ランタとロンタ

六野みさお

第1話 ランタとロンタ

 ランタ山とロンタ山は、今から何百万年も前に、キシナ山の大噴火の影響でできた火山です。そのとき、キシナ山はマグマの通り道がふさがってしまい、苦しまぎれに右にそれた噴火口がランタ山に、左にそれた噴火口がロンタ山になりました。そうして長い時間がたつうちに、噴火口を失ったキシナ山は、だんだん風化されてなくなってしまい、ランタ山とロンタ山だけが、たがいに競争しながら成長していきました。


 それから長い時間が経って、ランタ山とロンタ山は、火山活動が落ち着いて、十年に一度煙を上げ、百年に一度溶岩を流すくらいの山になっていました。


 ランタ山とロンタ山は、たまに噴火を起こすくらいしかやることがないので、いつも退屈でした。それでこの二つの山は、よく山の生き物たちと話しました。生き物たちがまともに山の中に住むことができなくなってしまうので、一度に大噴火を起こしすぎないように山たちは気をつけていました。


 さて、そのときもランタ山とロンタ山は、この日も変わりなく晴れている空を眺めながら、のんびり話をしていました。


「ランタ兄さん、このごろほとんど雨が降らないね。どうしたのだろう」


 そうロンタ山が言いました。ランタ山はロンタ山よりも少し背が高いので、ランタ山が兄、ロンタ山が弟ということになっていました。本当は先に形成が始まったほうを兄にするべきなのですが、ランタ山もロンタ山もその当時のことは覚えていませんから、そのように適当に決めているのです。何千年か前はロンタ山のほうが高かったのですが、最近ランタ山に抜かれてしまったので、ロンタ山は悔しく思っています。


「うん、そのようだな。どうも最近俺が聞いたところによると、コサト平野も雨が降らなくて困っているらしいのだ」


 コサト平野はランタたちから一番近い平野で、ランタたちとコサトはよく鳥を通じて交流していました。


「へぇ、コサトさんが? 雨が降らないのはうちの近くだけでないんだね。兄さん、どれだけ降らないんだい?」

「それはもう、一ヶ月に平野の端から端まで、一滴の雨も降らないほどなんだとよ」

「そんなに? それは大変だな。ぼくたちはそんなのは経験したこともないな」

「山は雨が降りやすいというからな。それで、平野の生き物たちは、総じて困りに困っているらしい」

「へぇ」

「動物たちの中には、水をめぐって争うのもいるみたいだな。この前は人間と狼が、一つの池をめぐって争った。緒戦は狼が人間を散々に蹴散らしたんだけど、その夜、人間は狼たちが寝ているあたりの草にこっそり火をつけて、狼たちに壊滅的な打撃を与えたということだよ」

「ふーん、やっぱり人間は知恵が回るなあ。本当は狼なんかにかなうはずがないのに……」

「なんでも、剣や弓矢とかいう道具を使っているらしいな。これを使えば、狼と互角に戦えるらしい。いや、言い換えれば、狼でないと互角に戦えないというべきか……本来は猿くらい弱いはずなのだけど。最近は動物なんかは下に見て、人間どうしで殺し合ってるようだ。馬なんかはすっかり人間の家来になってしまって、荷物を運ぶのや人間どうしで殺し合うのに使われているらしい」

「ひゃあ。人間は怖いものだなあ。まあ、この山にはあまり人間はいないのだけど。とにかく、早く雨が降るように祈ろう」

「まったくだ」


 ランタがコサト平野の先にある海に目を向けると、ちょうど雨を降らせそうな黒雲が、水平線上に見えてきたところでした。



 その日もランタとロンタは特にやることがなく、のんびりと話をしていました。


「しかしロンタ、本当に雨が降ってよかったな」

「そうだね兄さん。これで生き物たちが飢えることもないし、無用な争いも減らせる。素晴らしいね」


 そのとき、ロンタはコサト平野の端から、たくさんの人間たちがこちらにずんずん行進してくるのに気がつきました。


「あれ、兄さん、何やら人間がやけにたくさんやってくるよ。軽く万はいるんじゃないかな。何があったんだろう」

「さあ。山の向こうの国と戦争ーーつまり人間どうしの殺し合いーーをやるのかもしれないぞ。そうなると大変だ」

「ええっ、兄さん、人間が自分たちどうしで戦うだけなのに、そんなに大変なのかい」

「そりゃそうさ。なにしろおよそ人間というものは、いろいろと知恵が回るからな。山一面の木に火をつけられて、真っ黒こげにしてしまうかもしれないぞ。コサトさんも何回も森を燃やされているんだ」

