第30話 お祭りの目的
「お祭りをしようと思うんだ」
手術室の掃除に行ってから一週間ほど経ち、いまだに願いの盃が溢れていないのを珠が憂いていた昼下がりに、ハシルヒメが唐突に言い放った。
珠は境内を掃いていたのだが、もともとほとんど止まっていた手を完全に止め、木陰に入った。
「お祭りって、思い立ってやるようなことじゃないと思うんだけど。普通、行事とかで決まってるんじゃないの?」
「そうなんだけど、わたし一人になってからやってなかったからさ。せっかく珠ちんもいるし、久々にやりたいなと思って」
ハシルヒメは両手をしっかりと握り、少し息を荒げている。
珠は深く溜息をついて頷いた。
「お祭りなんてしたら相当汚れそうだけど、掃除はする。それがわたしの仕事だし。やれば?」
「よっしゃー!」
ハシルヒメは握っていた手を高く振り上げ、大きくガッツポーズを取った。
「じゃあ主催は珠ちんね! よろしく!」
「え! ちょっと待って!」
珠は箒を投げ捨て、足早に立ち去ろうとするハシルヒメの肩をつかんだ。
「それは聞いてない! 主催はハシルヒメがやって」
「いやいや。そういうわけにはいかないでしょ」
ハシルヒメはゆっくりと振り向き『落ち着け』と言わんばかりに珠の肩をさするように叩いた。
「お祭りは神様に奉納するものなんだよ。それなのに神さまが主催じゃおかしいでしょ」
「大丈夫だって」
珠も負けじとハシルヒメの両肩に手を置いた。そして逃げられないようにがっちりと掴む。
「お祭りに来る人は、主催が誰かなんて気にしてないから。ハシルヒメが主催でもみんな楽しんでくれる。どこの誰かもわからないわたしが主催をするのよりもずっとね。わたしを信じて」
「うんうん。珠ちんのことは信じてるよ。だから主催を任せるんだ。みんなに珠ちんのこと知ってもらういい機会じゃん」
「わたしは目立つの得意じゃないから、ずっと影で生きていく。大丈夫」
「ばかやろー!」
ハシルヒメの右手が珠の頬を叩いた。叩いたといっても、ぺちんと音が鳴る程度に手を添えた感じだ。痛さは全くなく、頬に感じた体温に一番驚いた。
珠が思わず力を抜いた隙に、ハシルヒメは手から抜け出し、背中を向けた。
「わたしは珠ちんに、そんな生き方をしてほしくないの!」
「ハシルヒメ……」
珠は一歩だけ前に出て、ハシルヒメの肩に手を置いた。
「わたしに主催やらせるために、適当なこと言ってない?」
ハシルヒメの肩がビクンと跳ねるのが、珠の手に伝わってくる。
「ゆっくり話そうか?」
「嫌だー!」
ハシルヒメが走り出したので、珠も全力で追いかけた。
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願いの盃がある以上、ハシルヒメの頼みを断りきるのは難しい。結局、珠は首を縦に振るしかなかった。
「わたし一人に全部やらせようとしないでよ? 何もわからないんだから」
「わかってるわかってる。わたしがやりたいって言ったんだから、協力はするってば」
珠とハシルヒメは並んで歩き、先ほどやり取りした木陰に向かっていた。箒を放ったままにしてしまったので、それを回収しようとしているのだ。
「それで、お祭りって何をするの?」
「それは主催の珠ちんに決めてもらわなきゃ」
「なんでわたしが決めるの。もともとお祭りはやってたんでしょ?」
ハシルヒメは何かを思いだすように、目線を上げた。
「やってたけど、わたしが覚えてるのは色んな出店が集まって、ただ人が集まってるだけのお祭りなんだよね。それはそれで楽しかったけど、今から出店集めるのは難しいっしょ」
「ああ、うん。確かに」
「昔はもっと何かやってたと思うんだけど、思いだせないんだよね」
ハシルヒメは首を傾げ、歩きながら考えこむようにした。
「どうにかして思いだしてよ」
そう促しても出てこない物は出てこないようで、ハシルヒメは唸るだけだ。
珠が前を見ると、先ほど箒を放った木陰がすぐ前まできていた。
そこには茶色い髪を後ろでまとめた少女が立っていた。藁のスネ当てをしており、箒を握っている。箒の付喪神のハバキだ。
珠は両手を顔の前で合わせながら駆け寄った。
「ごめんハバキ。投げちゃって」
「大丈夫です。ハバキは丈夫なので」
ハバキは誇らしげに箒を前に突き出した。確かに箒は壊れていなそうだったが、土で汚れている。
珠はそれを受け取った。
「戻ったら洗うね。そうだ。神社でお祭りやろうと思うんだけど、何やるといいと思う?」
「お祭りですか? そうですね……」
ハバキは腕を組んで少し考え込んだが、すぐに顔を上げた。
「ここはハシルヒメさまの神社なので、ハシルヒメさまへの感謝を示すのがいいと思います」
「え? ハシルヒメに感謝してる人なんている?」
「お? ケンカか?」
ハシルヒメがファイティングポーズをとりながら、珠の前へと出てきた。
「ハバキはとても感謝していますよ」
ハバキがハシルヒメの顔を見ながら珠の持つ箒に触れた。
「ハシルヒメさまの御神体である道を皆で掃除しましょう。もちろん使う道具は箒です!」
ハバキは左腕で小さくガッツポーズを取った。
ハシルヒメも構えていた両腕を上げる。
「いいね! 掃除祭りサイコー!」
珠はハシルヒメの両手を掴んで、下ろさせた。
「却下。そんなお祭り誰も来ない。ハバキも、なんでも箒に結び付けないで」
ハシルヒメが口を尖らせた。
「いいじゃん。神さまのためのお祭りなんだから」
「でも誰も来なかったら、結局いつも通り掃除するだけ。お祭りがそれじゃダメでしょ?」
「うーん。確かに。でも誰も来ないとは限らないし……」
ぶつぶつと言っているハシルヒメに、珠は必殺の一言を決めた。
「人が来ないと、お金にならない」
「それはダメだぁ!」
ハバキの案は無事に没になった。
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