世界の十字路15~置き去りにした尊き人へ~

時雨青葉

プロローグ

心を揺らす歌

 光もない。

 音もない。



 外界からのありとあらゆる刺激を断ち切ったこの世界は、無と表現するのが一番しっくりくる。



 ここは、自分が作り出した世界。

 現実が嫌でたまらなくて、この世界へ逃げ込んだ。



 ここは、とても居心地がいい。



 何も考えなくて済むから。

 何も感じなくて済むから。



 自分はこのまま、無に溶けて消える。

 そうなればいい。



 そんな世界に、ふと一つの波紋が広がった。

 さざ波に乗って、微かな音が聞こえてくる。



 ――― これは、歌?



 優しい歌声だ。

 全てが浄化されて、何もかもが許されたかのように感じる。

 とても小さな声なのに、それは胸に心地よく染み渡っていく。



 ああ、もっとこの声を聞いていたい。

 どうしようもなく、心が惹かれる。



 思わず、手を伸ばした。



 でもその瞬間、自分の行動を嘲笑あざわらうかのように、声が遠のいていった。



 待って!

 行かないで!



 そう訴えるも、無情にも声は消えてしまう。

 そして、この声の持ち主の存在自体が、自分から離れていくのが分かった。



 頭が真っ白になる。



 どうして行ってしまうの?

 この世界まで、そんなに優しい声を届けに来てくれたのに。



 お願い。

 また置いていかないで。

 こっちに来て。





 どうか―――……




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