「ははあ、要するに、兄さんがいつか破局噴火をやったときのような感じになるのかい」

「や、やめろ、そのことを持ち出すんじゃない。いや、もちろん、俺の全部とロンタの半分を更地にしてしまったことは悪いと思っているさ。とにかく、火山であって生き物でない俺たちでさえこんなに生き物のことを気にかけているのに、同じ生き物たる人間が、同族を殺すために他の種族を道連れにするというのは、許せないことだ」

「そんなものなのかなあ。あっ、もうすぐそこまでやってきたよ」


 さて、その人間たちのリーダーは、サイニという将軍で、これはトリル共和国に属していました。しかし、サイニ将軍たちは戦争をしにやってきたわけではありませんでした。実はこれより少し前、ロンタ山の中腹で大量の銀が見つかっていたのです。トリル共和国の議会はこの銀鉱を国有化するべしと即決し、サイニ将軍たちを派遣してきたのでした。


「さあさあお前たち、働け、働け、どんどん銀を掘り出せ。掘り出せば掘り出すほど、我らがトリル共和国は潤うぞ。おまえたちの暮らしも豊かになるのだ」


 サイニ将軍はそうやって兵士たちを励ましながら、次々と銀を掘り出させていきました。



 サイニ将軍たちがロンタ山にやってきてから、一ヶ月くらいが経ちました。兄のランタ山は、最初は人間たちが何をしでかすかとびくびくして見ていたのですが、ロンタ山を掘り返しているだけなので、すっかり安心していました。


「いやあ、よかったな、ロンタ。人間たちは友好的じゃないか」


 ところが、ロンタはさも心外だというふうにため息をつきました。


「何を言っているんだい兄さん。このごろ僕がどんなに苦労しているかも知らないで」

「えっ? いったい何が問題なんだい。だって、人間たちが掘り返しているところは火山灰が深いから、もともと草の一本も生えないじゃないか」

「兄さんも平和ボケしているなあ。山の生き物のことより、自分のことを考えてみてよ。これだけ大規模に掘り返されているんだーー体のバランスが崩れてしまってる」

「ははあ。確かにそうなのかもしれないな。でも、俺にはその経験がないしな。この近くの山では、ロンタが初めてなんじゃないか?」

「兄さんはなんにも知らないんだなあ。僕が鳥たちに調査させたところ、もう主な山の半分くらいはこの手の被害をこうむってるらしいよ。ひどいのだと、体の真ん中にトンネルを掘られて穴を開けられたのもあるらしい。彼はもういつ崩れるかわからないほどの重傷だそうだよ」

「なんだって、それは初耳だ。でも、もしそれが本当なら、このままにしておくと、いつかロンタは崩れてしまうことになるぞ」

「そうなんだよ。だから僕は、もう不安で不安で、夜もまともに眠れないんだ」

「うーん、困ったな。といっても、こちらからは何もできないし、早く人間たちが満足して離れてくれることを願うしかないな」


 ランタもロンタも山ですから、自分たちで人間を追い出すことはできないのです。植物や鳥といった人間以外の生き物はそれをわかっていて、自分たちで人間を追い出そうと申し出てきたものもありましたが、ランタたちは断りました。このあたりの生き物が全部束になってかかっても、人間に勝つことはとても難しいのです。それにランタたちは、生き物たちに無用な犠牲を払わせたくありませんでした。



 さらに少し経ちました。ロンタの体は確実に侵食されていました。人間たちは今のところ、トンネルを掘るという話はしていないようでしたが、ロンタはいつそれをやられるかとびくびくしていました。


 そんなとき、ランタ山とロンタ山を挟んでコサト平野の反対側にある、サグチ平野の方から大勢の人間がやってきました。これはセリマ帝国の民でした。セリマ帝国の皇帝は、トリル共和国がロンタ山に大規模な銀鉱を発見したと聞いて、力ずくでその銀鉱を奪うと即決したのです。そんなわけで、セリマ帝国のガンダー将軍とその兵士たちは、トリル共和国が油断している隙をつこうと、猛スピードで行軍してきました。


 ある日、トリル共和国のサイニ将軍が朝起きると、ロンタ山の周りはセリマ帝国の兵士たちでいっぱいでした。サイニ将軍はすぐに兵士たちを集め、セリマ帝国軍を打ち破ろうとしましたが、帝国軍があまりにも多かったので断念しました。


 しかし、対するガンダー将軍も、無用な犠牲は払いたくないので、トリルの急造の陣地に使者を出しました。使者はサイニ将軍にこのように言いました。


「おまえたちは包囲されている。三日以内にロンタ山を立ち退け。もちろん銀は少しも持ってはいけない。立ち退かないのなら、われわれはロンタ山に火をつけて、おまえたちを残らず焼き殺してしまうぞ」


