第11話 心労と心痛

 マイラの高熱は一週間も続いている。熱に浮かされて、突然暴れたり、叫んだり、泣き出したり、ベッドから抜け出したりと、看病をする側は目が離せず大変だった。


 王家専属の医師の診立てでは、心労からくる発熱だと診断された。

 さまざまな思いを心に溜め込み、限界をむかえたのかもしれないと、医師は痛ましそうに呟く。


(茉依とマイラの記憶が、身体が耐えきれないほど、辛いものだったのか……)


 フレーデリックは意識が朦朧もうろうとしているマイラのそばから離れず看病しているが、できることは限られていて心が痛い。


 どれだけ努力しても治癒魔法を編み出せなかった悔しさが心を占める。


「僕が治癒魔法の開発に成功していたら、すぐに治せたのに……ごめんね。マイラ、早く熱が下がりますように」


 フレーデリックは祈る思いでマイラの看病を続けた。



 マイラを診察した医師は、フォルクハルトの婚約者となったマイラを、長年診てきた。


 愛くるしい笑顔が作り笑いに変わる様も、見てきた。婚約は破棄され、彼女を苦しめるものからようやく開放された。

 苦しんだ分、肩の荷をおろして幸せをつかんでほしいと願う。





 高熱を出してから十日目、ようやく熱が下がり、元気を取り戻しつつある。 


 十日間、マイラは身に起こったことを覚えていない。目を覚ますと、フレーデリックがそばにいてくれたことだけは、かすかに覚えている。


 病み上がりで体力が落ちているので当分の間、部屋で食事をとることになった。


 高熱で食べ物を受け付けなかったので、胃に負担のかからない重湯から始め、調子を見ながら、固形物を増やしていくそうだ。


 体調が回復するまで一ヶ月を要した。フレーデリックは見舞いと称して一日に何度もマイラの部屋に訪れている。


 マイラの負担になるからと、見舞いだして二日目で、国王からマイラの部屋に出入り禁止を申し渡されたフレーデリックはしょんぼりと肩を落とす。


 マイラが心配で仕事に身が入らない日々を送るフレーデリックの態度に、堪忍袋の緒が切れた侍従に説教された。


 この姿を見たマイラ様はどう思われるかと言われ、目が覚めたような思いがした。


(僕は将来、この国をより良い国にしなければならないのに、マイラのことばかり考えていた。しっかりしないとマイラに愛想をつかされる)


 気持ちを切り替え、サクサクと仕事をさばいていく姿に、侍従はマイラの存在の大きさを思い知る。


 ようやく国王とフレーデリックと一緒に食事をとることを医師から許可され、明日の朝から食堂で食事をする。


 




 マイラの部屋に二人の侍女が訪れた。


「マイラ様の専属侍女になりました、カルラとニーナと申します。よろしくお願いします」

「マイラ・カレンベルクです。よろしくお願いします」


(ふぉぉっ、専属侍女さんが二人もいる。私なんかに専属なんて、なんか申し訳ないよぉ)


 身のまわりの世話をしてくれる侍女をつけると、国王から聞いていたが、二人もいるとは思わなかったので驚く。しかも専属と聞き、なんともこそばゆい思いだ。


 カルラはマイラより一つ年上の十九歳。鮮やかな赤紫、オーキッドパープルの髪に青緑、シーグリーンの瞳の持ち主。キリッとした目の形が印象的な、クールビューティーな侍女だ。


 ニーナは十八歳。シェルピンクのふわふわした髪に灰がかった青、ベビーブルーの瞳をしている。おっとりとした雰囲気の可愛らしい侍女だ。


 翌朝。

 扉をノックされ、カルラとニーナが部屋に入ってきた。


「おはようございます」


 二人は声を揃えて挨拶をする。


「カルラ、ニーナ、おはよう」

「マイラ様、朝の支度をしましょう」

「お願いします」


 顔を洗い、ゆるやかなドレスを着付けてもらい、食堂へと案内してもらう。久しぶりに訪れた食堂には国王とフレーデリックが待っていた。


(もう少し早く起きて、陛下より先に食堂にいなければ。待たせてしまうのは失礼だし、気をつけよう)


 食堂の入口で、フレーデリックの姿が目に入る。フレーデリックはマイラに気づくと視線を逸した。


(ん? フレーデリック様があからさまに視線を逸したような……)


