距離が縮まった二人

 翌日、実は拓也の付き添いの下、禁忌の森の奥地へと訪れていた。



「実!!」



 湖に足を踏み入れると、待っていましたとばかりに小さなうさぎが出迎えてくる。



「シャールル、今日もありがとう。」

「大丈夫? また倒れたの?」

「うん、ちょっとね……」



 隠しても仕方ないので、ごまかさずに頷く。



 柔らかい体を抱き上げると、シャールルはこちらを案じてか頬を舐めてくる。



 ちょっとくすぐったいが、そんな仕草からシャールルの気持ちが伝わってくるようで、胸がほんわかと温かくなった。



 シャールルの背をなでながら、実は視線を湖の方へ。

 そこでは、シャールルと同じように自分を待っていた女性の姿がある。



「イルシュもありがとう。何度もごめんね。」



 近付いて頭を下げると、イルシュエーレは首を横に振る。



「気にしちゃだめよ。あなた以上に大事なものなんてないわ。さ、早く……」

「うん。」



 イルシュエーレに促され、実は湖の縁に座る。



 透明度の高い水に両手を入れて深呼吸。

 その後、湖に向けて全力の魔力を放った。



 最近は魔力過多対策の一環として、数日おきにここを訪れている。



 協力者は多いに越したことはないと、拓也がいつの間にか、イルシュエーレに協力を取りつけていたのだ。



 拓也から事情を聞いたイルシュエーレたちは、とにかく今すぐに自分を連れてこいと拓也に詰め寄ったそうだ。



 そんな拓也に強制連行された自分は、彼女たちに半泣きで心配されることになってしまった。



 それからこうして、制御範囲をいちじるしく超えた魔力を湖に捨てさせてもらっているのである。



 聖域の奥地なら人間がいないので、魔力を抑える腕輪をしなくても大きな問題にはならない。



 なおかつ湖に向けて魔力を放つなら、湖に住むイルシュエーレが上手くそれを循環させて土地に流してくれるという。



 人間を拒む聖域の力も、より強力にしてくれるとのことだ。



 自分としてはイルシュエーレたちまで巻き込んでしまうのが忍びなかったのだが、結果としてこの行為が大幅な体調改善に繋がっているので、今となってはなんとも言えないのである。



「イルシュエーレ。これ、また改良してみたんだけどさ……」

「あら。見せてみて。」



 ふと頭上でそんな話が始まったので、実はそちらへと顔を向ける。

 そこでは、拓也が調整している腕輪をイルシュエーレが受け取ったところだった。



「そうね…。今の構成なら、私の力はこう作用させるべきかしら。」



 イルシュエーレが腕輪に指を滑らせると、腕輪の周囲に細やかな呪文を描いた光が浮かぶ。



 それは腕輪に吸い込まれるように消えていき、腕輪がほのかに光り出した。



「これは?」



「この子の魔力と水の親和性を高める効果をつけたの。空気中の水分が魔力を薄めてくれるはずだから、腕輪の抑制量をもう少し下げられるはずよ。」



「ふむ、なるほど…。短絡的な考えかもしれないが、水分が多くなる雨の日ほど魔力を安全に出せるって認識で合ってるか?」



「ええ、そうなるわ。あとはお風呂場とかも、水気が多いから楽になると思う。」



「了解。あとは、もう少し詳しい仕組みだけど……」



 拓也とイルシュエーレの間で、目が回りそうなほどに難しい専門的な会話が広がっていく。



(なんか……明らかに、仲良くなってるよね…?)



 実はパチパチと目をしばたたかせる。



 自分はそもそも、拓也が単身でイルシュエーレと交渉してきたこと自体が驚きだったのだ。



 あの人間嫌いなイルシュエーレが、自分以外の人間の前に姿を現すなんて想像ができない。



 一体、拓也はどんな神業かみわざを使って彼女を呼び出したのだろう。



 ただでさえ驚天動地だったのに、あれからのイルシュエーレは、拓也に手ずから魔法のレクチャーをしている。



 人間に害を与える聖域の力を強めると言っていたが、それも拓也には影響を及ぼさないようにしているようだ。



 まあ、拓也が禁忌の森で平然としていられるようになったのは、鎮魂祭をきっかけに、彼に火の精霊の加護がついたからというのが大きいのだけど。



 拓也をいたく気に入っているという火の精霊神は、抜け目なくてちゃっかりしているようだ。



 本命は逃がさないということですか。



「ありがとう。参考になった。」



 持ってきていたノートへのメモを終え、拓也はふうと一息。



「それにしても、あなたの才能を甘く見ていたわ。たった三日で、ここまで大幅に改良してくるなんて……」



 腕輪を拓也に返したイルシュエーレがうなる。



 これも予想外の展開だ。

 あのイルシュエーレが、人間を褒めるなんて。



「こういうのは得意分野だからな。それなりに自信があるさ。でも、あなたの助力がなければ、こんなに早く形にはならなかっただろうと思う。本当に助かってるよ。」



 対する拓也も、イルシュエーレにはそれなりに敬意を払っているようだ。



 はて。

 何がこの二人をこんなに近付けたのか。



 イルシュエーレが拒絶しないからか、最近ではシャールルや他の精霊たちも、拓也に気を許し始めていた。



「どう? 楽になった?」



 ふいに、イルシュエーレの眼差しがこちらに注がれる。



「あ、うん…。結構楽になってきたかな。もう少しだけ出しておきたいけど。」

「いいわよ。いくらでも出しておきなさい。」



 イルシュエーレは優しく実の頭をなでて、小さく息をついた。



「本当に、ものすごい魔力の量ね……」

「だよね…。本格的に人間を外れてきた気がして、なんか複雑だよ……」



 思わず本音が零れてしまい、実はうれいを帯びた表情で目を伏せる。



「………」



 イルシュエーレの手がピクリと痙攣けいれんし、拓也からも息を飲む気配が。

 それで失言に気付いた実は、慌てて言い繕った。



「ま、まあ、今はみんなに協力してもらってるから、調子もよくなってきてるんだよ。もう少し時間はかかるだろうけど、頑張れば魔力制御もできるようになりそうだし!」



「そう……頑張っているのね。」



 イルシュエーレは微笑む。



 しかし、その微笑みの中にわずかばかりの悲しみがあるように思えて、実はますます狼狽うろたえてしまった。



「あー……うー……」

「うふふ。そんな顔をしないの。」



 イルシュエーレは小さな笑い声をあげて、実の頬をつんつんとつついた。



「でも、こんなに早く魔力があふれるのはつらいでしょう。限界になってからここに来るよりは、私のところで常に魔力を出していた方がいいと思うのだけど―――」



「それは却下だ。」



 その瞬間、拓也が話に割り込んできた。


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