第16話 思惑
部屋に戻ったフレーデリックは、つかみどころのなかった胸の高鳴りやチリチリした想いにようやく気づくことができた。
気づけたきっかけが、国王陛下が放った言葉だった。
マイラへの想いに気づき、湧き上がる愛しさが、胸の中を満たしていく。
マイラに触れたい、抱きしめたい。
想いをどう伝えるべきか、感情の乏しいマイラに想いは届くのか、悩ましく思う。
いつまでもマイラへの想いに浸りたいという感情が、不意に途切れた。
『王女はそなたを愛しておる』
突然告げられた言葉を思い出し、十二年も一緒に過ごした王女の仕草や言動を思い返しても、フレーデリックの心には王女はいない。
前世で一年、一緒に過ごした茉依の生まれ変わりであるマイラが心を占める。
黒柴犬だった前世、広くない部屋でたくさんの人と対面し、家族にと望まれた。
抱かれた腕に違和感を覚えて不安が募る。違う、この人じゃないと拒絶していたあの頃、先の見えない日々は虚無感しかなくて。
茉依と初めて対面したときに身体中を駆け巡った想い。
やっと会えた! 見つけてくれたと。
自然としっぽが動きだして、あなたのそばにいさせてと、切に願った。
大好きな茉依と寄り添う生活は幸せな日々だったのに、あの事故のせいで茉依と離ればなれになってしまった。
人間として生まれた今世は前世の記憶を覚えていた。茉依が恋しくて、一人は寂しくて、宮殿を抜け出して王都中を闇雲に探しまわり、疲れ果てて宮殿に帰ると乳母のマーゴットが何も言わず抱きしめてくれたが、寂しさが埋まることはなかった。
長い留学を終えて、魅了魔法を解除するために出向いた卒業パーティーで、見世物にされても気丈に振る舞う姿と言葉づかいに、魂が揺さぶられるような感覚に陥った。
見つけた。もう離れたくないと誰かがつぶやいたような……
なぜ、茉依なのだろう? どうしてマイラなのか? 姿が変わっても、
だから王女は愛せない。
翌日。
朝食後、フレーデリックは国王の部屋を訪ねた。快く迎えられ、椅子に座るように勧められ、椅子に座る。
執事は紅茶を用意し、陛下とフレーデリックの前に置き、一礼して下がっていった。
二人の間に重苦しい沈黙が流れる。長い沈黙を破ったのはフレーデリックだった。
いつになく硬い表情をしているフレーデリックに、国王も表情を引きしめ、頷く。
「兄は魅了魔法をかけられ、卒業パーティーで婚約者を
「………………」
国王とフレーデリックの間に微妙な空気が漂う。
どのような事情で、フレーデリックの兄が廃太子されたのか、細かく説明されると思っていたのだが、手短に話され、国王はがく然とする。
「そなたの言葉足らずは、相変わらずだな。こう、きちんと理解できるように、事細かに説明はできんのか?」
ため息混じりにつぶやいた。
国王の様子に、フレーデリックは説明が短かったのかと、今さら気づく。
仕切り直しに紅茶を口にしたフレーデリックは改めて説明を始める。
「廃太子の前に、ファーレンホルストで起きていた騒動を聞いてください」
「うむ」
フレーデリックはエルネスティーネについて話し始める。
数年前、伯爵子息が平民の娘に心を奪われた。子息は娘に振り向いてほしくて、髪飾りを娘に贈る。
娘は喜び、子息は娘の喜ぶ顔が見たくてドレスやきらびやかな首飾りを渡していく。
子息の浪費はあまり裕福ではなかった伯爵家の経済を破綻させる事態を引き起こした。
由緒正しい伯爵家は、転がるように没落の一途をたどる。
同じ頃、同じ娘に熱を上げ、贈り物で娘を射止めようと子爵当主や侯爵子息が競うように贈り物を渡していた。
平民の娘はいつの間にかメッゲンドルファー伯爵家の養女となり、エルネスティーネ・メッゲンドルファーと名乗り、王立魔法学園に編入することが決まり、学園に通いだす。
学園の生徒たちは平民だったエルネスティーネを遠巻きにしていたが、いつの間にか生徒たちに慕われるようになり、王太子と出会い、常に王太子の隣りにいる姿が当たり前のような空気が学園にあったという。
王太子には婚約者がいたが、王太子とエルネスティーネの愛を引き裂く悪女とされ、生徒たちは王太子とエルネスティーネの悲恋に同情し、婚約者に嫌がらせを行う者もいた。
