第2話 えっ? 何が始まるの?
年配女性はマイラの乳母らしい。マイラを慈しみ、今日まで世話をしてきた。
マイラの髪を櫛ですき、髪の毛を編み込み髪型のセットが始まった。
(マイラの記憶があっても、
つらつらと物思いにふけるマイラを気にもとめずに髪のセットが仕上がり、フォルクハルトを思わせる金細工にペリドットを散りばめた髪飾りにイヤリング、大きなペリドットに金の蔦が絡まるデザインのネックレスが首につけられた。
(ネックレス、ずいぶんズッシリとしているけど、ネックレスって、重たいものだったかな? 首と肩が痛くなりそう)
仕上げにお化粧をしてもらい、卒業パーティーの装いが完成した。
姿見に映るマイラは人形のように美しかった。ライラック色にリラ色がメッシュのように入る髪に銀色の瞳。
どこか冷たそうに感じるが、微笑みを浮かべていたら、妖精のような神秘的な美しさに、目にする者は強烈に惹きつけられるだろう。
(前世の記憶が戻って、卒業パーティー? 聞いたことがあるような? ないような? うーん、思い出せないなぁ。大事なことだったかな?)
頭の隅に引っかかっている、前世の記憶と卒業パーティーという言葉。これが何を示すのか、マイラとなった茉依には思い出せない。
「いってらっしゃいませ」
装いを仕上げてくれた乳母とメイドたちに見送られて、部屋を後にした。
馬車の前で待っている両親のもとへ歩み寄る。
「おぉ、我が娘はいつにも増して美しい。そなたを蔑ろにする王太子など、どこぞの馬の骨と国外追放にでもなればいい」
王太子の行いに憤りを感じている父は、愛おしそうにマイラを見つめる。
「あなたを愛してくれる殿方が、婚約者だったら良かったのに。マイラ、私たちのかわいい娘」
母はマイラを抱きしめる。優しい香りと温もりが、空っぽの心に温かさを伝えてくれる。
(お母さんの温もりって、こんな感じなのかしら? 私は
両親とともに馬車に乗り、会場へと向かう。パーティーが始まる直前だったので、生徒や保護者、学園関係者がすでに揃っている。
荘厳で華やかな会場の雰囲気に、マイラは圧倒された。さすがに場違いさを感じ、足がすくむ。
(マイラちゃんは侯爵令嬢だからいいけど、私がいてもいいのかな?)
日本でひっそりと暮らしていた茉依には考えられないほど贅を尽くした世界が目の前に広がっている。
シルクで仕立てられたドレスには宝石が散りばめられてチリチリと煌めき、プライドの高い令嬢の美しさを際立たせている。
繊細なレースをふんだんに使われたドレスは、まとう令嬢の可憐さをひときわ感じさせる。
金糸で施された刺繍が、身につけている令息の身分の高さを表す。
まばゆい世界に触れて、マイラに宿る茉依は思わず目を細めた。
国王のお言葉の後にパーティーは始まった。
演奏が始まり、会場は厳かな雰囲気から華やかな空気となり、人々は挨拶を交わしたり、喉を潤している。
マイラは両親と別れ、婚約者である王太子を探すために慣れないハイヒールとまとわりつくドレスの裾を気にしつつ、人混みを縫うようにゆっくりと歩く。
令嬢が一人で歩きまわるのは褒められたものではないが、婚約者の隣にいなければならない。
エスコートもしない婚約者なんて放っておきたいところだが、侯爵家の体面を傷つけるわけにいかない。
マイラが歩いたすぐそばで、ささやきが漏れ聞こえてくる。
よくもまあ、顔を出せること、悪女め!
性悪女は神経が図太いな。
殿下もこんな女が婚約者など、気の毒だな。
(何だろう? 私に向けてささやいているのかな? 気にしすぎかしら? いったい、婚約者はどこにいるの?)
会場を歩きまわり、行く先々から聞こえる悪意がこもるささやきが、空気が読めないなりに伝わり、不快に思う。
(この会場の人たちは何なの? 同じことしか言わない、壊れた人形みたい)
マイラは立ち止まり、ため息をついた。
急にザザザッと衣擦れの音がし、人混みが二つに割れる。目の前に空間が広がり、マイラは驚き肩が揺れる。
(わぁ!! 何が起きたの? 私の前で人混みが割れた!? どういうこと?)
混乱したマイラは左右に視線を向け、割れた先に身体を寄せ合っている男女の姿を発見した。
(あれっ? この光景、見たことがある……よね?)
マイラは既視感覚に目を見開いた。
男性は不敵な笑みを浮かべている。身体を寄せ合っている女性の腰に右手を回し、睨みながら左手でマイラを指さした。
「マイラ・カレンベルク!! お前のような執拗に嫌がらせをする悪女を、俺の妻にはしたくない! 婚約破棄だ!!」
まわりの人々はうおおおぉーと雄叫びを上げる。雄叫びに驚いて、マイラの身体は小鳥のようにピョンと跳ねる。首を左右に振り、辺りを見渡した。
(怖い!!)
マイラに宿る茉依はひとりぼっちで生きてきたので、大きな声が苦手なのだ。
雄叫びを手で制したフォルクハルトはあごを上げ、ニヤニヤしながらマイラを見下す。
「どうした? その顔は。何か言いたいのなら、聞いてやってもいいぞ?」
たくさんの好奇な眼差しがマイラに降り注ぐ。マイラは眼差しに恐怖を覚え、ふるふると震えが全身に広がり、心臓が跳ね上がる。
(大勢の人がいる場所で発言なんて、とても出来ない! 怖くて怖くて、腰が抜けそう。どうしよう……)
マイラの目に涙が浮かぶ。
『ワンワン!!』
「!?」
福の声が聞こえた気がした。大丈夫だよと、優しく背中を押してくれたようで。
マイラは深呼吸をし、手に力を込めて、零れそうな涙をこらえる。
「あっ、あのね。婚約破棄って、王太子殿下にくっついている女性は、誰ですか?」
出せるだけの声量で問いかけた。それでもフォルクハルトにやっと届くくらいの大きさで。
フォルクハルトの眉がピクリと動く。
「その女とは何だ! お前がさんざん嫌がらせをしてきた相手、エルネスティーネではないか!!」
フォルクハルトはマイラを睨みつけ、声を荒らげた。
「可哀想なエルネスティーネは嫌がらせを受けていても、お前をかばっていたのだぞ! 心優しいエルネスティーネよ。俺はそなただけを愛する」
「フォルクハルトさまぁ〜」
エルネスティーネは鼻にかかった甘ったるい声で、瞳を潤ませフォルクハルトの胸に顔を寄せた。
「あのね、私はその子に何もしていないよ? 私に嫌がらせをしてきた女生徒は咎めたみたいだけど……」
マイラの記憶を頼りに発言したが、恥ずかしくなり小さな身体を縮こませていたが、ここは毅然とした態度でいなければと、誰かにささやかれたように感じた。
これではいけないと、勇気を奮い立たせ、姿勢を正し、凛とした瞳でフォルクハルトと対峙する。
マイラの知らないところで“あのね”にピクリと反応を示した人がいた。
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