夏希、解放

『富士……だと?』


『そうだ夏希。富士だ。絆を殺す前に、先に富士へ行ってくれないか。なに、重く考えなくていい。君も三年間ムショに篭りっきりだっただろ? 身体も凝り固まっていると思ってな。軽いウォーミングアップだと思ってくれて構わない』


『……』


『勘違いしないでくれ。何も山で登山トレッキングしろなんて言うつもりじゃない。観光目的で軍費を用いたら、国民から非難を受けるからな』


『……』


『もっとも、君が富士山へ観光したいと言うのであれば別だがな。ただ、それはこっそりとやってくれたまえ』


『……どうすればいい?』


『君も知っているかもしれないが、あそこにはもう一つ、君が殺した皇女の遺骨が埋葬されている。君にはその皇女の遺骨を取りに行って欲しいのだよ』


『……皇女の、遺骨……?』


『あぁ。皇女の遺骨をだな。少し言い方を変えよう、皇女の遺骨を守って欲しいのだ。例の墓荒らし・・・・からな』


『……』


『私の見立てでは……八王子に現れた墓荒らしはそのうち富士にも訪れるだろう。皇女の遺骨を狙っているのならな…… そうでなければ良いのだが、念には念を入れておきたい』


『……』


『皮肉な話だな、皇女を殺した人間が、遺骨を守るだなんて。だけど、君も久々に皇女に会いたいだろう?』


『……』


『そんな目をしないでくれ。これも私なりのプレゼントだ』


『……富士で遺骨を拾えばいいんだな』


『そうだ。皇女の遺骨を拾ったらその後は自由に行動もしていい。とにかく絆を殺してくれればな。手法は別に問わない。だだ、あまりにもゆっくりしていると、桜の命が危ないだろうがな。まぁ、この辺りは君に任せる』


『……』


『君に言う必要なんて、無いと思うが一応言っておこう。場所は富士山麓樹海だ。夜になると明かりなんてない真っ暗闇で危険だ。それに、広いから迷わないようにな』


『……』


『拾った皇女の遺骨は、絆を殺すまで落とさないように守り抜いてくれ。墓荒らしからな』


『……分かった』


『三年ぶりの外だな。樹海の空気は新鮮だぞ、たっぷり肺に取り込んで堪能すればいい』


『……』


『それに、墓荒らしの他に……もしかしたら素敵・・な出会いがあるかもな。楽しみだな、夏希』


『……』


『さて、昼にはヘリを用意する。それに乗って行ってもらおうか。だが、その前に……この紙にサインをしてくれないか? あぁ、懐かしいだろう』



 ──────


「そろそろだな……」


 ヘリの窓から焦茶色の髪色をした男が一人、窓から外を眺め呟いた。深緑色をした厚手の軍服を羽織り、青い空と緑の樹海を行き交うように視線を泳がす。右肩には、青い鷺の刺繍ししゅうが施されていた。


 東京から飛び立ち、ここまで来るのに数時間ほどが経過した。東京では、真上にあった太陽も、今となっては若干西側に傾いており、時の経過が垣間見えるが、これでも予定通りの到着だ。天気は向こうと変わらず、晴れであるが、遠方に不穏な暗雲が覆いかかっているのが窺えた。


 場所は山梨県富士山麓、青木ヶ原樹海上空。高度推定三千メートルに位置するところで、五台の運送機オスプレイが横並びになって空を浮かんでいた。


 その五台の一番右端にあるオスプレイ。機内で座っていた若い男が、ゆっくりと立ち上がり、伸びを始めた。男性にしては小柄にあたる体格であろうか、痩せていることもあり、年齢よりも幼く見えるとよく言われるそうだ。これでも一応今年で二十二歳になる男性である。


 そんな男であるが、普段なら飄々とした顔つきが、今日はやけに引き締まっていた。眉にかかった前髪を指先で避け、気合を入れるように大きく息を吸い込んだ。


 その後、機内の奥に佇んでいた女性を見やる。頭の後ろには大きなポニーテールを揺らしており、小さい顔が、今は日差しに照らされていた。


 先程からずっと立ちっぱなしで、外の景色を眺めていたところを見るに、よっぽど外の景色が気にいたのであろう。


 しかしながら、男からの視線は無言のアイコンタクトだったのか、それに気付いた女はその場を離れ、こちらへと歩み寄ってくる。


「場所はここで間違いないわね。どうするレン? 言われた通り、あれ・・を解放する?」


 レンと呼ばれた男は「あぁ……」と首肯し、前を向いた。尋ねられても、答えは決まっていた。


「やるしかないよねえ、それが上からのお達しならさ」

「そうね」


 今日、突然国防省より任務が下された。『超危険人物を指定された場所まで輸送する』という任務だ。

 『レベル10』に位置する超重大任務、皇帝が不在なのにも関わらず、本来皇帝のみでしか下せない『あり得ない状況』が発生した。しかも『カテゴリーA』に限定というおまけつきだ。


