強くなった信号

 先ほどまでの敬意はどこへやら。

 割り込んできた拓也は、いつの間にか不機嫌モードだった。



「イルシュエーレの心配はもっともだが、実をあなたのところに預けたら、おれが実の様子を見れなくなるだろ。また閉じ込められたら、たまったもんじゃない。」



 過去にイルシュエーレが自分を湖の底に閉じ込めたことを気にしているのか、にべもなくそう言い放つ拓也。



 そのとげのある口調に、イルシュエーレが気分を害したように眉をひそめる。



「この子の安全のためには、それが一番だわ。この子が安全なら、あなたに都合が悪いことなんてないでしょう?」



「いいや、めちゃくちゃ困るんだよ。実の傍で実を守るのがおれの仕事だ。実が傍にいないんじゃ、本末転倒だ。」



「この子を守りたいのは、私だって同じよ!」



「それは分かってる。だけど、実はあなたの庇護下に入るんじゃなく、人間の世界で生きていくことを選んだんだ。おれは、その選択を尊重する。一時的にあなたに実を預けるのは一つの手だろうが、実が外に出たいって言った時とか、おれが様子を見に来た時に、あなたは素直に実を出すのか?」



「そ、それは……」



 前科があるだけに、イルシュエーレの声が急に自信をなくす。



 まあ、確かにイルシュエーレの性格を考えると、外は危険だからやめた方がいいと言い出しそうではある。



 拓也の双眸が冷たく光った。



「だから却下だって言ったんだ。それに、他の人間に実が〝鍵〟だってばれないように腕輪を調整するには、そもそも実に人間の世界にいてもらわないと、効果測定ができないんだよ。おれの研究部屋も、〝知恵の園〟かニューヴェルにしかないし。」



「それはあなたの都合じゃない! 今は、この子がこれ以上倒れないことの方が重要じゃないの!?」



「それこそ、おれと尚希が実の面倒を見てた方がいい! 精霊と人間じゃ、体の仕組みが違うんだ。倒れないためには魔力制御も大事だけど、体を健康に保っておく必要もある。人間の健康面に気を遣った食事や生活環境は、人間の世界にしか充実してないだろうが!」



「食事とかなら、あなたがここに運べばいいんじゃないの!?」



「だったら、素直に実を出すんだな!? それか、おれをあなたの城に入れてくれるのか!?」



「まだそこまではあなたを信用してない! 自惚うぬぼれないで!!」



「自惚れてねぇわ! あなたの人間嫌いに融通がかないのを知ってるから、さっきからあなたに実を預けるのは却下だって言ってんだ! どうしてそれが伝わらないかな!?」



「融通が利かないって…。あなたの人間嫌いだって相当ひねくれてるって、精霊たちが言ってたわよ…っ」



 いがみ合う二人の間で、苛烈な火花が散る。



 あれ?

 仲良くなったなんて幻想だったか。



 突如不穏になった空気に、実は視線を右往左往とさせた。



(言われてみれば、二人ってちょっと似てるかも……)



 これはいわゆる、同族嫌悪というやつだろうか。



 さっきまでお互いを認めて協力モードだったはずなのに、これでは仲がいいのか悪いのか。



 二人の空気は険悪になっていく一方だ。

 ひとまず、この空気はよろしくない。



「ふ、二人とも落ち着いて!」



 気まずさに耐えかね、実は立ち上がって二人の間に入った。



「ば、馬鹿!」



 途端に、拓也が焦る。



「お前、魔力を引っ込めずに水から上がるな!」

「あっ…」



 しまった。

 慌てていたので、魔力を全力放出にしたままだった。



 言われたとおりに、魔力を抑えようと意識を整える。

 しかし……





 ―――――ドクンッ





 その瞬間、心臓が痛いほどに収縮して鼓動が高鳴った。



「………」



 大きく目を見開き、実はその場に立ち尽くす。



「実…?」



 異変に気付いた拓也が、怪訝けげんそうに実の顔を覗き込む。

 刹那―――



「ううっ…」



 自分の肩を抱いた実が、突然地面に膝を折った。



「実!? おい!!」

「どうしたの!?」



 拓也とイルシュエーレが目を剥いて実を支える。

 二人が必死に声をかけるも、それは実に一切届かない。



「う……く…っ」



 実はきつく目をつぶる。



 この感覚は、いつも感じているものだ。

 でも、今までより圧倒的に力が強い。



 誰かが呼んでいる。

 どうしようもなく、引き寄せられそうになる。



 行かなきゃいけない。

 自分は、この呼び声に応えなくてはいけない。



 そう思うのに、どこから呼ばれているのかが分からない。



 これまでにないほどの強い信号。

 きっと、この近くに呼び声のあるじがいるはずなのに。



「……誰…?」



 必死に呼びかける。



「どこにいるの…?」



 お願い。

 呼んでいるなら、この声に応えて。



 そう願うも、自分の声に対して返ってくる何かはない。

 自分を呼ぶ信号は、まるで機械のように一方的だ。



 それでも、諦めるわけにはいかない。

 こんなに近いのに、何も掴めずじまいで終わるなんて嫌だ。



 なのに……



「誰……―――」



 無情にも、自分を呼ぶ声も意識も、何もかもが闇に溶けていってしまった。


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