることができたら、幸せが訪れるという噂もあるようで、観光客が湖の色に一喜一憂する様子が見られるという。


 晴れ渡った風のない日は、湖のほとりの木々が湖面に映り込み、幻想的な景色が美しいと評判だ。


 フレーデリックは湖のほとりに設置されているベンチに座り、湖をぼんやりと眺めている。湖を眺めているだけなのに、無性に寂しくなり、胸に空虚がじわりと広がる。


 まるで、前世で唯一無二の人を待ち続けていた頃と重なるようで。


 フレーデリックはあふれそうになる涙に驚き、走って湖から離れた。湖から逃れるように走り続け、宿の前で足を止めた。


(今のは何だったんだ? なぜ涙なんか出てきたんだ? 何かに引きずられるような感覚だったが……)


 不快な感覚を忘れるように首を振り、宿へ入っていった。




 翌日。

 宿をチェックアウトしたフレーデリックは人気のない場所から転移魔法で宮殿へと帰ってきた。


 真っ先にマイラの顔が見たいと、そのままマイラの部屋に向かう。

 両手に荷物を持ち、マイラの部屋の扉をノックしようとしたら、扉が開いた。


 中から出ようとしたカルラと目が合った瞬間、カルラの眉間にシワがきざまれ、部屋の中へ引っ張り込まれ、素早く扉を閉められた。


「フレーデリック様!! 今までどこをほっつき歩いていたんですか? 突然姿をくらますものだから、仕事が滞り、大変だったんですよ!」

 

 カルラの眉は吊り上がり、フレーデリックをにらみつける。カルラの剣幕に出鼻をくじかれたフレーデリックはしゅんとしおらしくなる。


「カルラ、フレーデリック様が来てくださったのだから、紅茶の用意をお願いします。フレーデリック様も座ってください」


 マイラに言われるままフレーデリックはソファーの横に荷物を置き、腰かけた。マイラも刺繍をしていた手をとめて、ソファーまで移動し、座る。


 数日ぶりに会うフレーデリックだが、カルラに叱られてしょんぼりとしている様子に、マイラは無言のままだ。


(声をかけたほうがいいのかしら? でも、何て言ったらいいのか分からない……) 


 フレーデリックにかける言葉が見つからなくて、マイラはがく然とする。

 二人の間にどんよりとした空気が漂っている。


 マイラとフレーデリックの様子をうかがっていたニーナはマイラの言葉を思い出していた。

 

『人の感情も場の空気も読めない』


 マイラが困っているように見えたので、二人の間に入り会話ができるように誘導するべきかと考えたが、一介の侍女がしゃしゃり出るのもどうかという気もして、ニーナも思案にくれる。


 カルラが二人の前に紅茶を置いた。紅茶を見て、ケッセルリングで購入した土産を思い出す。紙袋を膝の上に乗せ、中から箱を取り出した。


「これ、お土産」


 マイラの前に大きさの違う箱が三箱と紅茶の缶が置かれた。


「あ、ありがとうございます」


 突然置かれた土産の数に、戸惑っている。


「これ、カルラとニーナに」


 マイラの前に置かれた箱の中で一番大きい箱と同じものと紅茶の缶をカルラとニーナに渡す。


「ありがとうございます!」


 ニーナは嬉しそうに受け取る。カルラはフレーデリックを叱った手前、バツが悪く躊躇ためらいがちに受け取った。


「ありがとう、ございます……」

「フレーデリック様、開けてもいいですかぁ?」


微妙な雰囲気を払拭しようと、ニーナは満面の笑みで、早く土産を見たいとアピールする。


「ああ」


 フレーデリックは頷く。


 きれいな包装紙を破らないように、丁寧に剥がし、箱を開けた。


「わぁ、かわいい! これはお砂糖ですか?」


 ニーナは声を弾ませて、開封した箱の中身が見えるようにテーブルに置く。箱の中にはアイシングでかたどられた、カラフルでたくさんの種類の花が咲いている。

 箱をのぞき込むマイラとカルラ。カルラの表情は花を愛でるように穏やかになっていった。


「これを紅茶に入れると、板状の砂糖が溶け、花が浮かぶそうだ。ケッセルリングの女性に人気があると聞いてね」


 マイラは急いで開封し、ピンクのバラが乗った砂糖を紅茶にゆっくり入れた。ホロホロと砂糖が溶け、ピンクのバラがゆっくりと浮かび上がる。


「紅茶の中に花が咲いたわ。きれいね」

 

 気に入ってもらえたようで、フレーデリックは安心する。


「たくさんのお花があって、どの花を紅茶に浮かべるか、楽しみですね! マイラ様」

「そうね」


 マイラははにかんだ。


「それにしても荷物が多いわね」


 ふらりといなくなったフレーデリックが荷物を抱えて帰ってきた。カルラは中身が気になって仕方がない。


「ケッセルリングに置いていた物を持ってきたんだ。さすがに全部は持ち帰れなかったけど、手元に置きたい物だけね」


 フレーデリックはカバンを開けて、中の物を出し始めた。古びた絵本、魔法に関する書籍、ノート類、お気に入りのランプ。


「あれ? 麻の葉柄だわ。この世界にも日本の紋様があるなんて」


 マイラはランプを手に取り、麻の葉柄を懐かしそうに見つめる。


「この柄に惹かれて買ったんだ。遠い東の国のランプだと、店主は言っていたな」

「この柄のバンダナ、福に巻いていたわ。麻の葉柄には子どもが健やかに成長しますようにって、願いが込められているの。私も福の成長を願って巻いていたの。福に似合っていたし。懐かしいなぁ」


 マイラは福を思い出し、嬉しそうに目を細めた。

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