第10話 夢うつつ
外からは朝告げ鳥と呼ばれる雀たちが、挨拶と会話を楽しむようにさえずっている。マイラは身体の不調で目を覚ました。
(身体中が痛いし熱い。風邪でもひいたのかな? 喉が渇いたわ……)
頭を動かすと脈を打つような痛みが走り、並べられた枕の一つを手に取り抱きかかえ、体を丸めて耐えている。
熱が上がってきたのか、寒くて歯がガチガチ鳴り、身体が震える。
(早く誰か……)
意識が
ほの暗い場所に降り立つと、女性が佇んでいる。マイラ・カレンベルクだ。
閉じられていた
茉依は生前の馬立茉依の姿に戻っている。
「マイラちゃん?」
「はい」
「あれ? 私と背の高さが同じくらいだね」
「目の高さが同じですね」
二人は背中を合わせて手で確認する。
「同じ背丈だね」
「はい。わたくし、背が低いほうでしたが、茉依様と同じなんですね」
マイラは首をすくめてほほえんだ。茉依もつられて口角が上がる。
「わたくしは、茉依様の生まれ変わりだったのですね」
「私が、マイラちゃんの身体で目覚めたのは、どうしてなの?」
「わたくしにも分からないの。ただ、胸に激痛が走り、死にたくないと強く願ったわ。だけど、わたくしは身体から離れていき、気がついたらここにいたの」
目を伏せ、うつむいたマイラに、茉依はかける言葉を見つけられなくて。
「ここで、茉依様の生前の記憶を拝見しました。そして、茉依様がわたくしの身体で目覚めてから、眠りに落ちるまで、見ていましたの」
「……?」
薄い青紫のライラック色と紫がかるピンクのリラ色の髪に、漆黒に染まった天上から地表をほのかに照らす銀色の月のような瞳。
整った顔立ちで冷たそうに見えるが、目の前にいるマイラはあどけない笑顔を浮かべている。
(マイラちゃんって、笑うとなんてかわいいの!)
マイラの笑顔に
「え? ええぇ、見てたの? アレ。見ていたのぉ!?」
「ふふふっ、茉依様の慌てぶりが、なんともかわいらしくて」
「やめてぇ〜〜」
茉依は両手で顔を隠し、首を振る。マイラは微笑ましそうにしている。
「茉依様が、卒業パーティーで
微笑みをたたえたまま、銀色の瞳には涙が浮かんでいる。
エルネスティーネの魅了魔法にかかっていたとはいえ、マイラに手のひらを返した人々に囲まれ、悪役令嬢に仕立て上げられ、陰口どころか面と向かって
茉依も親の愛情を知らず、一人で過ごしてきた。幼少期は寂しさに苛まれ、小さな体を抱きしめて過ごした。
思春期を迎えた頃から、場の空気が読めず、人との関わり方が分からず、交流を諦めた。
成人した頃には寂しさも、楽しいなどの感情は消え失せていたが、福と過ごすうちに、失われた感情が少しずつ育ち始めていた。
茉依もマイラも、孤独だった。幼少期のマイラは両親から愛され、
フォルクハルトの婚約者になるまでは。
婚約者に内定してから、毎日休むことなく王宮に通い、勉強と妃教育で一日が終わる日々が始まった。
両親と話す時間もなく、一緒に食事すらできない日々を送り、ミスをすればヒステリックに叫び、体罰を振るう教育係に
豊かだった感情は教育係によって封じ込まれ、淑女としての振る舞いをたたき込まれて。
心を許せる友人を作ることも許されずに、淑女として育つマイラを、教育係は完璧な作品にしてみせると息を巻く。
おとなしい性格のマイラに重圧をかけ、踏み台にし、淑女の
いびつな関係から開放され、今は自由だ。誰もマイラを縛れない。
「茉依様、どうか幸せになってくださいね」
「待って! マイラちゃんが身体に戻りなよ。ここには私がいるから、ね? マイラちゃんの身体にはマイラちゃんが居るべきだよ」
茉依はマイラがどこかへ行ってしまうと感じ、必死に引き止め、マイラの身体に戻るように説き伏せる。
マイラは茉依を抱きしめた。こんな事態になっても、茉依はマイラを気にかけてくれる。
マイラの胸にはマイラが本来持っていた温かさがよみがえる。
茉依がマイラの身体に宿った時点で、マイラは自分の身体に戻れなくなったと悟り、複雑な思いを抱いたが、この場所で茉依の記憶に触れ、茉依が失くした感情を取り戻してほしいと願う。
「ありがとう。ですが、わたくしは疲れてしまって。ゆっくり休みたいのです。茉依様はわたくしの身体で……しあわ……せ……に」
マイラの涙がこぼれた瞬間、マイラは光に包まれ、
茉依はマイラが消えゆく様を見届け、切なげに目を閉じた。
「……!」
「……!」
「マイラ!」
名前を呼ばれ、マイラは目を開けた。まどろんでいるかのようなマイラは、呼びかけていた声の主を焦点が定まらない目で探す。
ぼんやりと映るフレーデリックが心配そうに見つめているように感じた。
(フレーデリック様? どうしてそんな顔をしているの?)
声をかける間もなく、マイラは再び意識を手放した。
高熱が出ると、嫌な記憶ばかりがよみがえる。茉依の記憶も、マイラの記憶も、マイラとして体験した卒業パーティーの出来事が、浮かんでは消えていく。
高熱の苦しさと、辛い記憶の渦に呑み込まれそうで、心細くてなにかに
伸ばした手を、誰かが握りしめてくれた。
ゴツゴツとした力強い手が、絡みつく渦の中から引き上げてくれたように思えた。
薄く目を開ければ、伸ばした手をしっかりと握りしめているフレーデリックの姿が映る。
(ああ、私はもう、一人じゃないのね)
マイラの目から涙がこぼれ落ちた。
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