逸らし続けた現実


 絆が黙り始めたことから部屋の中が静かになってしまった。

 

 決して居心地が悪い沈黙ではない。朝の落ち着いたひと時…… 天気も悪くないはずだ。

 別に気鬱になる理由なんてない。


 だが、桜の心は狭い沈黙の中でもすぐ動いてしまった。

 


 これからどうなるのだろう。


 ずっとこのままなのか。


 皆に会える日が来るのだろうか…… 



 無意識の中でも悩んでしまう。いつの間にかそんな癖が出来ていた。

 本当に悪い癖である…… それは自分も自覚していた。


 暗いことばかり考えても、いい方向には向かわない。それも理解わかっている。

 けれど、日を追うごとにその不安は増しているように思えた。


 何も変わらないまま三年が過ぎた。出口の見えない三年間。ずっと桜と絆は二人で過ごしてきた。

 本当にここままでは……



 ──だめだ。



 連鎖となりかけた負の感情を断ち切るように桜は顔を振り払う。

 いつからだろうか、沈黙が苦手になったのは。


 寝る前も、湯船に浸かる時も、こうしたちょっとした間が与えられる時もつい考えてしまう。

 あれもこれも全部、悪い方向に……



 目の前で絆が一生懸命料理を作っているのに…… どうして私は……



 絆も毎日生きようとしているのだ。元気に、不安を感じさせないように振る舞っている。

 けれど、本心はそんなわけないはずだ。桜に心配させないように明るい姿を見せてくれているのだ。

 桜はそれを知っていた。だから心を折れてはいけない。絶対に折れてはいけないのだ。



 部屋の隅に設置してある古びた小さなブラウン管テレビがある。茶色で薄汚れているがこれでも電気が通っており押せば付くようになっている。


 これをつければ国営・・の放送が流れるだろう。どのチャンネルでも確実に音が出る。このテレビをつければ沈黙を簡単に誤魔化すことができるはずだ。

 桜の苦手な沈黙を妨げる最も楽な手段。だが、桜は押す気にはなれなかった。


 とても嫌な予感がしたからだ。


 ただでさえ普段つけることのないブラウン管テレビ。天気が大きく荒れている時ぐらいしか見る事はない。


 見たくないのだ。

 

 いや、正確に言えば『見たくない報道が流れる可能性が高い』からだ。



 だから、沈黙を優先した。



 テレビをつけることなく桜は黙って木目の天井を見上げる。俯くより上を向いていた方が心理的に良い効果があると先日耳にしたからだ。少しでも前向きになれるように、顔を上げてみる。



 今日はなんでもない日のはずだ。皇女の誕生日でも事件・・の日でもない。応答日ですらない。だから、報道される理由なんてないはずだ。


 恐れることは何もないのに、それでも何故だか悪寒が走った。

 

 三年前に起きた大きな事件に関する報道が、もしかしたら今日の朝も流れるのではないかと、桜が懸念したからだ。

 この国を揺るがした一つの事件。発生当時には何度も何度も報道された事件。


 もう三年も経つはずの…… 過去の出来事だ。


 

 ──三年前か……


 

 三年前のある事件をきっかけに、桜と絆は東京からここ北城村までやってきた。引越しというよりもあれは避難・・に近かった。


 その大きな事件により桜と絆の運命は大きく変わった。何もかも、今まで平穏に過ごしていた日常は一変し桜達に大きな試練を与える。


 思い出すだけでも胸が圧迫されるような息苦しさを感じてしまう。三年の時が経ったのにも関わらずだ。

 自分にとって切っても切り離させないもの。忘れることなんてできない事だと分かっている。それでも時間がなんとかしてくれると期待していたが、今になっても桜の心の中に大きな爪痕を残していた。


 いや、桜だけではない絆も同様だ。



 向き合っては目を逸らし、また向き合っては後ろへ振り返るの繰り返し。繰り返して繰り返してそれでも腑に落ち切ることは無かった。


 過去何度も回想した記憶。今日は珈琲の香がそれをいざなおうとしていた。

 

 そう……


 ──三年前のあの日、皇女は私の姉によって殺された。

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