第13話 そうだ、ケッセルリングに行こう
フレーデリックは乗り合い馬車に揺られ、のどかな風景をぼんやりと眺めている。
領地間にある検問所で手続きをし、再び乗り合い馬車に揺られていた。
領地が変われば風景も変わる。王都から一番近い領地であるカレンベルク領は自然が豊かで酪農が盛んだ。
領内で生産されたチーズやバターは王都で人気があり、カレンベルク家が経営する店は乳製品を買い求める客で賑わっている。
有名なパティシエがバターや生クリームの品質の良さに、店で使用したいと契約を交わし、毎日店に納品もしている。
パティシエが手掛けるスイーツはどれも絶品だと、貴族たちもこぞって購入していた。
カレンバターサンドと名付けられたバターサンドに使用されているバターはコクがあるが、しつこくなく、すっきりとした味わいでパティシエ特製のレーズンとバターが互いの良さを引き立たせている。
数量限定なので、買い求めたい客は開店前から並ぶという、幻の一品だ。
乳製品を運ぶために道は整備され、馬車の揺れも軽減されて快適だ。
牧柵で囲われた放牧場には、のんびりと草を
女神の娘が眠るという伝説がある美しい湖があり、おいしい食べ物と整備された森と湖で観光地としても有名だ。
国境までまだ距離があるが、日暮れが近づき、町の宿で一泊した。早朝に出発する乗り合い馬車に乗り、先を急ぐ。
ファーレンホルスト王国とケッセルリング王国の国境に着いた。
ファーレンホルスト王国と隣国には巨大な国境壁が建設されており、壁上から警備兵が目を光らせているので、密入国は不可能である。
国境検問所はファーレンホルスト王国から出国の場合、隣国の職員が対応している。
ファーレンホルスト王国に入国する場合はファーレンホルスト王国の職員が対応する。
出入国の検問所は離れており、出国しようと間違って入国検問所に来てしまっても、対応してもらえず、改めて出国検問所に向かうハメになる。年に何人か、間違えて来てしまい、顔を青くして出国検問所に向かうと職員は話す。
フレーデリックは出国手続きのため、ケッセルリング王国魔導庁の記章を職員に見せた。職員に緊張が走る。
「どうぞ、お通りください」
職員は背筋を伸ばし、フレーデリックに一礼する。
フレーデリックは幼少の頃に魔法の先進国であるケッセルリング王国に留学し、膨大な魔力の制御、魔法を学び、新たな魔導具を開発し、数々の功績を上げている。
王立魔法学園を首席で卒業した者は、魔導庁に入庁する決まりがある。フレーデリックも首席で卒業したので、決まりに従い魔導庁に入庁した。
魔導庁に所属する魔導師は、機密漏洩防止のため、国外に移住することを禁じられているが、フレーデリックはファーレンホルスト王国の王子ということで、帰国を許された。
その際に、魔導庁に籍を置いたままで定期的に魔導庁に訪れる誓約を交わしている。どうやらケッセルリング側はフレーデリックを手放したくなかったらしい。
検問所を通り過ぎて間もなく、乗り合い馬車から降りて人気のない場所に移動し、魔導庁のローブを羽織り、記章を胸につけた。
時間短縮のため、この場から転移魔法で王宮へ向かった。王宮の前で姿を現したフレーデリックは王宮に入る手続き後、魔導庁に向かうために再び転移魔法を使う。
フレーデリックは所属している研究室に顔を出す。
「室長、久しぶりです」
「ややっ、ファーレンホルスト殿ではないか。今日は招集日だったかな?」
フレーデリックが定期的に魔導庁に訪れる日を招集日と表現した人物は研究室の室長だ。
「いえ、友人に会いに来たので、研究室にも顔を出そうとちょっと寄ったのです」
「おおっ、ちょうどよかった。ちょっとこれを見てもらえんか?」
顔を出すだけのつもりが、室長に捕まってしまった。どうやら研究に行き詰まり、考えあぐねている様子。
フレーデリックの意見を聞きたいと、室長は内容を説明する。試行錯誤しているうちに、気がつけば夕方になっていた。
「ああっ? いつの間にか夕方になっているではないか。ファーレンホルスト殿、遅くまで引き止めてすまない。続きはまた明日にしよう」
室長は固くなった身体をほぐすように伸びをする。意見を聞きたいと言われ、少しだけならと研究に首を突っ込んだフレーデリックは時を忘れ、夕方になっていたことに気がつき、研究室に顔を出したことを悔やんでいた。
「室長、僕がケッセルリングに来たのは友人に会うためです。研究はまたの機会に」
「むむっ、せっかく
(相変わらず、室長は人の話を聞かないなぁ……)
「無理です。では、失礼します」
真顔で
「ええっ、この状況でファーレンホルスト殿は我を見放すのか〜!?」
室長はありえないと、顔を青くして、叫んだ。
室長の叫び声が研究室の外まで聞こえ、思わず苦笑いしてしまったフレーデリックは、この後どうしようかと考えながら王宮を歩いていた。
「もしかして、フレーデリック?」
背後から声をかけられ、振りかえる。振り向いた先にはケッセルリング王国の第三王子が持っていた本を抱きかかえ、半信半疑に揺れる瞳を向けていた。
「やあ、王子。元気にしていたかい?」
第三王子は目を見張り、フレーデリックに駆け寄り、飛びつくように抱きついた。
「どうして
無邪気な笑顔でフレーデリックを見上げている。
「……友人に会いに来た」
「友人に会えた?」
「いや、会えずじまいだ」
「この後はどこに行くの?」
今まさに考えていたことを問われ、どう答えたらいいのかと、言葉が途切れる。困惑気味な様子を察した王子はフレーデリックの手を引いて歩き出した。
「宮殿に行こう! 一緒に夕食を食べようよ! みんな、フレーデリックが来たら喜ぶよ」
王子は笑顔を弾けさせた。言われるままフレーデリックは王子の後をついていく。宮殿内に入り、すれ違う侍従に夕食を一食多く用意してほしいと言付け、自分の部屋にフレーデリックを招き入れる。
第三王子は十一歳だ。フレーデリックがケッセルリングに留学し、ケッセルリング王家の住む宮殿で生活をしていたので、王子は赤子のときから知っている。
王子の母は第三側妃で、フレーデリックを可愛がり、フレーデリックも側妃に懐いていた。
暇を見つけては第三王子の部屋に入り浸り、王子をあやしたり、オムツを交換したり、絵本を読み聞かせ、王子が眠るまでそばにいたので、兄のように慕われている。
王子の近況を聞きながら紅茶を飲んでいたら、音を立て勢いよく扉が開いた。
何事かと扉に視線を向ければ、そこには息を切らした王女が立っていた。
「ちょっと! フレーデリックが来ているなら、なぜわたくしに教えてくれないの?」
王女は声を荒らげて部屋に入ってきた。
「やぁ、王女、元気そうだね」
フレーデリックがにこやかに挨拶をすると王女は顔を赤らめた。
「ええ、まあ。元気だったわ。フレーデリックは?」
王女は髪の毛を触りながら恥ずかしそうに視線を逸し、チラッとフレーデリックに視線を戻し、再び逸した。
「僕は元気だよ。今日は友人に会いに来たんだが、研究室に顔を出したら室長に捕まってしまってね。友人に会えず、どうしようか考えていたら王子が声をかけてくれたんだ」
「まぁ、そうだったの? なら、夕食を一緒に食べましょう! 宮殿に泊まればいいし、好きなだけ居ればいいわ。フレーデリックなら歓迎するわ」
王女は嬉しそうに笑みを浮べた。
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