第14話 ケッセルリング王家

 ケッセルリング王国の国王には四人の王子と一人の王女がいる。結婚して数年、王妃は子宝に恵まれずにいた。


 陛下は掌中の珠のように愛していた王妃だけで側妃はいらないと公言していたが、跡継ぎを望む側近の圧力に負け、条件付きで側妃を三人迎えることになる。


 まつりごとに携わらない家系で伯爵家の娘なら、王子が数人生まれても、権力争いは起こらないだろうと考え、王妃をないがしろにしないよう、穏やかな気性の娘を側妃にすると条件をつけた。


 第一側妃が第一王子を産み、しばらくして第二側妃の懐妊が知らされた。

 王妃は嫉妬心で第一側妃の懐妊を、心から祝福できなかった。


 狭量だったと反省した王妃は第二側妃を心から祝福し、産まれてくる子のために乳母を選んでいる最中だ。


 乳母が決まった頃、王妃に子が宿ったことが判明する。


 国王と王妃は手を取り合い、二人だけで感激の涙を流し、幸せをかみしめた。

 妊娠が分かるとすぐさま公務から離れ、待ち望んだ我が子を腕に抱く日を楽しみに、穏やかに過ごしていたのだが。


 第二王子が産まれて間もなく、王妃は急に産気づき、難産で母か子か、どちらかを諦めないと母子ともに危ないと医師から告げられた。


 国王は王妃を助けてほしいと懇願したが、王妃は拒否し、命をかけて国王との子をこの世に送りだした。


 出産から間もなく、腕を上げることもできないほど衰弱した王妃は、王女を抱くこともできずに、愛する二人を残して旅立った。


 王妃を愛してやまなかった国王の嘆きは深く、政に支障をきたすほどだったという。


 月日は流れ、王妃に生き写しの王女が順調に成長する様を目の当たりにし、いつまでも嘆いていられないと、国王は己を諌め、王女に誇れるような王になろうと奮起した。


 魔力の多い国民のためにケッセルリング魔法学園を領地ごとに設立し、魔力制御や農作業に役立つ魔法の使い方、職人を育て魔導具の生産に力を注ぎ、他国へ輸出し、国を豊かにした。


 魔法の先進国と呼ばれているのは、国王が国を上げて取り組み、成功させたからだ。

 今では国民から信頼され、賢王と呼ばれている。


 第三王子と第四王子は第三側妃の子どもだ。それぞれ母は違うが、五人兄弟は仲がいい。


 食事は国王、側妃たち、王女と王子たちと揃って食べている。国王は子どもたちを気にかけていて、子どもたちの勉強の進み具合や楽しかった出来事を聞き、父親として愛情を示している。


 王女については最愛の王妃の忘れ形見なので、溺愛されていても当たり前だと、側妃も王子たちも納得している。


 側妃も国王が王子たちを平等に扱う様子に、誰が産んでも国王の子どもと認識し、協力して子育てをしている。この環境が功を奏し、留学で宮殿に住んでいたフレーデリックも、王子たちと同じ扱いを受け、王子たちと兄弟のように育った。


 国王は膨大な魔力を持ち、魔法を自在に操り、友人と競って身体を鍛えているフレーデリックがお気に入りだ。


 夕食後、国王に呼ばれ、話し相手になることも多かった。王立魔法学園に在学中は魔法騎士を志している友人と冒険者登録し、魔物を討伐したり、自由を謳歌していたフレーデリックの話は、国王には体験できないことばかりで、興味が尽きなかった。

 二人でドラゴンを討伐したと聞いたときは、さすがに国王も舌を巻いた。


 楽しい話に酒が進み、酔いが回ると国王はフレーデリックに王妃との馴れ初め、王妃を今でも愛していること、王女は嫁に出さず婿をもらい、王女と孫に囲まれてのんびりと余生をおくることができたらいいと、目尻にシワを寄せて遠くを見つめる。


