自分に向けられた信号

 この一ヶ月、本当にたくさんの試みをした。



 自分も毎日のように魔力制御に注力したおかげで、少しずつではあるが、自分の意思で抑えられる魔力量が増えてきた。



 それに加えて、拓也が魔封じの仕組みを応用して新しく作ってくれた腕輪が、非常にいい効果を発揮してくれている。



 魔力を完全に抑制するのではなく、身にまとう魔力量を調整してくれる腕輪だ。



 今は毎日改良を重ねることで、他人に〝鍵〟だと気付かれない絶妙な魔力量を調整中である。



 まだまだ時間はかかりそうだが、これならどうにか解決策を見つけることができるのではないか。



 そんな希望的観測も見えてきてはいるのだが、やはりこうして倒れると、気持ちは落ち込んでしまう。



「ごめん……ありがとう……」



 ベッドまで運ばれた実は、弱りきった様子で眉を下げた。



「大丈夫だよ。徐々によくなってきているとはいえ、やっぱまだ本調子とはいかないな。」



 実を寝かせた拓也は、いつもそうするように手首から腕輪を外していく。



「うーん……魔力がかなり濃くなってきたな。またイルシュエーレに協力を頼みに行くか。」



 腕輪を外したことで全放出状態となった実の魔力に、拓也は思案げに呟く。



「はぁ、やだなぁ…。色んな人を心配させまくってるよ……」



 自分のことなのに、こんなにも上手くいかないなんて。



 嘆かわしくなって、顔を覆う実。

 そんな実をいたわるように、拓也がその頭に手を置いた。



「こればかりは事故みたいなもんだし、仕方ないわな。むしろ、これまでよくこんなに強い魔力を問題なく制御してたもんだよ。それにおれとしては、今ちょっと嬉しかったかも。」



「え……何が?」



「お前が、他人から心配されてることを気にするようになってるからさ。」



「うぐ…っ」



 指摘される心当たりがありすぎて困る。



「別に、今までも気にしてなかったわけじゃ……」

「気にした上で強がって無視してたんだから、余計に性質たちが悪いな?」

「ふぐぅ…」



 ささやかな反論を鮮やかに叩き潰され、実は撃沈。



「ははは、いい傾向だ。少しはこの恨みを思い知れってんだ。くそくらい寝込んで、ちったぁ自分を大事にしろ。」



 どこか楽しそうに笑い、拓也は実の髪を掻き回してから手を離した。



「どうする? おれが代わりに、桜理の様子を見てこようか?」

「お願い。」



 桜理のことは気になるので、ここは素直に甘えておくことにする。



「了解。向こうから電話してやるから、大人しく寝てろよ? すぐに戻る。」

「うん、ありがとう。」



 異論なく頷くと、拓也は満足そうに笑みを深めて部屋を出ていった。



 静かになった部屋で一人、ふと息を吐き出す。

 目を閉じると、途端に全身のしびれが脳までをも侵してくるような感覚がした。



 確かに拓也が言っていたとおり、魔力が制御容量を大幅に超えてきているようだ。

 そろそろ、思い切り放出しておいた方がいいかもしれない。



「ままならないな……」



 ぽつりと呟く。



 まさか、自分の魔力に命を脅かされる日が来ようとは。



「これでも、頑張ってるんだけどな……」



 最近いつもそうするように、自分が持つ力の核へ意識を傾ける。

 力の核からあふれる魔力の出力を下げると同時に、力の核が生産する魔力量も落とす。



 これは、今までの魔力制御とは全く違う仕組みだ。



 一般的な魔力制御とは、自分の体から放出する魔力の量を調整するもの。

 表面上の出力を制御するだけなので、魔力の源である力の核まで意識することはない。



 しかし、今の自分はそもそもの魔力量が限界値を振り切っている状態。

 故にこれまでの魔力制御では、まるで意味がなかったのだ。



 魔力過多をどうにかするためには、力の核そのものをコントロールできるようになるしかない。



 しかし、心臓などの臓器を意識的にコントロールできないのと同じで、力の核をコントロールするのは至難の技だった。



 何度失敗したかは、もう分からない。

 四苦八苦しながら色んな方法を試し、最近ようやくコツを掴んできたところである。



 少しではあるが魔力の供給量は落とせたので、次はあり余っている魔力を周囲に悟られないレベルで消費しよう。



 派手な攻撃魔法などは使えないので、周囲の情報を拾う魔法を展開。



 地味な魔法だが、情報を拾っている間は持続的に魔力を使うことができる。



 加えてこの魔法には、魔法探知に引っかからないように、自分の魔力を土地の魔力に紛れ込ませる効果も組み込んである。



 そのため、他人に悟られないように魔法を使いたい今の自分には、非常に都合のいい魔法なのである。



 おかげで、この周辺の情報なら主婦の井戸端会議レベルまで知っている。



 脳裏にひらめく映像や音声を、ほとんど飲み込まないまま流す。



「………っ」



 そうしていると唐突に胸が苦しくなったような気がして、実は思わず眉を寄せた。



 またこれだ。



 周辺のありとあらゆる情報に意識を向けていると、必ずといっていいほどこれに引っかかる。



 ―――なんとなく、呼ばれている気がするのだ。



 声もない。

 音もない。



 でも、どこからか自分に向けられた信号がある。



 そして自分は、どうしようもなくそれに引き寄せられそうになってしまう。

 この信号を捉えると、胸が苦しくて切なくなるのだ。



 何度か発信源を追おうとしたこともあった。

 しかし今のところ、特定には至っていない。



(何なんだろ、これ……)



 次から次へと湧いてくる問題に、頭が痛くなるようだった。


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