第1章 音のない呼び声

鎮魂祭の後

 部屋の中は薄暗い。



 周囲は、大量の本や魔法研究に使うという道具で埋め尽くされている。

 棚に目をやれば、液体が入った瓶やら薬草がぎっしりと詰め込まれていた。



 室内に満ちる空気こそ清浄だが、見た目の雰囲気は少しばかりおどろおどろしく感じてしまう。



 そんな室内を眺めていた実は小さく息をつき、視線を落として自分の手首を見つめた。

 そこでは、真剣な表情をする拓也が自分の腕にはまる腕輪の調整に勤しんでいる。



「―――よし。今日は、こんなもんか。」



 ずっとつめていた息を吐き出し、拓也がようやく腕から手を離した。



「どうだ? 昨日よりはまた、力をスムーズに逃がせるようになってると思うけど。」



「うん、大丈夫そう。毎日ごめんね? ちゃんと寝てる?」



「気にするな。こんな緊急時に、あれこれ言ってる暇ねぇって。尚希の依頼は後回しになったから、ちゃんと休んでるよ。」



「そっか…。尚希さんには、悪いことしちゃったな……」



「馬鹿。尚希は無理して自分の依頼を遠慮したわけじゃねぇよ。それだけ、お前のことが心配だってことだ。」



「うん。分かってるけど……」



 拓也がどれだけフォローしても、実の表情は暗いまま。

 拓也はしばしそんな実を見つめていたが、やがて諦めたように息を吐き出した。



「とりあえず、実の部屋に戻ろうか。あとで、気晴らしに散歩でも行くか?」



 かなり気を遣わせてしまっている。

 柔らかい口調からそれを感じて、実は静かに目を閉じた。



 少し時間をかけて気持ちを落ち着けて、次に拓也へ微笑を向ける。



「そうだね。そろそろ、また桜理の様子も見に行きたいし。」

「お前な……」



 拓也は少し呆れたよう。



「こんな時くらい、自分のことだけを考えればいいのに。」



「そういうわけにもいかないよ。こんな時だからこそ、桜理がちゃんと元気だって確認しないと。そうじゃなきゃ、安心して休めないもん。」



「相変わらずの桜理バカめ。」



「好きなように言ってよ。」



 拓也の苦言を笑顔で流し、実は椅子から立ち上がった。

 部屋を出ると、室内とはほとんど正反対の明るさが目を焼く。



「まぶし……」



 目がくらむのをこらえ、実は拓也と二人で廊下を進んだ。



 鎮魂祭から一ヶ月。

 自分と拓也は、尚希の実家であるニューヴェル領主邸にずっと身を寄せていた。



 理由は単純明快で、自分がこれまでどおりに魔法を使えず、地球に戻るに戻れないからだ。



 鎮魂祭をきっかけに戻ってきた、無意識で人間の命を繋ぎ止めるだけの魔力。

 一ヶ月経ってもなお、その魔力を抱えて制御することは完璧にできていない。



 これでも、当初は上手くいっていたのだ。



 自分の魔力を活性化させてくる土地の魔力にはすぐに対処できるようになったし、あとは増えた魔力に慣れていけばいい。



 それだけのはずだった。





 ―――想定外の事態さえ、起こらなければ。





 暖かな日差しを浴びながら、廊下を歩く。

 何も考えずに次の一歩を踏み出した瞬間、かくんと足から力が抜けた。



 なんとか派手に転倒することはこらえ、実はその場にうずくまる。



「実!!」



 途端に血相を変えた拓也が、実の傍に膝をついた。



「………っ」



 実は青い顔で、浅い呼吸を繰り返す。



 さっきまでなんともなかったのに、座り込んだことをきっかけに、体が次から次へと異変を訴えてくる。



 全身がしびれて、甲高い耳鳴りが脳内を貫く。

 心臓がどくどくと脈打って、血が勢いよく全身を巡る感覚がなんとも気持ち悪い。



「大丈夫か!? さっきの調整で、おかしなところでもあったか!?」

「大丈夫……いつもの発作……」



 拓也のせいではないと、どうにかそれだけは伝える。

 しかし、それで拓也が安心するはずもなかった。



 拓也はすぐに実を抱き抱え、大慌てで実の部屋へと走り出す。



(ああ……桜理のところに行くのは、無理そうだな……)



 拓也の温もりをすぐ近くに感じて揺られながら、実は疲れたように息をついた。


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