「マイラ、おはよう」

「おはよう。マイラ、よく眠れたか?」

「おはようございます。陛下、フレーデリック様。心地よく眠れました」


 国王は満足げに頷いた。朝食を終え、食後の紅茶が用意されると心なしか、表情が曇ったように見えた。


「フォルクハルトの魅了が、やっと解けた。エルネスティーネあの女は強力な魔法をフォルクハルトにかけ続けていたようじゃ」

「精神に作用する魔法を長期間かけ続けられると、精神に異常をきたすおそれがあります。フォルクハルトの様子も慎重に診ないと」


 フレーデリックが国王に進言する。フレーデリックはケッセルリング王国で魔法を学び、首席で卒業した。


 膨大な魔力と禁忌とされる魔法をも習得し、ケッセルリング王国の魔導庁に名を連ねる魔導師である。

 フォルクハルトに厳重にかけられた魅了魔法を慎重に解いたのはフレーデリックだ。


「そうじゃな」


 国王の口ぶりは重い。ため息をつき、マイラへと視線を向けた。


「フォルクハルトが、マイラは自分の婚約者だと言い出した。幼少の頃からマイラを蔑ろにしてきたというのに。まったく、アレは何を考えておるのか……」


 困惑を隠せないでいる。聞かされたマイラも、今更感が湧き上がる。


「フォルクハルト様から婚約破棄を言い渡されました。陛下も了承なさいました。魅了魔法のせいだとしても、見世物にされた事実は変わりません。無理です」

「うむ。王太子……今は王子だが、自ら婚約を破棄したので、カレンベルク家に釣書が殺到しているそうだが、マイラのもとへ送ろうか?」

「いえ、いりません。今はこの世界のことを学ぶのに精一杯です」


 マイラの返事に、国王はあごひげを触りながら頷く。釣書の話が出たとたん、フレーデリックの表情が豹変し、険しくなる。


「マイラは僕のものだ! 誰にも渡さない!!」


 テーブルに握りこぶしを置いたフレーデリックは国王に食ってかかる勢いで言い切った。


「マイラは誰のものでもない。マイラの伴侶になりたければ、王族としてのあり方とまつりごとを学び、民の信頼を得られる者になりなさい」


 国王に真剣な眼差しを向けられ、フレーデリックは改めて認識する。国王の後に、この国を守っていく人物が、自分しかいないことを。


「わかりました。マイラのために頑張る」


 キリリと表情を引きしめ、決意を口にする。


「そこは建前でも、国のためと言ってほしかったぞ……これから勉学に励みなさい」


 ほんのりとガッカリ感を醸し出した国王はフレーデリックに国を託せる人物になってほしいと望んでいる。


 フレーデリックは素直な性格なので策略を張り巡らす心理戦は苦手だろうが、膨大な魔力と騎士にも劣らぬ剣技は国をまとめるための強みになるだろう。


 マイラは頭がよく、フォルクハルトの支えになるように政と帝王学を学ばせてきた。

 フォルクハルトとは違い、フレーデリックはマイラを手放すことはしないはず。足りないところを補い合って、この国を繁栄させてほしいと切に願う。


 勉学に励みなさいと、言われたフレーデリックの行動は早かった。


 国中の貴族を覚え、貴族の領地の経済状況を把握、経済状況が芳しくない領地にどのように対応し、経済を回復させるかなど、課題は多い。


 長い間、国から離れ、王族のしきたりなどを学んでいなかったため、国の情勢と貴族の派閥、王族のしきたりを同時進行で学び、目まぐるしい日々を送っている。


 マイラはカルラとニーナに、異世界で生きていた人間だと告げた。異世界で事故に遭い、卒業パーティーの朝に、マイラの身体で目覚めたのだと説明した。ニーナは驚いていたが、カルラは平然としている。


「カルラは驚かないの? こんな話、頭がどうかなったと思うよね?」

「いえ、思いません。フレーデリック様は幼い頃から、自分は犬の生まれ変わりだと、仰っていましたから。私の母はフレーデリック様の乳母で、フレーデリック様と私は一緒に育った乳兄弟なのです」


 カルラから、思いがけないことを聞かされたマイラは、生まれ変わりに理解を示してくれたことに、安堵した。


「理解してくれて、ありがとう。ドレスは着たことがなかったし、ヒールの高い靴も履いていなかったから、慣れてなくて……」


 侯爵令嬢にしては立ち振る舞いがおかしかったので、違う世界から生まれ変わったと知れば納得がいく。カルラとニーナは顔を見合わせ、頷いた。



 


 後日。

 国王は極秘に神殿へ赴き、フレーデリックが王位継承者として育つように、女神に祈る。


 フレーデリックとマイラの縁を女神が紡いだものならば、どんな困難が待ち受けていても、幸せになれるようにと、願う。

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