蚊帳の外
「ど、どういう……!? レベル10!? ちょ、ちょっと蒼葉さん、その紙を見せて頂戴」
徐々に顔を青ざめてゆく北島。しどろもどろになりながらも、蒼葉の持つ紙を取り上げた。
ざっと目を通すだけで、紙を持つ手が震えてしまった。先程の蒼葉のように、読み通すだけで、痙攣してしまう内容が……そこに記載されていた。
『レベル10かつカテゴリーAに限定』……この文字を見た瞬間、その場にいた全員の背筋が凍り付いたという。
レベル……これは皇軍が受諾可能な指令の重要性を示す基準である。十段階に振られた正の絶対値によってカテゴライズされ、数字が高い程重要度が増していくという指標だ。つまり、レベル10というのは、その基準の中で最高値に位置するものであった。
何が何でも……全てを投げてでもこの任務を優先しなければならないということだ。
そして、『カテゴリーAに限定』されている。
カテゴリーA……十万の皇軍の中で、上位千人の優秀な軍人を指し示す用語のことだ。その軍人のスキルを示すものだけではなく、機密情報を取り扱う上で、一つのフィルターと化しているものでもあった。一般の軍人では取り扱えないような機密情報も『カテゴリーA』に入っていれば取扱い可能だ。
そして、仕事が仕事なだけに、北島の部署は漏れなく全員『カテゴリーA』に入っていた。
『レベル10かつカテゴリーAに限定』……噛み砕いて言ってしまえば『超重要かつ超極秘』という意味だ。皇軍ですら、所属する全員がこの任務に関わることのできない、極秘中の極秘であるものと。
「マジで言ってるじゃない……! じょ、冗談でしょ……!? たかだが荷物運びにレベル10!? 何が起きているのよ」
あの皇女を護衛して輸送する任務ですら、最大でもレベル9であった。しかも、あの時は今と違って『権威戦争』の真っ只中であり、何をするにも危なかったから警戒されていたのだ。
仮に、それを上回るものがあったとしても、皇女が居ない今では、国賓ぐらいしか考えられない。だが、輸送相手が国賓であれば、最高でもレベル9に指定しないと、皇女の格が落ちてしまう。皇女以外にレベル10を使ってしまえば、皇女以上に重要な存在があるものと見なされてしまうだろう。
だというのに、国防省はそこまで頭が回らなかったというのか? 安易に出して良いものではない。
加えて、レベル10となれば、指定された場所まで輸送するのに、
「だけど、そもそも国防省がレベル10任務を発令することができたの!?」
「わ、私は座学で皇女様でしか発令できないものと聞きました。本国皇帝のみ発令が許される最重要指令であると……だから、皆目を疑ったんですよ」
弁明するように蒼葉が言葉を並べると、「なんてこと……」と北島の『書かれた』眉が寄せられた。
恐らく例外手続きを使ったのであろうが、唯一皇帝の代行権が許されている
そんな誰もが知っている皇軍の常識が、ひっくり返されている出来事なのだ。
だが、今はそんなことをゆっくりと考えている暇はない。時は刻一刻と過ぎている。
「──とにかく、やるしかないのは確かね。洗い出すのは後! 現場は!? 今、現場は誰がいるの!?」
紙を伏せるようにして机に置きながら、北島は車両が映っている多数のモニターを指差した。
「げ、現場は今……あ、ちょっと待って下さい。通信が…… こちら蒼葉」
蒼葉がヘッドホンを耳に寄せ、応答をする。
『こちら車両の四季、もうそっちに到着したぞ。今からパンドラの箱を開くから警戒するように頼むぜ!』
四季と名乗る男から、またも通信が入ってきた。例の車両がこちらへ着いてしまったようだ。
蒼葉の隣で、そのやりとりを見つめていた北島。受信された音声を耳にした瞬間「その声は……四季君?」と、身を乗り出してきた。
「今、四季君がいるの!? ちょっと蒼葉さん、代わってくれるかしら」
「は、はい!」
