肉体の限界

 想定外の事態とは、これのこと。



 一気に魔力が増えてからというもの、こうして不定期に体が不調を訴えてくるようになったのだ。



 症状も一定ではない。



 今回のように体がしびれて動かなくなる時もあれば、貧血を起こしたように卒倒することもある。



 最初は、普通に病気なのかと思われた。

 しかし、尚希の伝手つてで精密検査を受けた結果、体には一切異常がなかった。



 ―――これはおそらく、魔力が原因の疾病ではないか。



 医者から下された診断は、それだった。



 魔力疾病はまだまだ記録が少なく、病名の特定にも治療法の模索にも時間がかかる。

 検査を続けるなら、長期間入院するしかないという。



 もちろん医者は入院を薦めてきたが、これ以上の医療行為は断念せざるを得なかった。



 魔力疾病の検査ともなれば、嫌でも医者の前で魔力を解放しなければならない。

 それはつまり、〝鍵〟であることを自白するようなもの。

 そんな自殺行為に出ることはできなかった。



 どんなに信頼できる人間でも、〝鍵〟が関わればどう変貌するかは分からない。

 そこに関する信頼はまた別問題だと、尚希の方から医者の提言を断ってくれたのだ。



 そういうわけで、医療面からのアプローチはここで終了となったのだが、体には異常がないことと、この体調不良が魔力を原因とすることが分かったのは大きかった。



 魔力や魔法に関しては、こちらの方が何倍も詳しいのだ。



 それからの拓也は魔力制御を助ける道具の開発に注力し、尚希は忙しい仕事の合間を縫って、魔力障害に関する資料を片っ端から集めた。



 自分は倒れる頻度が多すぎて手伝いに加われなかったのだが……結果的には、動けないことが功を奏したと言えよう。



 自分の魔力のことは、自分が一番分かるはず。



 そう思ったので、横になってじっとしている間、自分の魔力の流れを意識し続けた。

 それで、この体調不良の原因が分かったのだから。



 原因は単純に魔力過多。

 力の核から供給される魔力量が、肉体の許容量を完全にオーバーしているのだ。



(なるほど……)



 泉のように湧いてあふれる魔力を感じながら、ふと納得した。

 それは、レティルのことだ。



 彼が宿った人間の肉体が長く持たないのは、一つの肉体に適応できる魔力は一つしかなく、別の魔力が肉体を乗っ取ると肉体が壊れてしまうからだと聞いた。



 しかしそれ以外にも、人間の肉体に宿る魔力が大きすぎるという要因もあるのではないだろうか。



 神という存在の魔力は、人間の肉体には凶器でしかないのだろう。

 強すぎる魔力に肉体が耐えきれず、ボロボロになっていくしかないのだ。



 レティルが平然と身動きできているのは、おそらくその体が自分のものではないから。



 所詮は入れ物の人形に過ぎないので、肉体の不調を無視して自分の都合のいいように動かせるといったところか。



 ……この感覚を知らずにいられるとは、幸せ者め。



 完全な八つ当たりではあるが、レティルを恨めしく思った。



 深く瞑想して魔力に意識を傾ければ、嫌でも分かるのだ。





 制御しきれない魔力が暴れ回って、肉体を―――魂ですらも壊そうとしている。





 このまま改善策が見つからなければ、死はまぬかれないだろう。



 肉体が壊れるのが先か、はたまた魂が壊れるのが先か。



 どのくらい猶予が残されているのかまでは分からないが、どちらかの限界が訪れた時がデッドライン。



 肉体の崩壊は単純な死だろうが、魂の崩壊となると自分はどうなるのか。

 人生終了を越えて、そもそも人間終了と相成るのかもしれない。



 予想される結末が結末だっただけに、この推測を拓也たちに話すことはかなり躊躇ためらわれた。



 だが、出口のない調査にいつまでも二人を振り回すのもいかがなものか。



 逡巡しゅんじゅんした結果、正直に話すことを選んだ。



 あの時の拓也と尚希の真っ青な顔といったら……話したことを、少しばかり後悔してしまった。



 しかし、原因が特定できたことで、二人の動きは明らかに効率的なものになった。



 魔力過多に関する記録は、魔法の叡智が集まる〝知恵の園〟にすらなかったという。

 つまり前例がないため、対策方法は手探りで見つけるしかないという状況だ。



 そこで尚希が次に目をつけたのが、自分がこぼれ話としてしたレティルの話だった。



 レティルが宿った体を少しでも長持ちさせる魔法なら、絶対にいくつも開発されているはずだ。



 もし彼の肉体が崩壊する仕組みが魔力過多によるものなら、その魔法を応用することで対策になりえないか。



 言われてみれば、確かに。

 試してみる価値はありそうだ。



 尚希と拓也はすぐにそれらの魔法に関する資料を読み解き、自分の技術にして帰ってきた。



 さすがは魔法のプロ中のプロ。

 技術を身につけるまでのスピードが尋常じゃない。



 その魔法をかけてもらうと、それだけで倒れる頻度が半減した。



 それでも倒れることがなくならないのは、その魔法が魂までは守ってくれないからといったところか。



 ―――そして、体調不良がひどくなることには、もう一つの要因が。



 それに気付いたのは、微調整したいと言った拓也が何度も腕輪をつけたり外したりしていた時だ。



 腕輪を外している時の方が、体が明らかに楽だったのである。

 少し考えれば、それも当然のことだった。



 今の自分は、例えるなら水がたっぷりと注ぎ込まれた水風船みたいなもの。



 水を抜かなければ、水はただ溜まっていくだけ。

 そして、風船の許容量を考えずに水を注ぎ続ければ、風船は割れるしかないわけで……



 つまり、これまで自分を守るために身につけていた魔封じの腕輪が、今の状況では肉体や魂の崩壊を加速させる自爆装置になっているということか。



 そのことを話すと、拓也は顔面を蒼白にして腕輪を取り上げた後、盛大に頭を抱えた。

 その理由は、言わずもがな。



 自分が〝鍵〟であることを隠すためには、魔力が体の外に出ないようにするしかない。

 しかし、そうすれば行き場のない魔力が自分の肉体を攻撃してしまう。



 魔力の放出を制限せずに、その魔力が〝鍵〟のものではないと偽装するなんて。

 そんな便利な道具など、すぐに見つかるわけがないのだから。



 とはいえ、どう考えても優先すべきは命の危機。

 拓也が即行で尚希を呼び出し、三人で頭を突き合わせての対策会議が始まった。



 とにかく、四六時中魔封じの腕輪を身につけることはご法度はっとだ。



 部屋の外に出る時は仕方ないとして、自室にいる時は拓也が腕輪を回収することになった。



 必然的に、外に出る時は拓也の付き添いが必須ということに。



 そして、自分の魔力の異常さが他人に勘付かれないようにと、部屋に最大強度の結界を何重にも張った上、拓也と尚希以外の人間は立ち入りを禁じる徹底ぶり。



 その場しのぎの対応ではあったが、魔力を抑える腕輪がなくなったことで、倒れる頻度はさらに減った。



 そんなこんなで慌ただしく日々は過ぎ、気付けばあっという間に一ヶ月が過ぎていたのである。


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