 誰もが戸惑った出来事であったが、その任務も終盤を迎えていた。


 この極秘任務の中心に立っていた、四季よつき れんは最後まで気は抜けないと思いながらも、つい安堵のため息を漏らしてしまう。手前にいる女性から「安心するのはまだ早いわよ」と釘を刺されてしまった。


 機内の奥へ視線を移すと、噂の超危険人物が静かに座っていた。


 薄汚れた灰色の囚人服を着用しており、その上に黒いコートを身に纏っている。随分と杜撰な姿であると、男は思いつつも特段詮索をせずここまで運んできた。


 暴れないようにと、『超危険人物』の両手には頑丈な手錠をしており、顔も大きな白い布で覆われて何者かが分からない状態だ。任務の中心となった『エリート』である自分たちですら、正体が明かされていない極秘の人物だ。

 

 手錠の鍵は、前に立つポニーテール姿の女性の手に渡されていた。手錠の鍵を外し、このまま、この場所で……


 ──落とせ・・・と言われている。


 いや、あの男からは笑いながら『突き落としてもらっても構わないぞ』とまで言われた。


 高さは標高三千メートルほど。下には雲すらも見えるという高さだというのに、容赦無い対応だ。そんな乱暴なやり方は、自分たちの肌に合わないと感じていたが、今は言われたことはこなさないといけない立場だ。


 四季は「頼む」と女性を促し、二人して白い布を被った人間へと近づいた。


 輸送している中でも、この人物は一言も発することはなかった。今も尚、黙ったままであり、ただただ浅い呼吸音だけが聞こえていた。


「着いたぞ、立ってくれ」


 四季が指示すると、しっかりと耳に入ったのか危険人物は立ち上がり、拙い足取りで前へと進んでゆく。

 

 そのタイミングを見計らって、横にいた女性が、目標の元まで寄って手錠の鍵を開け始める。突然暴れられたら困ると、四季よつきは警戒心を高め、開錠の様相を静かに見守っていた。

 だが、その手錠が解放されようとも、暴れるような様子も無かった。無駄な警戒であったと四季は肩を落とし、その人物を前へと促した。


 自分よりも背丈の高い人物だ。男だと思いたいところだが、身体つきを見る限り、間違いなくそれは違うだろう。


 その人物とともに、ハッチの前まで歩み進める。近づいていけば、鈍い音を鳴らしながらハッチが開かれた。

 開かれた瞬間、強風が機内に入り込み、四季の前髪が大きく翻った。


「いい景色だねぇ……」


 煽られた風ですら楽しむかのような口調で、四季は独り言のように目標へと声をかけた。


 足元には壮大な雲海が広がり、遠くにある街並みは、まるで米粒のように小さい。高所恐怖症なら、足がすくんで立ってもいられないような高さであろう。


「一応、任務ではここから落とすように言われている。残念ながら樹海内にはヘリを着陸させるような場所がないんだ。ましてや五台のヘリが一度に止められる場所なんかはね……」


 お得意の減らず口を混ぜながら、四季は緊迫した顔つきでそう述べた。上から、とりあえずそう伝えろと言われているのだ。自分の意思で言っているわけではない。言われたままのことをしているだけだ。


 伝わったのかどうか分からないが、目標は依然として無言を貫いていた。


 このまま、顔に布を被らせたまま『落とせ』と上から言われている。最後の最後まで、誰か知る事もなく、この任務は終わることになっていた。

 