言われるがままに、恐る恐る北島へ通信機を手渡すと、北島は片耳をあてがいながら勢い強く話し始めた。
「四季君、応答できる? こちら北島
『おお、カナさんじゃないっすか。久々っすね。元気そうでな──』
この男は、話し始めると止まらない男だ。このままでは長々と話されてしまうものと、北島は分かっていたので即座に「呑気に挨拶なんてしている場合じゃないでしょっ!」とピシャリと抑える。
「四季君が目標のそばにいるの? 状況を聞かせて!」
『そうですよ。全く、カナさんは相変わらずせっかちなんすから……』
「ま、待って。ということは、四季君がいるってことは悠木さんも?」
悠木というのは、四季の相棒にあたる女性だ。四季の名前は
そのタイミングで、彼の通信が他から傍受ができない『フライベート通信』へと切り替わった。
『あっちのレンもすぐ側にいるっすよ。今二人で目標が入っている鉄箱の鍵を開けようとしてるところっす。だからレンには今代われないっすよ』
「ということは、『ダブルレン』の二人が、この任務の
北島が尋ねると、即座に四季から『違いますよ』と、一言受信が入った。
『たまたま、指令が出た時に近くにいた『エリート』が俺たちだっただけっすよ。とりあえず、ブツの側には誰か一人でも『エリート』を付けないといけないことになっているから、俺はそれに沿っただけっすよ。なんなら俺もとばっちりっす』
「そんな適当な……」と肩から抜ける声が北島の口から発せられた。適当というよりも、あまりにも唐突すぎたことから、近くにいた軍人を無理矢理用いて、なんとかやっているという方が正解だったのかもしれない。誰だって戸惑う中、四季はよくやっていると思う。
「四季君教えて、一体何を運んでいるの? どうしてこんな状況に!? レベル10だなんてありえないわよ」
捲し立てるようにして、四季に問いかける。いつもなら、もっと洗い出してから簡潔に尋ねるが、そこまで調べる時間が無かった。あまりにも漠然とした質問をしてしまって申し訳ないと感じながらも、四季の返答を待つことに。
『それはカナさん……俺も聞きたいところっすよ。一体何がどうしてこうなってるなんて……俺だって分からないですよ。突然上からお達しが来て、何も知らないまま言われたことをやらされているだけなんですから……人が少なすぎてやってられないっすよ。はぁ、本当だったら今日休みでも取って行きつけのスイーツでも食べに行こうと思っていたのに……マジでそんな感覚で今やってるんすよ」
相変わらずの軽い口調であるが、彼の持つ実力は、北島含むここにいる誰もが認めていた。彼だからこそ、許されるようなことだろう。そんな彼が『ただ……』と小さな声で続けた。一言も聞き漏らすものかと、イヤーパッドを押し込む力が強くなる。
『──中身がモノではなくヒトであることは伝えられましたよ』
「ヒト!? その……四季君が運んでいる車両には人が乗っているってこと? 一体誰なのよ!? 国賓が来るなんて聞いてないわよ、それにこんな突然だなんて……」
『分かっていたら、こんなにビクビクしてないっすよ』
流れるような四季の発言に北島は「分からない……?」と片眉を上げた。
「ふざけないで、貴方達二人は先日『エリート』に昇格したばかりよね。もうそれが通用しない立場だって分かっているの?」
『皇軍エリート』…… 皇軍において、千人の枠組みである『カテゴリーA』。その中でも特に『総合的に優秀』と判断される上積み百人がそう呼ばれていた。十万の中で
通信先である四季、その相棒である悠木、そして北島の三人はその『皇軍エリート』と称され、『カテゴリーA』ですら許されない、軍の扱う最高峰の機密情報に触れることができるという立場に置かれていた。
そんな『エリート』である四季があろうことか『知らない』発言。気安く言われたものと北島は感じ、つい噛みついてしまう。