学園内の異様な状態と貴族の没落を受けて、
卒業パーティーで見世物のように婚約破棄を宣言した王太子に、
「魅了魔法は禁忌の魔法だ。魅了魔法を無効にする魔法がないからな。魅了にかかった者はどうなったんだ?」
国王の表情は険しくなる。
魅了魔法は魔法をかけられた者を、術者は思いのままに操ることができる。
魅了魔法で国が滅んだという歴史もあり、先人たちは魅了魔法を禁忌とし、魔導書を封印したと伝わっているが、平民の娘が魔導書を手にしていたことに、国王は物恐ろしさを感じ、身体の芯から震えが来る。
「魅了魔法は僕が解除したので、大丈夫です。ですが、魅了を強力にかけ続けられた
唇をかみしめたフレーデリックは無念さを滲ませていた。
「そなたが魅了魔法を解除しただと!? ファーレンホルストにいなかったそなたが、なぜ魅了魔法のことを知っているのだ?」
国王は驚きのあまり、身を乗り出してフレーデリックに詰め寄る。
「
陛下は
フレーデリックはキョトンとして小首をかしげる。まるで、魅了魔法を解除する魔法を編み出しましたが何か? とでも言いたげに。
「そうか。ファーレンホルスト王国も大変だったな」
緊張の糸が切れた国王は力なく椅子に座り、両手で顔を
国王はフレーデリックがファーレンホルスト王国の王太子になり、ゆくゆくは国王になると知り、残念でならない。
フレーデリックが王女の婿になれば、王子を補佐し、魔導具や魔法の開発に貢献し、ケッセルリング王国も
逃がした魚は大きかったとは、このことを言うのだろうと、深いため息をつく。
「僕は国に帰ります。お世話になりました。陛下もお元気で」
「あ、ああ。魔法庁の会合でこちらに来たなら、また訪ねるといい。王子たちが喜ぶのでな」
「はい。お言葉に甘えさせていただきます」
フレーデリックは一礼し、陛下の部屋を退室した。
部屋に戻り、ランプと数冊の本を持ち帰ろうと本を選ぶ。ふと絵本を見つけ、懐かしくて手に取る。
幼い頃に大好きだった絵本。帰国したら読もうとカバンの中にそっと入れる。
せっかくなので、ケッセルリングで人気があるスイーツをマイラへお土産にしようと思いつき、宮殿を後にした。
王都には人気のスイーツ店がたくさんあり、どの店に入っていいのか、困惑し、足が止まる。
美しく繊細なスイーツも、フレーデリックにはどれも同じに見えてしまうのだ。
そういえば、第三王子が用意した紅茶に、赤い花が乗った板状の砂糖が添えられていた。これは何だと尋ねたら、砂糖でできた花だと答えた。
『母上がお茶会で出したら、好評だったそうです。紅茶にこの砂糖を入れると、板状の砂糖が溶けて花が浮かび上がり、華やかになるそうですよ』
第三王子の言葉を思い出し、花が乗った砂糖を土産にしようと決めた。紅茶に入れるなら、紅茶の専門店にあるかもしれないと、専門店に入店する。
「いらっしゃいませ」
「花が乗った板状の砂糖を探しているのだが……」
「はい。こちらに取りそろえております」
店員は案内するように歩き出した。フレーデリックも後をついていく。
「こちらになります」
まるで宝飾品を展示するように、ショーケースの中にお目当ての砂糖が並べられている。
赤や黄色、紫や青とカラフルな色に、バラやビオラ、ライラックや桜、カトレアなどが砂糖の上で咲いている。
紋様や動物のモチーフもあり、子どもが喜びそうな品までそろっている。
全種類の花が入った箱入りも置いてあった。
「これか、種類が多いな」
「はい。好みは人それぞれですので、花の種類を豊富に用意しております。ご婦人方に人気がありますよ」
「そうか。では、花の箱入りを三箱、紋様と動物を二箱、人気がある紅茶も六缶もらいたい」
「かしこまりました。お包みいたしますので、お待ちください」
ショーケースから箱を取り出し、きれいな色に染められた包紙で箱を包み、リボンをかけている。包み終わると大きな紙袋に商品を入れ、フレーデリックに手渡した。
「ありがとうございました」
店員はゆっくりとお辞儀をし、店を後にするフレーデリックを見送った。
買物を終えたフレーデリックは帰途につく。
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