 サイニ将軍は、そんなことはとうてい受け入れられない、この銀鉱を見つけたのはこちらが先なのだ、それを無理やり奪うとは卑怯千万――と反発しましたが、セリマ帝国側は全く聞き入れません。それでもサイニ将軍は、首都からの援軍を期待して待っていたのですが、結局援軍はやってきませんでした。なにしろセリマ帝国は強国として知られていましたから、トリル共和国の議会も、すぐには戦うべしという決心がつかなかったのです。


 そうこうしているうちに、最後の夜になってしまいました。明日の日の出までにロンタ山から出て行かないと、トリル人たちは残らず焼き殺されてしまうのです。


 サイニ将軍は、もうこうなってはしかたがないと覚悟を決めて、いやいやながらロンタ山を立ち退くことにしました。そこで、サイニ将軍の使者が、そのことを言いにセリマ帝国軍の陣地に向かいました。


 使者が帝国のガンダー将軍にそのことを述べると、ガンダー将軍は「ふはは、それはよかった!」と笑って言いました。共和国の使者はガンダー将軍が偉そうなのに不満でしたが、相手はこちらを焼き殺そうとしている国なので、なんとか抑えて、こう言いました。


「どうもありがとうございます。こちらとしても、焼き殺されてしまってはたまりませんからね」


 そう使者が言うと、あろうことか、ガンダー将軍はこのように言ったのです。


「ははは、まあそんなに気にしないでもいいぞ。何でって、そっちが出て行こうが行くまいが、こっちは山を焼き払うことになっていたからな。どうもあんなに緑があれば、兵士は草に足を取られるし、毒のある草に間違って触ったら命に関わる。それに、山の動物が襲ってこないとも限らないからな」


 これを聞いて、共和国の使者は仰天し、すぐさま戻ってサイニ将軍に伝えました。サイニ将軍は地団駄を踏み、剣を抜き放って、轟くような大声でわめきました。


「なんて卑劣な奴らだ! 山は道具じゃない、ちゃんと生きた動物と植物が暮らしているんだ! それをそんな自分勝手は都合で、皆殺しにするだなんて……もう我慢できん、今から敵陣に乗り込み、ガンダーめの首を取ってくれる!」


 サイニ将軍は本当に帝国の陣地に向かって突進していきそうになったので、使者と二人の側近は、必死に将軍を押さえつけておかなければなりませんでした。でも、少し経つと、将軍は自分を取り戻し、側近に意見を求めました。


「くっ、どうする? 逃げても山を焼かれるし、残っても山を焼かれる。進退極まってしまった」


 しかし、側近はさすがに冷静でした。


「将軍、こうなってはもうしかたがありません。山を焼き払うというのは確かに非道な行為ですが、今は兵士たちの命が大切です。どうか当初の予定通り、明日の未明に山を出ましょう」


 サイニ将軍も、そうするしかないということはわかっていました。でも、将軍の良心はそれを許しませんでした。将軍には、兵士たちの命よりも、この山のすべての生き物の命の方が大切であるように思えるのでした。


「ちょっと一人にさせてくれ」


 サイニ将軍はそう言って、誰もいない山の一角に出ると、静かに涙をこぼしました。将軍は自分の無力感に打ちひしがれていました。


 サイニはトリルの国民たちのために働けると思って軍隊に入ったはずでした。王都の治安を守り、災害が起きれば復旧工事に駆けつけ、敵国が攻めてくれば必死に戦う、そんな仕事をしたかったのでした。サイニはそのために人の何倍もの努力をして、やっと将軍にまでなったのでした。


 でも、サイニ将軍には、それが本当に正しい行いだったのか、わからなくなってきていました。トリルの国民のためを思えば、今は兵士を一人も失わずに撤退して、王都で体勢を整えてから、改めてセリマ帝国を攻撃するのが一番よいのです。それでも、それと引き換えに、山の生き物たちの命が残らず奪われてしまってもいいのでしょうか。将軍は、今まで積み上げてきたものが崩れていくような思いでした。


「ああ、神様、どうか私と、トリル国民と、ロンタ山の生き物たちを助けてくださいーー」


将軍がそう叫んだとき、将軍の頭の上に、何やら生き物が止まりました。


「サイニ将軍、サイニ将軍、ひとつ話をしませんか?」


 サイニ将軍が驚いているうちに、頭の上の生き物は将軍の目の前に移動して、ホバリングを始めました。見ると、それは将軍の手のひらに乗せられるくらい小さな鳥でした。


「ロンタ山が、あなたたちを助けてあげられるかもしれないとおっしゃっております。ぜひ山頂まで来ていただきたいのです」


 鳥はそんなことを言い出しました。サイニ将軍は鳥が突然喋りはじめたので驚きました。鳥が『ロンタ山』が心のようなものを持っているということが当たり前であるかのように話していることも、将軍にはわけのわからないことでした。