『『エリート』のみ共有が許されている機密情報であるなら、今この場で具体的な名前まで言わなくていいから正直に答えて。四季君はその中身を知っているの? 知らないの?」
『本当に知らないですって、信じてくださいよカナさん。機密情報すぎて俺だって何も分からず運んでいるんですから』
詰められて流石に参ったのか、少しだけ真面目なトーンでそう弁明する四季。この声の調子なら、四季の言うことはどうやら本当のようだ。けれど、それでも疑いたくなる。
これ以上の立場となれば皇帝か、国防省の省長とその代行、そして皇軍
だが、それではあまりにも使える人間が限定されすぎて実用的ではないから、そんな情報を踏んだ任務なんて今まで誰も耳にしたことがなかった。最高峰で『カテゴリーAに限定』これ以上となれば、あったところで該当する人間が少なすぎて仕事にならない。
ましてや、かつてその大半を占めていた五人の
全く信じることのできない事象の連続に、北島は瞳を小刻みに震わせ、言葉を失ってしまった。
「そんな、『エリート』ですら伏せられているだなんて……」
『何でも、『トップシークレット』だってさ。俺でも情報が得られないから、何も知らないまま重たい鉄箱を運んでいるんですよ。こんなのアリなんですかねぇ。俺、皇軍に入隊して初めてですよ、こんなへんちくりんな任務受けるの』
愚痴のように四季がそう溢してすぐ、『あ、そうだ』と何かを思い出したような声が耳に入った。
『ちょっと、
飄々とした声から一変、低く芯の通った声へと移りかわった。次いで口調も大きく変化している。四季が真面目なことを話すとこうなるのだ。普段はふざけたキャラであると自覚しているのか、本当に大事な時になると、ちゃんと真面目に話してくれる。ただ、その変わりようがかなりハッキリしており掴めない男でもあるが、北島にとっては分かりやすくて色々助かっていた。
北島は静かに目を閉じて、耳を澄ます。緊急事態で、一室はとても騒がしかったが、何も聞こえなくなるほど集中し、四季の言葉へ耳を傾けた。
『──この
音信ノイズでかき消されそうな程、音量が絞られた四季の声。それでもしっかりと耳に届いていた。
「……もったいぶらないで」
『──『特別収容所』からですよ。俺達は『特別収容所』から、この人間を渡されたんです』
「──っ!?」
特別収容所……死刑囚のみが収容されている収監施設だ。その『特別収容所』から渡された『人物』…… もう、それを聞くだけで、北島の頭の中には『ある人間』が思い浮かんでしまった。そうでないことを、心から願いたいところであるが。
『これは、『エリート』のみ閲覧が許されるお達しの添え文です。読み上げますけどメモらないで下さいね』
「──え、えぇ……」
『『超危険人物』だから、注意しろと』
「──そういう……事だったの……」
『──こんなもの、伏せたところでも、既に答えが出ているようなものですよね。そりゃレベル10で警戒もしますよ』
「……」
やや間が空き、四季が『よしっ!』といつものような声色へ戻した。
『と言うことで、今から
聞きなれた軽い口調で四季が構わず話し始める。言葉を失っていた北島ははっと気づき『ちょっと四季君!』と呼び止めた。
「今の話…… 本当なら、貴方が運んでいるソレは間違いなく……」
『俺は何も知らないっすよ。言われた通りのことをしてるだけっす。もし、気になるのであればカナさんも見てみればいいじゃないですか。情報室近いでしょ? 国防省からラブレターが来ていますからそれを読めば分かりますよ。完全に俺達なんて『蚊帳の外』っす』
「蚊帳の外!?」
『あんなの、見たことないっすからねぇ、カナさんもきっと驚くっすよ』
言い切れば四季は『もう時間なんで失礼しますね。また喫茶店でもいきやしょう!』と調子良い言葉を残して通信を切った。