 右にいた若い女性がリュックサックのようなものを手にして、目標へ近づく。


「一応、落下傘パラシュートがあるけれど、いるかしら?」


 その言葉を理解したのか、目標である目の前の人物は、無言で右手を斜め下に降ろし、一歩前へ歩を進めた。


『不要だ』という意味であろう。


 目にした女性は、「そう……」と口にしながらも、どことなく嬉しそうな笑みを浮かべ始めた。



「──流石ね」



 この人物にとって、それを確認をするのはあまりにも愚問であった。落下傘なんてもの、必要ない。そんなことぐらい、二人とも初めから分かっていた。



「全くだぜ、レン。そんな野暮な質問、この人に投げかけちゃダメだろ。一体どこの誰だと思って言っているのやら……」


「そうね、レン。失礼してしまったわ」


 二人は顔を合わせ、同時に頷く。そして四季は目標の頭に被せられた柔らかな白布に手を置いた。


「そうですよね、売木夏希さん!!」


 四季の言葉と同時に、目標の頭から布が取り外された。



「──っ」



 勢いで長い黒髪がふわりと靡く。四季の横にいた女性の口から小さく「本物だ……」という言葉がこぼれ落ちた。


 顔が露わになった人物は、誰もが良く知る女性であった。鋭い眼差しに、黒い翼のような長い髪。皇女暗殺事件の実行犯にして、かつて皇軍騎士を務めていた……


 売木夏希だ。


 とんでもない人物に出会ってしまったと、二人の心は昂り始めた。


 三年前の姿とは大きく異なるやつれた姿であったが、それでも尚、過去の面影が残っていた。三年前からのあまりにの変わりように、二人は密かに驚きながらも、それを表情に出すことはなかった。


 夏希はまぶしそうに、目を窄めた後、静かに四季と目を合わせた。


『誰だ』と言いたげな表情で、目の前に立ち並ぶ男女へ視線を配り始める。その様相を確認した四季は胸に手を当て、少しだけ腰を曲げて会釈をした。


「初めまして、夏希さん。俺は四季よつき れんっていいます。一応これでも皇軍エリートに所属しているものです。そして彼女が──」


 名乗った後、四季は右手で女性へと促す。女は一歩前へ歩み四季と同じように胸に手を当て


「同じくエリートの悠木ゆうき れんといいます。お目にかかるのは初めてね」

 

 と丁寧に自己紹介をし、一歩後ろへと下がっていった。


 二人の言葉を受けても、夏希の表情が崩れることはなかった。それどころか、より一層怪訝な眼差しへと移り変わっていくのを、四季は肌で感じていた。


「……いきなりすみません。一応上からは、正体を暴くなと言われていますが……つい命令・・に背いてやってしまいました。無礼をお詫びします」

「まさか、本物の売木夏希に出会えるとは、思いもよらなかったわね……」


 いつものように話し始める二人。夏希は四季の方へと身体の向きを変え


「……いいのか、こんなことをして」


 と牽制をするように口を開いた。


 皇軍のきまりをよく知っている夏希だからこそ、出た言葉だったのかもしれない。

 命令に背くことが、どれほど重たいことなのか分かっていたから……だが、それを背いてでも、四季は夏希と話をしたかったのであろう。


 四季は「やれやれ」と肩をすくませ、怖じけるように眉元へ皺を寄せた。


「良くはないですよ、夏希さん。ですけど、俺達はどうしても夏希さんに伝えたいことがあってね……」


「伝えたいこと……?」


「ええ、そう。私達がこうして夏希さんと会うのは、もしかしたらこれが最初で最後かもしれないから…… 後悔しないようにって思って……」


 悠木が続けると、夏希が「そうか……」と首肯した。とりあえず、話は聞いてくれるようだ。夏希の返答からタイミングを掴み、四季が話し始めた。


「俺達、夏希さんの妹である涼楓すずかに良くして貰っていたんです」


「涼楓が……?」


 夏希が涼楓の名前を口にすると、悠木が「そう」と間に入った。


「私達、以前から涼楓と仲良くしてもらっていたの。いわば『友達』のようなものかな……。それ以上の関係だと私達は思っているのだけど……」

「だから、姉である夏希さんにも一言、お礼をと思ってね。本当、涼楓には世話になったからさ」


 売木涼楓…… かつて、四季達と苦楽を共にした仲間であった。加えて、年齢も同い年ということもあり、四季と悠木とは旧知の仲でもあった。皇軍に入る前から、勉強から剣術と色々教わった経緯があり、二人は涼楓にたいそう感謝の意を持っているようだ。


 その感謝の気持ちを、夏希と別れる前にどうしても伝えたかったと、二人は口を揃えて夏希へ語り続けた。


 静聴していた夏希であるが、黄昏れるように富士の麓まで視線を移し、小さく口を開いた。


「それは涼楓に伝えてくれ」


「そうしたいところだけどさ、三年前に夏希さんが起こした例の事件から、涼楓の行方が分からなくなってしまってね…… 俺達もずっと探しているんだけど、全く会えてない状態なんだ」


