🐕‍🦺1万PV感謝🐕‍🦺愛犬が王子様になっていた!?〜元飼い主と生涯を共にするために、わんこ王子は外堀を埋める〜

堀内 清瑞

第1話 異世界に転生ですか!?

 身体をベッタリと寄せあい、女性の腰に手を回した男性が睨みつけながら、人差し指をこちらに向けて言い放つ。


「マイラ・カレンベルク! お前のような執拗に嫌がらせする悪女を、俺は妻にしたくない! 婚約破棄だ!!」


 会場にいる人々はクスクスと笑い、マイラ・カレンベルクに見下した視線をぶつけてくる。


「こんな悪女が王太子妃になるなど、誰も認めない! 聖女のように慈悲深いエルネスティーネ様が王太子妃に相応しい!!」


 誰かが声高に言うと、賛同する声が会場に響く――――





 まぶたがピクリと動き、目が覚めた。


(夢か、何か変な夢を見たなぁ)


 起き上がりベッドから出て、朝の支度を始めた。

 馬立うまたて茉依まいは一年前から黒柴犬を飼っている。


「さて、福よ。散歩に行こうか?」

「ワン!」


 麻の葉柄のバンダナが似合う愛犬にハーネスとリードを付け、外に出た。

 早朝は空気が澄んでいて清々しい。この時間の散歩は一人と一頭の大切な時間だ。


 茉依は両親に無視されて育ち、人と距離の取りかたも分からずに、孤立して成長した。人の感情も、場の空気を読むことも出来ない。


 ポーカーフェイスと言えば聞こえがいいが、喜怒哀楽の感情がごっそりと抜け、どんなものなのか理解出来ない無表情なアラサーである。


 福はペットショップで売れ残っていた犬だ。

 たまたま通りがかった店の前で、仔犬を見ていたら、店員に声をかけられ、断われきれずに福と対面する。


 店員は、この仔は人に興味を示さず、飼い主候補が触れようとすると嫌がり、終いには威嚇いかくする始末と、ため息混じりで話してくれた。


 仔犬は死んだ魚のような目をしていたが、目を合わせていたら徐々に目が輝きだし、ぎこちなく尻尾を振り始めた。


 店員は驚愕の面持ちで仔犬を見ていたが、好意を示してくれた仔犬に惹かれ、茉依は家族になろうと決意する。


 今までの茉依には縁がなかったが、これからはこの仔犬と幸せに暮らせたらと思いを込めて、福と命名した。


 福と過ごす日々は茉依の内面に変化をもたらせた。福に対し、可愛くて仕方がないという感情が芽生え、一緒にいて安心したり、心が温かくなる思いが育ち始めていた。


 今日は福を迎えて一年になる記念日だ。ショップで福のケーキを購入し、ちょっと贅沢に赤身の牛肉を焼いて福のご飯にして、ささやかにお祝いをしようと考えると楽しくて口元緩む。


 犬用のクッキーも作ろうと思い、交差点で信号待ちをしていた。信号が変わり、歩行者信号が青になったので福と共に歩き出した。


 突然、エンジンをふかす音とタイヤが鳴る音がして、振り向いたら目前に車が――――――









 ……


(え?)



 …………!



(何?……)


 ――――――!!


(女性の……声?)


「マイラ様! 起きてください! 卒業パーティーに間に合わなくなりますよ!!」


 パチっと目が開いた。

 目に飛び込んできたのは、声をかけたらしい年配女性と、メイド服を着た女性が四人並んで立っている姿だった。


(えっ、パーティー……パーティー!? 何それ?) 