「先輩……」
隣にいた蒼葉が、怪訝な顔つきで北島を見やる。ほんの少し間が空くも、きっとした目つきとなり、後方へと駆け出して行った。
「北島先輩!?」
「ごめん、蒼葉さん。情報室行ってくるわ!」
部屋を出て急いで下へ降りる。エレベーターなんて待っていられなかった。階段を駆け降り一階下の『地下五階』にある情報室まで走り抜けた。
軍が管理するありとあらゆる情報が集約された『情報室』。厳重な管理がなされており、いくつかのセキュリティーを潜り抜けなければならない。入るだけでも、いくつかのカードと鍵が必要になる場所だ。
北島はイライラしながらも、一番奥にある扉で声紋認識を行い、そしてようやく目的であった情報端末まで辿り着く。ここまでくるのに二分程だ。
そして北島が到着したこの場所にある端末……多数の機材に埋もれているかのように、画面モニターの顔を出すこの端末は『皇軍エリート』のみがアクセスできるデータが閲覧可能な機材であった。
触り慣れていた北島は迷う事なく該当文書を検索し、掘り当てる。掘り当てたと言っても一番すぐ上にあった為、間違うことなんてないだろう。
「これね、普通だったらここで確認できるはずだけど……四季君の言っていたことって……?」
疑問を独り言のように口にしながら、北島は匿名で伏せられた
ピリリリリっと音を鳴らしながら読み込みを開始する端末。ほんの僅か数秒であったが、とても長い時間に思えた。
そして、徐々に画面が目標の情報へと移り変わる。
「──冗談でしょ……」
映し出された画面の目にして、北島は息を飲んでしまった。
冷たいブラウン管に映し出された画面。それは黒塗りされた顔写真と、同様に塗り潰された添え文であった。人の顔が墨汁を零したかのように、真っ黒に潰されており誰か判別できない。プロフィールや経歴が記された文章も、一文字も残さず墨によって消し込まれており、原本を見たところで『透かし』て読み取ることも不可能であろう。
完全な異常事態だ。こんな消し込みをされたことなんて、今までに無かった。
──隠されている。何もかも、全てだ。四季のいう通り、『エリート』ですら、言われたままにしか動くことのできない。
「『蚊帳の外』ってこういうこと……?」
運んだ輸送機がどこへ行くのかも、伏せられていた。これは恐らく四季なら知っているであろう。直接現場で仕事をする『エリート』であるなら何らかの形で伝えられているのかもしれない。
任務に携わった人間でしか知り得ない情報が、口伝えか何かで共有されるのだろう。『超危険人物に注意』だなんて文言も、どこにも書かれていない。あれもその一部であったということか。
どれだけ国防省が隠したいことなのか、逆にその必死さが分かるぐらい、これは浮き彫りになっていた。
──国防省が一体、何を企んでいるのか。それなら、逆に皇軍を使わずコソコソとやればよかったものの、あえて大々的に皇軍を
「まさか……!」
思い当たる節があるのか、北島は顔を上げ、虚空を睨んだ。
一つだけ、思い当たる。こんな愚行をしでかす人物がいることを。その顔が脳裏に浮かんだ瞬間からの動きはとても速かった。
北島は台を叩くようにして、電源を落とし、颯爽と部屋を後にする。
そして、そのままエレベーターへ乗り込み、上昇して外へと出ていった。足を止めず大通りまで走っていけば、右手を振り上げてタクシーを呼んだ。
北島が合図を出してすぐ、黄色のタクシーが気づいたのか、徐行し路肩へ止まろうとする。そんなタクシーに構うことなく、止まる前にリアドアを開けて車両へと乗り込んでゆく。
『どちらにいきましょう?』と言わせる隙も与えず、北島は運転席まで上半身を乗り出し、そして声を張り上げた。
「国防省へ!! 急いで!!」
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