 夏希は分が悪そうに、口を噤んだ。


「俺達は、夏希さんがこれから何をしようとしているか全然分からない。死刑囚を解放して一体なんのつもりかと、検討もつかない状態さ。だけど、これは俺達の勝手な憶測だけど……」

「もしかしたら、妹達に会いにいくんじゃないかと思ってね……」


 四季は「だから……」と更に続けた。


「もし、涼楓に会ったら伝えて欲しいんだ。『レン達が待ってる』って。『一度でいいから顔を見せて欲しい』って」

「うん。何かのついでで、思い出したらでいいから」


 レン達の言葉を受け止め、夏希は細く息を吐いた。


「涼楓に会う予定はない……」


 悠木は「そっか……」と声を落とす。やや間が空き夏希は「だが……」と上を向いた。


「覚えておこう。涼楓に会ったら、伝えればいいんだな」


 四季は「お願いします」と託すように、夏希の瞳を見据えた。

 この人が頼み事をしくじったことがない。過去の夏希を思い出し、四季は少しだけ昂ってしまった。


 話したいことは全て伝えた。もっと他にも沢山あったが、この二つだけはどうしても…… 例え、命令に背いてでも伝えたかったのだ。


 目標を果たした四季は満足したように「俺達の言いたいことはこれだけです」と言い残し、夏希へ黙って視線を送った。


 ややあって四季は機内の脇に置いてあった日本刀と拳銃を手に持ち、そっと夏希へと差し出した。


「軍からこれを夏希さんに渡すように伝えられています。だからこれを…… 夏希さんの愛刀『炎煬えんよう』です。これは捕まる前に、夏希さんが持っていた武器ですよね……?」


 夏希は四季より日本刀を受け取り、眺めるようにして見つめ「まだ、あったのか……」と思い出すように、ゆっくりとした動きで腰へと装着した。


「ええ、誰か・・がいつでも使えるように、きちんと手入れしてくれていたそうよ」


 悠木が口を挟むと、夏希は「そうか……」と感慨深く呟いた。拳銃の弾薬も全く、湿気っている様子も見られなかった。こちらもしっかりとメンテナンスされていたようである。

 マガジンを取り出せば、三発ほど欠けていたことに気づいた。


「ここまで忠実に再現してくれているのか」


「ええ、あの時から全く変わっていません。それに、その拳銃は貴方にしか持てませんよ」


 皇女を殺害した武器を持つ資格なんて…… と四季は心の中で呟いた。




「では、ここで一旦お別れですね、夏希さん」

「ええ、今度はまた、別の形でお会いしましょう」


 別れを告げたレン達は、その後二人は夏希から距離を置くようにして、離れてゆく。


 二人とも、どことなく期待をするかのような顔つきで、風を受け止め続ける夏希の後ろ姿を見つめていた。


 少しだけ時が流れ、夏希が動き出す。


 夏希は一歩前に出てハッチの淵まで歩み、鋭い目つきで下界を見下ろした。



 推定高度三千メートル。ハッチの下には広大な青木ヶ原の樹海が広がっていた。



 そして……



「──っ!」


 そのままハッチから身を投げ出し、降下していった。頭を下にしながら、重力に従って物凄い勢いで加速してゆく。


 夏希の姿は一瞬のうちに雲の海に飲み込まれ、富士の麓にある樹海へと吸いこまれるようにして姿を消していった。


 パラシュートなしの自由落下だ。



「……すばる型着地術ねぇ……」


 終始、夏希の落下を見届けていた四季が、腕を組みながらポツリと呟いた。


 昴型着地術……何年か前、軍に所属していた紋章あやき すばるという軍人が編み出した着地術であるから、そう呼ばれていた。


 筋肉の硬直を利用した体術の一つで、理論上どんな高さから落下しても着地可能であると言われている技だ。


 その代わり、着地時には足からではなく、手や腕から着地しなければならないというリスクがある。ただ、着地時に力を入れるタイミングさえ掴めてしまえば、誰でも使えることから、今となっては皇軍の伝家の宝刀の一つであり広く用いられていた。


 使いこなせるようになれば、ビルやヘリコプターからの落下死など防ぐことができ、現に紋章昴が編み出してから大幅に落下死が減少した実績もある。


 