 将軍は、これは夢ではないのかと思って自分の耳をつねってみましたが、しっかりと痛みを感じました。次にセリマ帝国の陰謀かもしれないと思いましたが、山頂までセリマ人が潜入できているとは将軍は思えませんでした。将軍はどうしてもトリルの兵士と山の生き物の両方を助けたかったので、とにかく山頂まで行ってみることにしました。


 将軍が山頂に着くと、どこからか声が聞こえてきました。


「あなたがトリル共和国のサイニ将軍ですか?」


 その声は、将軍の耳に音として入ってくるというより、将軍の頭の中に直接語りかけてきていました。将軍はロンタ山の腰が低いことを意外に思いましたが、とにかくまずは下手に出ることにしました。


「はい、いかにも私が、トリル共和国の第四将軍、クラント・サイニであります」


 サイニ将軍がそう言い終わると、山頂から音は消えました。風はなぜかほとんどなく、将軍をここまで案内してきた小さな鳥も、地面に降りて羽を休めていました。


 しばらく無言の時間は続きました。将軍は突然大声で叫んでみたいような気がしてきましたが、なんとか抑え込みました。すると、また不思議な声が、音を出さずに将軍の頭に響いてきました。


「そうですか、あなたがサイニ殿なのですね。あなたには、向こうに見える私の兄のランタと、少し話をしていただきたいのです。彼はあなたを助けられる方法があると言っていましたので」


 将軍は『ランタ』という名前に少し面食らいましたが、たぶんこういうことかと北西のランタ山の方を向くと、果たしてまた頭の中に声が響いてきました。今度はさっきより低いように感じられました。


「こんにちは、サイニ殿。私はランタ、ロンタの兄です。少しお話ししたいことがあるのですが」


 将軍は、ランタはロンタより自信のある話し方をするな――とぼんやり考えました。


「将軍はもう聞いていると思いますが、あのセリマ帝国のやりようは、とうてい許せるものではありません。私たちも、山の生き物たちを助けたいと考えているのです」


 将軍はとたんに悩みが晴れ上がったような気がしてきました。


「本当ですか! それはありがとうございます。何か帝国軍をこらしめる方法を教えていただけるので――」


 ところが、将軍が最後まで言い終わらないうちに、ランタ山はさっきよりもがんがんとした大声で、将軍に言葉をかぶせてきました。将軍は思わず二、三歩後ずさりしました。


「しかしですねサイニ殿、あなたは自分たちがロンタ山に迷惑をかけているということを、まず自覚しなければいけませんよ!」


 将軍はそこではっと気づきました。思い返せば、自分たちはロンタ山をずいぶん痛めつけていたのです。


「そうですよ。あなたは毎日言っていましたよね。『ほら、もっと強く山を叩かんか!』って」


 ロンタ山の声もさっきより棘を帯びているように、将軍には感じられました。さらにランタ山も続けました。


「サイニ殿、あなたがあの数だけ、たとえばガンダー将軍なんかに殴られたと考えてみてください。痛いですよね。生きて帰ることはできないでしょうね」


 将軍は頭を抱えました。ちょうどガンダー将軍に自分の頭を何回も殴られている様子を想像してしまったのです。自分たちがロンタ山を叩いた回数がすっかり自分に返ってくるのなら、将軍は軽く一億回は殴られないといけません。


「まあまあ兄さん、山の強度は人間の強度とは全然違うのだから、それはさすがに言い過ぎですよ。でも、今僕の体のバランスはもうかなりおかしくなっていますし、このままどんどん掘られ続ければ、いつか本当に僕が崩れてしまう可能性があるのです。現にそうなってしまった山を、私はいくつか知っていますので」


 そう言われると、将軍はますます生きた心地もなくなりました。


「ロンタ様、ランタ様、この度は誠に申し訳ございませんでした! 私はもう、穴があったら入りたいような思いです。なにとぞ、私たちにお慈悲を!」


 将軍はぱっと額を地面につけて、そのまま動かなくなりました。


「……あなたの気持ちはわかりました。顔を上げてください。もちろん、あなたの無礼の対価は払ってもらいますーーしかし、今はセリマ帝国をやっつける方が先です。サイニ殿、あなたはさっき『穴があったら入りたい』と言いましたね?」