 この話を何度も聞かされ、またかと聞き流しているが、国王の思惑には気づけないでいる。







 第三王子の部屋に乱入してきた王女は、ちゃっかり部屋に居座り、澄ました顔で紅茶を飲んでいる。


 王女は十七歳で、第一王子と第二王子とともに王立魔法学園に通っている。第一王子は六学年、第二王子と王女は五学年だ。


 乱入してきたわりに大人しく紅茶を飲んでいる王女の対応に困ったフレーデリックは口を開いた。


「学園生活は楽しいか?」

「フレーデリックが卒業してしまったから、つまらなくなったわ」


 ため息混じりにつぶいた王女の表情は、心底つまらなそうだった。


 つまらなくなった。どういう意味なのか。フレーデリックは王女の意図をつかみかねていた。


「フレーデリックは帰国して……寂しく、ない? 向こうで何をしているの?」


 王女はフレーデリックに視線を向けず、紅茶のカップを見つめながらポツリとつぶやいた。


「ずっとケッセルリングこちらで生活していたから、ファーレンホルストの王子としての知識を身につけている。覚えることが多くて大変だ」

「そう」


 王女は関心なさげに頷いた。


 王子は二人の会話にズレが生じていると感じた。聞きたいことと違った言葉が返ってきたからなのか。


 第三王子は兄弟の中で一番長くフレーデリックと過ごしてきた。


 宮殿でフレーデリックを見かけ、声をかけようとすると彼の横には自分がいる。姉の表情が一瞬険しくなるが、すぐに笑顔を弾けさせた。


 幼心に、姉はフレーデリックが好きなのだと気づいていた。フレーデリックと一緒にいる自分に対し、嫉妬心が湧き、一瞬だが顔に出てしまう。


 フレーデリックは姉に対して、兄たちと同様に接している。きっと、フレーデリックは姉の想いに気づいていないのだろう。


 もし、フレーデリックが姉と結婚し、義兄になるなら、僥倖ぎょうこうだ。

 姉の気持ちをフレーデリックに伝えられたらと、差し出がましい思いを抱いていた。


 しかし、二人の関係に決して足を踏み入れてはならないと、警告じみた感覚が漠然ばくぜんと胸に広がる。


 相反する感情のはざまで、二人の未来を見守ることしかできないのだろう。 


 三人の間に会話もなく、淡々と時だけが過ぎていった。


 侍従が夕食の時間だと告げにきた。


「では、食堂に移動しましょう」

「そうね」


 三人は食堂に入り、座る。第一王子と第二王子が姿を現し、王女の右側に座った。側妃たちも座り、国王を待つ。しばらくして国王が食堂に現れた。座ろうとして、ギョッとした表情を一点に向けている。


「フレーデリック、なぜそなたがここにおるのだ!?」

「「「!?」」」


 王子や側妃たちは一斉にフレーデリックに視線を向けた。


「あらやだ、馴染みすぎていて気づかなかったわ。フレーデリック、今日はどうしたの?」


 第三側妃が頬に手を当て、不思議そうに問いかける。


「友人に会いたくて来ました。先に研究室へ顔を出したら、室長に捕まりまして。夕方に解放されてこれからどうしようかと思っていたら王子が声をかけてくれて、こちらに……」

「王宮で、フレーデリックを見かけて、ぼくから声をかけたんだ。夕食を一緒に食べようって」

「そうだったのか。そなたは私の息子みたいなものだし、好きなだけいるといい」


 国王は嬉しげに目を細め、食事を始めた。

 長年慣れ親しんだ味に、フレーデリックはホッとする。隣国であっても、ファーレンホルストとは調理の仕方や味付けが違う。

 久しぶりのケッセルリング料理を心ゆくまで楽しみ、フレーデリックは満足げだ。


「美味しかったね」

「長年食べてきた料理だから、ファーレンホルストの料理より、しっくりくる。美味しかった」


 第三王子とフレーデリックは顔を見合わせ、笑顔になる。二人の様子をほほえましく見守る側妃たち。


「フレーデリック、後でいいか?」

「はい、二時間後に伺います」

「うむ。ではまた後で」


 国王は席を立ち、食堂を後にした。

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