「相変わらずとんでもない人だよね。いくらどんな高さから着地できるとは言ってもさ、さすがの俺には無理だぜ。こんな高さから飛び降りるなんて」


 着地時はどうしても頭から侵入しなければならず、この恐怖を克服できることが着地術を使う上でまず大前提とされる。ほんの少しでも着地時のタイミングを外してしまうと、致死に陥ってしまうこともあり、訓練するにもそれ相応の度胸が試されるのだ。どんなに訓練しても恐怖心だけは……慣れることはあっても消えることはないのだ。


 その僅かな恐怖心が、理論上では可能であっても実践で可能にならない要因であるというのに……


「そうね。それに、昴型着地術において、着地する場所がいかに安定しているかどうかが一番重要だというのに……あんな不安定な樹海で着地出来るなんて、常人ではまず不可能よ」


 悠木も四季と同様の気持ちであった。着地術で鍵になるのは『度胸』と『着地面』とされる。着地する場所がコンクリートやアスファルトのように安定していればしているほど、成功の確率……つまり生きて着地できる確率が高くなるのだ。


 一方で、沼地や森林といった場所では着地面が安定しておらず、失敗してしまう可能性が高くなる。


 今回はどこに落ちようと未踏の樹海だ。下手すれば針葉樹に串刺しになってしまう危険性だって孕んでいるというのに……


 悠木も「真似出来ないわ」と素直に夏希を称賛しつつ、大きく息を吐いた。


「もしかして、今回のは今までで一番高い場所からの着地じゃないのか?」


 目があえば悠木は小さく首を横に振る。


「確か、軍の記録では『三河恭一』という男が一番らしいわよ。なんでも十年程前に高度一万メートルからの着地に成功したとか……」


 その言葉を聞いた四季は特段驚くこともなく、「あぁ、あの人か」と納得したように手を広げた。


「あの人は化物だからね。ダメだよ、あんなぶっ飛んでいる人を公式の記録に残しちゃさあ」

「言えてるわね。高度一万メートルだなんて、ぶっ飛びすぎよ」


 ここまでくると現実離れしすぎており、笑えてしまう。


 伝説の軍人、『三河恭一』の逸話には枚挙にいとまがない。小耳に挟むだけでも、頭のネジが外れたような飛び抜けた話が多く、本人もまた『頭のネジが外れた』人物であったのではないかと、邪推してしまうほどだ。


 一体どんな状況に陥れば、高度一万メートルから落下しないといけなくなるのか、会って尋ねてみたいくらいだ。


「あの人はほんとやばいからなぁ…… レンは会ったことあるっけ?」

「私も無いわ。一度ぜひお目にかかりたいところね」


「あぁ、レンもそうなのか…… あれ? でもあの人は今、どこで何やっているんだっけ?」

「私も詳しくは知らないわ。ただ、『旧東軍』のどこかに所属していると、噂では聞いたことあるけど……」


「旧東軍かぁ。全然関わりが無いから分からないな…… でも、なんであれだけの力を持っていて皇軍にいないんだろうな。確か、一度も皇軍に所属したことがないんだよな?」

「そのようね。皇軍の空気に合わなかったんじゃないかしら?」


『権威戦争』において、大きな活躍をした軍人、『三河恭一』…… 悠木や四季のような皇軍の人間であれば、一度は耳にしたことのある男だ。ただ、ここ最近全く三河に関する話がなく、もはや二人の中では『御伽噺の人物』のようなものとなっていた。


「それでも、俺達とそこまで年齢差が無いんだよな?」

「そうね、確か今年で……二十七じゃなかったかしら? 私たちと五歳差ね」


 四季は感嘆しながら「マジかよ」と顔を歪ませた。改めて聞いても、自分よりも五歳しか変わらないのに、恐ろしい実績を持っているものだと感じてしまう。圧倒的なキャリアの差を見せつけられているようで、悔しさすらも滲み出なかった。


 そんな中ふと気がついたのか、四季は「あれ?」と首を傾げ、悠木へ視線を送った。


「今年で二七歳……? ということは、あの騎士ナイトだった静岡蜜柑さんや北島先輩カナさんと同年代ってことだよな?」

「そうなるわね。それだけじゃないわ、昴型着地術を編み出した紋章昴も確か、蜜柑さんと同年代だったと聞いているわ」


 これには全く知らなかったのか、四季は驚愕しながら「マジで言ってるのかよ!?」と目を見開くことに。てっきり、自分よりも遥かに年上な……既に『おじいさん』になるような年齢であったものだと、勝手に勘違いしていたからだ。


 自分と近い年齢の若い人間が『昴型着地術』を生み出したなんて、とても信じることができなかった。


「やばいな、『蜜柑世代』…… どうなってるんだよあの世代」

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