「は、はい、ありがとうございます……って、えっ?」


 安堵と怪訝が入り混じったような表情の将軍に向かって、ランタ山はこう申し渡しました。


「では、穴に入っていただきましょう」



 ガンダー将軍は怒っていました。せっかくトリル共和国に逃げるチャンスを与えたのに、トリル人たちは全く山を降りる様子を見せず、逆に坑道の中に入ってしまったのです。


「小賢しいやつらめ! 山を更地にしたあと、まとめて踏み潰してくれよう!」


 ガンダー将軍がまさに放火の命令を出そうとしたとき、ガガガガガガ! と轟音を立てて地面が揺れました。


「うわっ、何だ? 地震か?」


 将軍はさすがにあまり動じませんでしたが、帝国の兵士たちはこの一回の地震だけでパニックになってしまって、全く仕事どころではなくなってしまいました。


 ガンダー将軍たちが必死に兵士たちを落ち着かせようとしていると、将軍の頭に何か生き物が止まりました。


「わっ! この野郎!」


 ガンダー将軍はとっさにその生き物を殴りつけようとしましたが、そのサイニ将軍に止まったのと同じ鳥は、さっとガンダ―将軍の拳をかわして将軍の目の前に移動し、仰々しくランタ山の言葉を伝えました。


「よいかガンダー。ランタ山は次のように仰せである。我が弟のロンタ山に理由もなく火をつけ、罪のない生物を虐殺する行為は、著しく非道である。よって、私はすぐさまお前たちに鉄槌を下したいところだが、心優しいロンタが止めるから、一時間だけ待ってやる。もし一時間後にセリマの人間がひとりでも残っていれば、私は大噴火を起こし、お前たちを火の海で押し流すだろう」


 しかし、もちろんガンダー将軍は、その程度のことでは考えを曲げませんでした。


「何を言う、この小賢しい鳥め!」


 ガンダー将軍は剣を抜いて鳥を斬ろうとしましたが、鳥はひらりひらりとうまく剣をかわしてしまいました。


 と、そこでガンダー将軍の部下のある者が、慌ててこう言いました。


「将軍、ランタ山に逆らってはいけません。私の聞くところでは、あの山がずっと昔に大噴火を起こしたとき、その溶岩は今のトリル共和国の首都まで届き、その噴煙は海の向こうまでを覆ったといわれています。今のうちに逃げないと、大変なことになりますよ」


 ガンダー将軍は「なあに、心配ないさ――」と言おうとしましたが、そこでまたガガガガガガ!と地面が揺れました。


「ひゃあ、もうだめだ!」

「ランタ山のたたりだ!」

「もう逃げるしかない!」


 帝国の兵士たちはすっかり戦意を失ってしまいました。


「くっ……致し方ない。撤退だ!」


 ガンダー将軍は苦虫を噛み潰したような顔で、嫌々そう宣言しました。すると、帝国の兵士たちは我先にと逃げ出してしまい、本当に一時間後には一人もいなくなってしまいました。



 セリマ帝国軍が逃げていった日の夕方、坑道から出てきたサイニ将軍たちは、今度は兵士たちも一緒に山頂までやってきました。


「ランタ山様とロンタ山様に最敬礼!」


 将軍がそう言うと、兵士たちが一斉に九十度頭を下げました。


「みなさんありがとうございます。みなさんの協力のおかげで、ロンタを放火魔たちから守ることができました」


 ランタ山の声は、最初よりも少し優しくなっていました。


「みなさんにやってほしいことは、実はそんなにありません。坑道を何もなかったかのように埋めてしまってください。もちろん銀もです。でも、それだけです。私はみなさんに山に優しくしていただければそれでいいのです。どうか今日のことを忘れず、私たちと付き合ってください。山を掘り返したり、無駄な殺生をしないなら、私たちはみなさんを歓迎します。どうか気軽に遊びに来てください」


 ランタ山はそれだけしか言いませんでした。サイニ将軍をはじめ、トリル人たちは言葉もありませんでした。何人か泣いている者もいました。



 トリル人たちが坑道を元通りにして帰っていってから、数日が経ちました。


「しかしロンタ、今回は大変だったけど、なんとか丸く収まってよかったな。俺も噴火しないで済んだし」

「そうだね。坑道にトリル人たちが入っている間、坑道が落ちてこないように調節するのは、なかなか大変だったけどね……兄さん、もう少し抑えてくれてもよかったのに」

「いや、あれくらいはやらないと、セリマ人たちを怖がらせられないよ。さて、これからまた暇になるな……」


 ランタ山とロンタ山は、そろって青い空を見上げました。

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