奇妙な任務
『ねえ、お母さん。見て見て、お空にいっぱいヘリコプターが飛んでいるよ!』
『ちょっと、そんなにベランダに乗り出したら危ないわ……って、あら……本当ね』
『わぁ、凄い! 全部皇軍のヘリだ、こんなに一杯飛んでるの見たことないや』
『そうね…… 私もこんなに飛んでいるのを見たのは初めてかも……』
『かっこいいなあ! あれ、でもなんでこんなに飛んでいるんだろう? 何かあったかなあ、お母さん知ってる?』
『え、ええ!? ぐ、軍事パレードとか? 臨時の……?』
──────
東京都千代田区に在する
皇居のすぐ近くにあるこの支部は、国が持つ最高峰の戦闘集団『皇帝軍隊』の中枢となる機関が多数存在し、過去何度も国の命運を左右する指令が、ここで下された。歴史的に見ても、重要な意味合いを持つ場所でもあるだろう。
その建物は、強固な石によって造られている。付近には多数の彫刻が並べられ、その姿はまるで要塞のようだ。
石でできた、十階建ての建物は『決して崩れぬ』皇軍の強さの象徴ともいえよう。『皇帝の加護』を具現化した鉄壁の存在だ。
その第一支部の地下四階、国の極秘任務や重大情報を取りまとめる部署がある。ただでさえ入隊することが困難とされる皇軍。その中でも、更に選りすぐりしかいない特別な司令部であった。
だが、意外な事にそこの部署はあまり『忙しくない』と噂されていた。個々の能力が高いのか、或いは本領を発揮する所があまりにも限られすぎているのか……はっきりは限定できないが、恐らくどちらともであろう。現場とは一線離れた部署であることから、デスクワークが多く、側から見れば『楽である』と、そう見受けられてしまうかもしれない。
『お昼でのんびりとランチを食べることができるのは、あそこだけだ』。その部署について、知る人間はそう語る。日中まともに食事すら取れない激務な現場が多い中で、その部署は良い意味でも悪い意味でも特別な部署であったようだ。
万一程度では、働かない。万々が一、国が脅威に晒された時になってようやくその重い腰が上がる。万事どころか『
そして、時は正午に差し掛かろうとしていた。いつもなら作業を一時中断して、各々弁当を広げたり、行きつけの店へ足を運んだりする時間であるが……
──今日は違っていた。
皇軍第一支部地下四階、通称『皇軍一楽な部署』の一室。
並々ならぬ緊迫した雰囲気が部内全体に立ち込めていた。
壁から天井にかけて敷き詰められた画面モニター。通常であれば、あまり稼働されず沈黙していることが多いが、今日はそれぞれ違うアングルから、一台の大型トラックを映し出している。外から見れば普通の荷台トラックのようだが、こう見えても皇軍が使用する装甲車両の一つである。ランチャーで撃たれても、中に保管している物に傷がつかないくらい頑丈な作りになっている車両であり、重要物、重要人物を運ぶ際にカモフラージュとして用いることが多い。
だが、そんなカモフラージュも全くもって意味を成していなかった。大型車両に中心にして、付き纏うように前方にも、後方にも数台の装甲車両が張り付いており、上空には四機のヘリコプター。一台のトラックを囲んで皇軍の車両がさながら行列のように進行をしている。
明らかにあの車両の『特殊性』を隠せるような状態ではなかった。素人目で見てもあれの『重要性』を理解できるであろう。そんな異質な光景が、ほぼ全てのモニターに流れていた。
しかしながら、大きく映っている画面を誰も見ることはなかった。内部の人間が一人一人がディスクにある小さな画面へ齧り付きになり、小型マイクで指令を飛ばしている姿が見える。
そのような光景が、部屋全体に広がっており、明らかに緊急時の様相であった。
いくら対応しても音信が鳴り止まない。あちらこちらで受信が入っており、こんな状況はいつ以来であろうか。
その中で額に汗を浮かべながら、必死な表情でやり取りする女性が一人。肩まで下ろした黒髪に、パッチリとした瞳が特徴の若い軍人であった。いつもなら、支給された黒いスーツをしっかりと着こなす真面目で人気が高い軍人の一人だ。
だが、今は忙しさのあまりか、着崩した状態でキーボードを打ち込みながら懸命にマイクに向かって声を飛ばしていた。
右手付近にはストローが刺さったままの野菜ジュースと、齧られたサンドウィッチ。食べかけであるのにも関わらず、目にも留めないで次に入ってきた電波を受信した。
『応答してくれ、こちらアルファ1! 今、車両後方から防衛中だ。こちらから見て、特段変化はないぞ! 第一支部応答してくれ! もうすぐそちらに車両が到着する! そっちの対応はできているな?』
簡易ヘッドホンから男の声がけたたましく聞こえてくる。やりとりをしていた女は思わずヘッドホンを頭から離してしまった。
「こちら、
『はぁ!? ふざけるな! もうそっちに着くんだぞ! とっとと準備しろ! 訓練してなかったのか、お前らは!!』
『楽な部署』が気に入らないと感じているのか、ここぞとばかりに鬱憤を晴らすが如く暴言を放つ男。彼もまた皇軍の人間だ。入隊できる程の高い能力と思考力があるはずだ。
皇軍の人間で、そう簡単に冷静を欠くような軍人は少ない。それでも男は『早くしろ!』と声を上げ続けた。それ程、異常事態ということだ。
