きっといつか……
「お姉ちゃんは、学校の方どうなの? 好きな人でも出来た?」
絆ももうすぐ十四歳になる。年頃の話題も出てくる年齢だ。ここ最近そういった話が出ることが多くなり、桜も
ただ、学校のことを思い返してもあまり面白い話題は無さそうだ。桜の場合は夏希と顔つきが似ていることから、親族と
全校生徒も少なく、行事も無いことからとりわけ絆が期待している華やかな話になることはなさそうである。
「なんとかやっているよ。皆と馴染めているし…… 好きな人か…… まだできていないな」
そんな事を耳にした絆は口元を押さえつつ「えー、そうなのか…… お姉ちゃんでも……」と呟き始めたが、後半の殆どが聞き取れなかった。
「でも、お姉ちゃん可愛いからすぐ彼氏とかできそう! できたら紹介してよ、恥はかかせないよ!」
妹としてやはり姉の彼氏は気になってしまうようだ。実は桜自身もそう思っていた頃があった為、絆の気持ちはとてもよく分かると密かに感じていた。もし家に姉の彼氏がやって来た時、妹としてどう接するべきか…… 恥ずかしながらも考えた時期もあった。
けれど、やたらと気が強い姉達ばかりだったのであまり男っ気が無く、そういったことは一度も起きなかった。
結婚を予定していたあの零佳ですら、恋愛でなく縁談を持ち込まれ結婚に至ったのだから、売木姉妹とはそういう
「そんな簡単にできるものじゃないぞ」
「そうかなあ…… 絶対男の人ほっとかないと思うんだけどなぁ」
恋愛か……
色々な出来事が重ねに重なり恋愛なんて事は全く頭に上らなかった。今まで当たり前であった日常がある日突然に消え去り、日々を過ごすのに精一杯であったからだ。
それに守らなければいけない絆という存在もあり、そういうものとは無縁な生活を送り続けていた。
そのような、余裕の無い暮らしの中でふと湧き出た恋愛といった言葉は、桜にとって
でも絆の言う通り、本来であれば自分の同世代は皆各々恋愛などして過ごしているのだろうか……
きっと、今よりも楽しく、充実しているものなのかもしれない。
そんなことを思ってしまう。
「でもお姉ちゃんは彼氏とか欲しくないの……?」
「どうだろうか……」
考えたこともなかった。けれど、絆と二人で暮らし始めた時は不安と寂しさで幾度も泣いてしまったことが過去にあった。絆の前では見せずに声を殺しながら泣いていた。
そんな時、側に誰か一人でも支えてくれる人間がいたら…… と思っていたことは何回もある。
けれど、仮に今私と交際したいという人が現れても……
必然的にその人を不幸にしてしまうのは明白である。
いつかは必ず売木夏希の妹であることを明かさないといけない時が来るのだ。あの、大事件の犯人で死刑囚の姉を持つ……そんな
桜と絆は重い十字架を背負わされている。夏希によって架せられた重い十字架がこれからも永遠に自分に付き纏うことであろう。
だからもう前みたいな日常は絶対に戻らないということを、桜は悟っていた。
他の姉達と再会しても全てが元に戻るわけではないと。
それでも、3年前と唯一変わらなかったものがあった。それは絆である。
持ち前の明るい性格が
3年の時を経て色々と育ったところもあるが、その存在は全く変わっていなかった。
絆だけはあの時のままである。あの時のままでいてくれたのだ。
絆が無言でこちらを見つめてくれる。変わることのないその眼差しで何度救われたことか。
絆を見ていると本当に、何も考えず一家で
家に帰れば当たり前のように零佳姉さんが声をかけてくれた。いつも柔らかな口調で「おかえりなさい」と言ってくれ、時間が遅くなれば「夕飯ができているわよ」と母親のように迎え入れてくれる。零佳姉さんはずっと家の家事ばかりしていて家にいることが多かったが……
頭の良かった
そして強気な
玄関を
売木家は決して裕福な家庭でなく、両親が消息を絶った後はずっと近隣の人々から支えられて生きてきたのだ。だからこそ、夏希の騎士抜粋は街をあげて大きく
夏希姉さんはそんな、皆から応援される存在であったのだ。
あの時からたった数年で今のような生活を送ることになるなんて…… 当時の桜は
けれど、たった1日で変わった。たった1日で何もかも全てが変わってしまった。
いや、もっと詳細に言えばほんの一瞬だったかもしれない。
一瞬にして天地がひっくり返る。時間ですら癒えない傷が残ってしまうのだ。
戻りたい。
あの時に戻りたいと何度思ったことか。無理だって分かっているがそれでもあの懐かしさにもう一度触れることができたらと……
また弱い自分が出てきてしまった。
桜は連鎖する思考を断つかのように、鏡から距離を置き絆へと振り向いた。
「そろそろ時間だ。上着は大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
徐々に暖かくなってきた。今日の天気は終日快晴の予想だが、流石に夕方頃には冷えるだろう。それに加えて、今日は帰りが遅くなる予定だ。うっかり忘れて風邪をひくなんてことはないようにしないといけない。
絆と一緒に玄関で靴を履き、桜も最後に鞄の中で上着を忘れていないか確かめる。
「じゃあ、いってくるね!」
「あぁ、帰りが遅くなるから、留守番を頼んだぞ」
扉を開けば、強い朝日が差し込み思わず手で顔を覆った。眩しい朝日が桜の視界を一瞬奪うも、ゆっくりと手を退ければ、悠然に
微風にも似た穏やかな颪風とても心地良く、なんとなくであるがとても良い日になるような気がした。
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