第28話 似たもの同士
「お邪魔しまーす」
無遠慮に部屋に入ってきたのは前髪が切りそろえられた和装の少女――ハシルヒメだった。先に部屋に招かれていた珠は、ハシルヒメの後ろにいる翠羽に頭を下げた。
「ありがとう。ごちそうしてもらうのに、ハシルヒメを迎えにまで行ってもらって」
「いいのよ。わたしが呼んだのだから」
翠羽の右手には浅葱色のエコバックが握られていた。
「買い物をしてきたの?」
「ええ。少しだけ買い足してきたの」
靴を脱いでエコバックを持ち上げた翠羽に、珠はそっと近寄り、耳元に口を寄せた。
「ハシルヒメが何か迷惑かけなかった? 余計な物買わせようとしたりとか」
「あら? そんなことないわよ? カートを押してくれたり、お手伝いしてくれてとても助かったわ」
「え? ハシルヒメが?」
思わず目を向けた先で、ハシルヒメがしっかりと珠を見ていた。
「聞こえてるんだけど。わたしをなんだと思ってるのさ」
「いや、普通の女の子だと、思ってるけど……?」
珠は目をそらし、自分の服を見た。服を買ってもらったのがバレないように、緋色の袴姿に戻っている。
「ふーん。まぁいいけど。それにしても、ずいぶんと高いところにあるんだね」
珠たちが招かれたのはターミナル駅近くの、高層マンションの一部屋だった。
エレベーターの上から二番目のボタンを押して辿り着ける部屋だ。エレベーターの外は廊下ではなく、ちょっとした広間のようになっていて、その正面にあるドアを開くとこの場所に出る。
両手を伸ばせるほど広い玄関だ。
「どうぞ。あがって」
翠羽に先導されて廊下を進むと、小さなコンビニくらい広い部屋がある。奥は壁一面がガラス窓になっていた。
「なかなか広い部屋じゃん」
「なかなかどころじゃないでしょ。こんなに大きな窓見たことない」
「そう? 珠が使ってる部屋も壁一面が窓じゃん」
「縁側のこと? あれと一緒にしたら失礼でしょ」
窓の外は日が落ちているのに明るかった。大きな駅の周りだけあって、ひしめくビルの看板が光っており、人や車で賑わっているのだ。
だがここが高い場所だからか、分厚い窓ガラスのおかげかわからないが、雑踏の音が響いてくることはなかった。
窓の近くまで進んだ珠の目線は、ビルの上や非常階段。看板に隠れ気味になっている窓をなぞるように走る。人目に付きづらく、この部屋に射線が通っている場所だ。
別に身の危険を感じているわけではないのだが、視野の広い場所に立つとどうしても目が行ってしまう。
先ほどトイレを借りたときも、はめごろしの窓から非常階段にアクセスできそうだったので、外れたりしないか確認してしまった。
(前の仕事の癖はなくすようにしないと)
窓から目を逸らすと、翠羽が横に立って外を見ていた。
「ここは眺めはいいのだけれど、窓を開けることができないから息苦しく感じることがあるの。縁側にはまた違った良さがあると思うわ」
「その境地に達するのにどれくらいかかるんだろう」
ハシルヒメが珠たちの後ろで、手の平の上に握った手を下ろした。
「なるほど! わたしは気づかぬうちにその境地に達してたということか!」
「どケチが何を言ってるの?」
そんな珠とハシルヒメのやり取りを見て、翠羽は口元を押さえ、楽しそうに笑う。
水が流れる音がして、廊下の途中にあった扉が開いた。そこがトイレなのは、珠は確認済みだ。
姿を現したのは眼帯をした黒い白衣を着た背の高い女性――刺美だった。
「すまない。腹の闇が食事前に暴れそうだったのでな。君がハシルヒメくんか。わたしは、そうだな……」
刺美は翠羽にちらりと目を向けてから、ハシルヒメに視線を戻した。
「あまり詳しい話をすると怒られるからな。名と職業だけ名乗っておこう。わたしは刺美。表向きは医者をしている」
刺美が手を出したので、ハシルヒメは勢いよくそれを握った。
「わたしはハシルヒメ。神さまをやってるよ」
(あ、神さまってこと隠さないんだ……)
珠が驚いているのとは裏腹に、翠羽はにこやかに笑っており、刺美は不敵な笑みを浮かべ呟いた。
「もしや、仲間……?」
「うん? 人間と仲良くしてるけど、仲間とは違うかな」
ハシルヒメは刺美に合わせたのか、不敵な笑みを返す。刺美は大きく口を開き、声を出して笑った。
「ははっ。これは本物だ。仲良くできそうじゃないか」
刺美はハシルヒメの手を持ち上げ、両手で握り直す。
ハシルヒメはそれを受け、首をかしげながらも満面の笑みを浮かべた。
「ああ、うん? 仲良くしよう。仲良く。今度神社にきてお賽銭投げてね」
珠がその様子をみて唖然としていると、翠羽が弾んだ声で「二人なら仲良くなれると思ってたのよね」と耳打ちしてきた。珠だけが置いてけぼりを食らっている。
(わたしも前に掃除屋をやってたのを話したら、刺美さんの感性にささったりしたのかな? いや、リスクとリターンが見合わなすぎるけど)
珠の前の仕事にいい印象を持つ人などいないし、生前の珠を知る人に繋がってしまう可能性もゼロではない。どう考えても隠し通す方が安全だ。
そんなことを考えていると、翠羽が覗き込むようにして、珠の視界へと入ってきた。
「それじゃあご飯の準備しちゃうわね。珠さんはゆっくりしてて」
「あ、手伝うよ」
窓の反対側にあるキッチンに向かう翠羽の背を珠は追った。そして広すぎるくらいのアイランドキッチンに立ち、思いだした。
(そういえば、料理しようとしてハシルヒメに台所を追い出されたことあったっけ。もしかして、素人のわたしじゃ邪魔なんじゃ……?)
不安になりハシルヒメに目を向けたが、部屋の中央あたりで、ミニテーブルを挟んで置かれたソファーに座って刺美と話しており、こちらに気づく様子はない。
(気づいたとしても助けてくれるとは限らないし、どうにかして自分で乗り切らないと)
珠は綺麗に磨かれたシンクをじっと見つめ、深呼吸して覚悟を決めた。
やるしかないと。
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