第3話 ちょっ、話が勝手に進んでいくのぉ?

 フォルクハルトは忌々しそうにマイラを睨みつける。マイラは目を逸らさずに、震えながらも背筋を伸ばし、フォルクハルトを見据えている。


「嘘をつくな! エルネスティーネはお前に嫌がらせをされたと、裏庭で泣いていたのだ! 他の令嬢からもお前から嫌がらせを受けたと、報告があったぞ。弁解の余地はない!!」


 フォルクハルトはここぞとばかりに言い放つ。フォルクハルトの胸元でエルネスティーネは令嬢らしからぬ顔でニヤニヤしている。

 優越感に浸りマイラを見下していると、人の感情が分からないマイラでも分かる目つきをしている。


(殿下との会話が微妙にズレているように感じるのは、気のせいだろうか)


 マイラは違和感を覚えながら反論した。


「私は嫌がらせをしていない。されていたのよ。あの三人に」


 マイラは顔を令嬢たちのほうへ向けた。その先には三人の令嬢が体を揺らし、人の目から避けるように俯いてしまった。


「弁解の余地はないと言っただろう! 婚約破棄は決まったのだ!!」


 会場からはクスクスと笑い声が聞こえ、エルネスティーネ様こそ王太子妃に相応しいと誰かが声を上げ、賛同する声が会場中に響きマイラをおとしめる言葉が飛び交う。


(この賛同が、不気味に感じる。無機質な声に聞こえるのは何でだろう?)


 マイラの記憶にあるフォルクハルトは、人の話を聞かない、自分の頭で考えない、都合のいい話だけは受け入れる、残念な王太子らしい。


(これは無理だ。婚約破棄されてよかった)


 ふぅと、安堵のため息をつく。そして頭の隅に引っかかっていた、あることを思い出した。





 茉依が事故に遭う数日前のことだった。


 外出先でファストフードに入り、コーヒーを飲んでひと息ついていると、三人の女子高生が来店し、近くの席に座った。

 一人の女子高生が、本を片手に話し出す。


「この本ね、小説からコミカライズされたものなんだけど、日本人が事故で亡くなって、異世界の令嬢に転生するの。婚約者から罪を着せられ、婚約破棄を言い渡されるけど、その先の展開が面白いのよ!」

「あー、知ってる知ってる! あたしも悪役令嬢もの、持っているよ。あたしのは悪役令嬢がイケメンとラブラブの話なの! ちょっと待っててね」


 そう言いながら女子高生はリュックの中を探し始めた。


「えっ、スマホで読まないの? うちはスマホで読むよ」


 スマホを片手に、会話に加わる女子高生。


「スマホでも読むけど、本で読むのも好きなんだよね。私のお母さんが漫画好きで、本を買っているんだ。親の影響かな?」


 スマホを持つ子に本を渡した。借りた本をペラペラとめくり、軽く目を通している。


「そっかー。なら、うちも本で読んでみようかな?」

「うん、オススメするよ!」

「リュックの中、荷物多すぎで、なかなか見つかんない……あっ、あった!」


 リュックからお目当ての本を探し出し、にこやかに本を取り出した。

 本とスマホを手にして、この悪役令嬢はこうでね。こっちの悪役令嬢はね〜と、友人たちと黄色い声を上げて、楽しそうに話しているのが聞こえてくる。


 茉依は女子高生に悪役令嬢が人気なんだと、思いながらコーヒーを飲んでいた。“悪役令嬢”の意味が分からずにいたが、気にしなかった。



 思い出した悪役令嬢という言葉が頭をよぎる。




(ん? ちょっと待って?) 

(――私、たった今、婚約破棄、されたよね?) 

(――――悪女呼ばわり、されているよね?) 

(――――――えっと、つまり、マイラは悪役令嬢なんですか!?) 





 ・・・・・・胸にストンと落ちた。



「ええぇ〜、ちょっと待って? 私は悪役令嬢なのぉ〜!?」


 思わず頭を抱えて大声で叫んでしまった。突然、大声を上げたマイラに野次を飛ばしていた人々はたじろぐ。だが、再び野次が始まり、先程より酷く強い言葉が飛び交っている。


 マイラは周りを見回した。目を吊り上げ罵る姿は、きらびやかなドレスをまとっていても美しいとはとても言えない。

 心無い言葉が、マイラの前世である茉依に突き刺さる。怖くて、辛くて、心が壊れてしまいそうだ。


(マイラちゃんは、こんなにも酷い言葉を浴びせられ、たった一人で耐えてきたの?)


 暴言の雨が降る会場でマイラは手を握りしめたまま、うつむいて震えている。


 背後から男性が近づいてきてマイラの隣に立つ。マイラは気づいていない。

 男性はマイラの右肩に手を回し、グイッと寄せた。マイラの左肩は手を回した人物に当たる。


「ふぉ!?」


 何が起きたのか、状況も分からず固唾を飲む。肩に触れている手の温かさに、マイラは思わず肩に視線を向けた。大きくてゴツゴツした手だった。


「フォルクハルト、婚約を破棄するのだな? なら、僕がマイラ・カレンベルクをもらう。異議ははあるまい?」

「「「!?!?!?」」」


 婚約を破棄された令嬢を、もらうと口にした男性の出現によって騒ぎ立てていた貴族たちは毒気を抜かれ、会場は呼吸の音さえ聞こえないほど静まり返る。


 空気が読めない、感情も乏しいマイラは、話の進行が早すぎて追いつけずに混乱していた。


(え? 何が起こっているの? 知らない人に、肩を寄せられたの? どうして私を? もぅ、分からないことばかりで、頭が痛いよ。私はどうしたらいいのよ〜!!)


 マイラは話についていけず、周りを気にする余裕がない。マイラを置き去りにし、話は勝手に進んでいく。


「お前は……フレーデリックか? 貴様! 何故ここに……」


 フォルクハルトはフレーデリックと呼んだ男性を睨みつけている。


「留学していた学園を卒業したので帰国したら、陛下がこちらにいると聞いてな、足を運んだら可憐な令嬢が見世物のように断罪されている。黙っておれまい」


 フォルクハルトを挑発するような目を向け、フンと鼻を鳴らし、口角を上げた。

 フォルクハルトはフレーデリックを睨みつけたまま憎々しげに舌打ちし、口をゆがめる。


 フォルクハルトを見下したフレーデリックの目は、国王へと向けられた。


「陛下、フレーデリック・ファーレンホルストが留学を終え、帰国いたしました」


 言い終えて、国王に一礼している。フレーデリックの声は会場の隅々に届き、ファーレンホルストを名乗った青年に、貴族たちはざわめいた。


 国王も頷き、すっくと立ち上がったので、会場の空気が張りつめる。

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