「す、すみません! 本当にすみません!」
蒼葉と呼ばれた若い軍人はその場で頭を下げながら「すみません、すみません」と続けた。
『なんとかしろ! お前らも『カテゴリーA』だろ! しっかりしてくれ!』
「すみません、な、なんとかしま──」
蒼葉が重ねて謝罪を綴ろうとした時、『ビッ』という、雑音が挟まれた。受信音だ。
『割り込み失礼、こちら運搬車両の
割込み音信が入り、今度は飄々とした男の声が耳に入ってきた。張り詰めたような声であったアルファ1とは対照的に、
『──ですが、
『分かってるって、分かってるって! 未鈴ちゃん、もうすぐそっちに行くから『なるはや』で頼むよ〜!』
その言葉を受けた女はハンカチで額を拭きながら「すみません、ありがとうございます」とお礼を述べ、すぐに作業へと移った。
「今、全員で動いていますのでもう少しだけ待ってください!」
『りょーかい。しっかし、これガチでやばいな、アルファ1もそう思うだろ!?』
『私語をしている暇なんてないですよ、
関係のないやりとりなんて、聞く暇が無さすぎる。それぐらい、皆が切羽詰まってた。あまりにも突然な出来事、厳しい訓練を受けているはずの皇軍の人間ですら、戸惑いが隠せない事態が今日この日、何の音沙汰なしに訪れたのだ。
皆が信じられないような顔つきで、それでもなんとか動いて回っている状況だ。
──いや、こんなところで戸惑わない人間なんているのだろうか?
「そっちは大丈夫か!? 分かってる、今情報を送る。中央区の支部も応援を頼む!! かまうな、超緊急事態だ! こっちを優先してくれ!」
「車両は皇居を通過しました! 当支部までまもなくです!」
「くそっ、人が足らなさすぎる!
「運輸省には連絡済みだ。一般車両の通過を許すな、何がなんでもその
「レベル10かつカテゴリーが限定されている極秘指令だ。取り扱いランクに気をつけろ、限られた人間しか関わることができないからな。情報漏洩だけは絶対に許されないぞ」
見渡しても、どこもかしこもこんな状態だ。皆必死な顔つきで声を上げている。普段の業務とは全く異なる声色で情報が飛び交っている。
こんな状況で、声をかけられる人間なんて誰一人としていなかった。
「──まさか、こんな事が……」
震えた声で蒼葉が呟いたその時である。
部屋の入り口、その扉が勢いよく開かれた。それと同時に人影が颯爽と入室してくる。茶髪を肩あたりまで伸ばしたスレンダーな女性であった。
「何なのこの騒ぎ、一体何事!?」
「
北島と呼ばれた女性は「構わないわ」と一言述べて、申し訳なさそうに深々とお辞儀する蒼葉の肩を叩いた。
色白の肌の上にクッキリと『書かれた』眉、そして林檎のように赤い唇と、『構わない』と言っている割には、かなり気合の入った化粧をしているのが伺えた。白ワイシャツの下からはちらりと赤い衣類が見えることから、明らかに他所行きの格好であった。
恐らくプライベートを中断してまでここまで駆けつけてくれたのであろう。
察した蒼葉は顔を歪ませ「本当にすみません」と言葉を添え、北島の顔を見上げた。
「それより、
纏めるのに慣れているのか、北島は即座にハキハキとした口調で現場を仕切り始めた。説明を求められた蒼葉は「はい!」と強く返事を飛ばし、机に散らばった数枚の紙を手にとる。
事の発端は今から約一時間前のこと。国防省よりあるお達しが突如として来た。
『輸送任務の依頼』……内容はそのまま、『ある
この段階で耳にした北島は「国防省から……!?」と目を見開きながら、驚きの顔を浮かべる。
「そんな事が!?
本日、国防省と皇軍の決議によりエイトの存在が公に明らかにされた。その内容の一つに『皇軍もエイト対策に関与』するという内容も盛り込まれていたのは既知の事実であろう。
これから忙しくなるだろう、思うところは皆同じであった。
来るとすればよっぽどエイトに関する事。それには誰もが備えていたつもりであったが、ここの部署に来た任務はそれと全く異なるものであった。
それに関してはまだいいだろう。国防省の指示は時折突拍子のないことが来るが、そのことぐらい皆慣れている。エイトと関係あろうが、なかろうが遂行するつもりだ。
とはいえ、『それ如き』でこの部署まで情報を送るものなのかと、誰もが首を傾げた出来事であったのは間違いない。ここを使うのは『本当に大事になった時』のみとされているのに『それ如き』をどうしてこの部署が対処しないとならないのかと。
『送り先を間違えているのではないか?』と、国防省のオペミスを指摘するものさえいた。実際、北島も「どうしてここに……?」とそれと疑うような言葉を小さく口にしていたことも分かる通り本当に珍しい事であった。
──それならまだ、全然だ。
問題はここからである。
聞き流しながら、「まあいいわ、続けて」と詰め寄る北島。蒼葉は紙を持つ手を振るわせながら、その言葉を吐き出した。
「それが……この任務……『レベル
「は、はあ!?」
北島の声が部屋中に響き渡った。本人も久々にここまで大声を出したとのことだ。
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