 ガバっと上半身を起こす。胸にはらりと落ちた髪は緩やかなウェーブがかかっていて、ライラック色の髪の毛だ。しかも、リラ色がメッシュのように入っている。


「……! 何コレ? かつら!?」


 思わず髪の毛を勢いよく引っ張ってみると、プチっと小さな音とともに数本の髪が指に絡まっている。


「いたっ! えぇ〜、うそ! 本物なの? 私、髪の毛を染めたことは無いのに、何でこんな派手な色になっているの? 私の髪って、こんなに長かったかな?」


 寝起きの頭では状況が分からず、髪を握りしめたまま呆然としている。


「マイラ様、変なことを仰らずに、早くお支度を!」


 ベッドから引っ張り出され、ぼんやりと立っていたらパジャマを剥ぎ取られ、着付けをされていく。それはもう、テキパキと。

 流れ作業のようにドレスを着せられ、姿見の前に座らされた。


 薄い青紫のライラック色の髪に紫がかるピンクのリラ色のメッシュ、漆黒の天上で柔らかく光を放つ銀色の月のような瞳をした美しい女性が映っていた。


「…………誰? 私じゃない。この子は誰なの?」


 姿見に映る美女を眺めまわし、振り向く。


「誰って……カレンベルク侯爵家のマイラ様じゃないですか。先ほどから変ですよ? しっかりしてください。今日は卒業パーティーが催される日ですよ」


 ドレスを着付けてくれた年配女性は髪を整えようと手を伸ばす。


(侯爵? カレン……ベルク? マイラ様? 知らない。私じゃない!! 私は福と散歩中に――――)


 突然、頭を金づちで叩かれたような痛みが襲う。あまりの痛さに頭を抱えた。


「マイラ様?」


 年配女性はいぶかしむ声で名前を呼ぶ。


 目がチカチカして、画像が頭の中を通り過ぎる。巷では走馬灯と呼ぶ現象なのか、目まぐるしく画像が変わる。


(何コレ? なんなの? 中世のヨーロッパで貴族が着ているようなドレス? これはいったい……)


 パチンとパズルのピースがはまったように思えた。パズルの全容を見るように、この身体が体験した人生が流れ込んでくる。





 彼女の名前はマイラ・カレンベルク。侯爵家の一人娘だ。ファーレンホルスト王国の王太子、フォルクハルト・ファーレンホルストの婚約者である。


 幼い頃に決められた婚約だったが、マイラとフォルクハルトの仲は初めから破綻していた。


 幼いながらも侯爵令嬢としての振る舞いを身につけ、周りから称賛を浴びていたマイラと、王子としてまだ自覚がなく、粗暴さが目立つフォルクハルト。


 貴族の目は厳しい。年相応のヤンチャなフォルクハルトに、優秀な婚約者の足元にも及ばないと貴族たちに見下されさげすまれていた。


 フォルクハルトがマイラと比べられ、蔑まれていることに気が付いてからマイラに対し、ねたひがみを募らせてきた。


 その思いが、フォルクハルトを歪ませるきっかけになってしまったようだ。


 フォルクハルトはマイラがいても、居ないものとして振る舞っている。

 マイラも初めは歩み寄ろうと試みたが、居ないもの扱いをされたため、フォルクハルトに対し無関心になった。


 十五歳になり、王立高等学園に入学しても二人の関係は変わることがなかった。




 ある日を境に、マイラから人々が離れていった。

 マイラを褒め称えていたその口は、悪女、性悪女と正反対の言葉を吐く。


 マイラが遠巻きにされるようになった頃、フォルクハルトの隣には伯爵令嬢が並び立っていた。


 パステルピンクの髪と赤い瞳、鼻にかかった甘ったるい声を上げ、フォルクハルトにしなだれかかるように腕を絡ませている。


 フォルクハルトはスプリンググリーンの髪にアンティークゴールドの瞳の持ち主だ。

 頭と性格は良くないが見目麗しく、マイラ以外の生徒には愛想がよく、女生徒から大変人気がある。


 生徒から距離を置かれたマイラは、嫌がらせ行為を受けるようになっていく。


 嫌がらせに反応しないマイラに苛立ち、嫌がらせに拍車がかかる。耐えきれなくなったマイラは加害女生徒を咎めた。


 すると、女生徒はマイラから嫌がらせを受けていたと嘘をつき、フォルクハルトに泣きついた。


 フォルクハルトがマイラに不用意な発言をしたことで、マイラは悪女のレッテルを貼られてしまったのだ――――







「マイラ様? 大丈夫ですか?」


 年配女性の声で我に返る。

 

(私は本当に、違う世界に転生してしまったのね……卒業パーティーかぁ、私には場違いだよねぇ)


 マイラを中心に、凄まじい嵐が待ち受けていると、このときのマイラは知る由もない。

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