第20話 コンシェルジュのいる買い物
ショッピングモールは通路を歩いて、店を回る場所だと思っていた。だが珠は今、黒革のソファーに座っている。
目の前にはコーヒーが出され、芳ばしい香りで部屋を満たしている。珠はコーヒーの味は苦手だったが、その香りは好きだった。
「コンシェルジュの
パンツスーツ姿の女――水門が足をそろえて頭を下げた。さっぱりとした美人の水門は翠羽の使用人などではなく、このショッピングモールのコンシェルジュらしい。
珠の体調が悪いという誤解は解けたのだが、珠がソファーに座らされ、もてなされている間に、なぜか水門が店を回って服を集めて来た。
服はしっかりマネキンに着させられており、店員らしき人がついている。マネキンは五つあるが、それぞれに雰囲気の違う人がついているので、全て別の店の服なのだろう。
「えっと……これは?」
すぐ隣で同じようにもてなされている翠羽に聞くと、頭をかしげて返してきた。
「お買い物はこうやってするものでしょう?」
「え? いや、自分で探して選ぶものかと……」
「探すのは専門知識のある人にやってもらった方がいいでしょう? お掃除と一緒よ」
あたかも当然のように翠羽がいうので、珠は思わず「なるほど」と答えてしまった。
翠羽が立ち上がってマネキンの近くへと寄る。
「これなんかいいんじゃない?」
翠羽が選んだマネキンは、半そでの白いシャツにひざ丈のネイビーのスカートをはいている。白いワンピースを着ている翠羽の横に並ぶとバランスがよさそうな落ち着いた服だ。
「さすが翠羽さまです。制服のような清潔感のあるこの服と、珠さまの三つ編みとのバランスは抜群でございます。わたくしとしましては、こちらなどをつけていただくとより雰囲気が増してよいかと」
水門が早口でしゃべりながら金属フレームの丸縁メガネをそっと差し出した。翠羽はそれを受け取り、マネキンの顔部分に持ち上げて見直した。
「なるほど。確かによさそうね。珠さん、試着してみる?」
「あ、うん。じゃあ……」
珠が立ち上がると、水門がそっとそばに立った。
「試着室はこちらになります」
部屋の端を示した水門は、走った後のように息が乱れていた。
「大丈夫? 疲れてるみたいだけど」
「失礼しました」
水門は大きく息を吸い、深く吐いた。
「落ち着きました。ご心配は無用です。さぁ、こちらへどうぞ」
そう言うものの、案内する水門の息は荒いままだ。
(具合が悪いのかもしれないし、早く終わらせた方がよさそう)
珠が部屋の隅にある試着室に入ると、店員によってマネキンから手際よく脱がせた白シャツとネイビーのスカートが、ハンガーにかけられた状態で渡された。
「着替え終わりましたら、声をおかけください」
カーテンが閉じられた試着室は、普通の店にあるものより広い。両手を伸ばしても壁に触れないくらいの広さはある。
外からは「こちらのお洋服は……」と店員と話す翠羽の声が聞こえる。そしてそれをさえぎるように「三つ編みとボーイッシュの相性は抜群で――」と早口で語る水門の声が聞こえて来た。
(意外と元気そう? 仕事中だから無理してるのかも)
珠は急いで着替えた。
~~~~~~~~~~~~~~~
試着室のカーテンを開けた珠は、左腕で自分の身を抱くようにして白いシャツの胸元を押さえ、右手でひざ下まであるスカートを押さえていた。
ボタンが壊れていたり、ウエストが緩かったわけではない。むしろ怖いくらいサイズはぴったりだった。
「その恥じらい! いいですね!」
水門が大きなレンズのついたカメラを構えて、シャッター音を鳴らした。
「え? な、なんで写真を?」
珠はカーテンの束の裏に動いて身を隠した。その間もシャッター音を鳴り続ける。
完全に隠れて顔だけを覗かせたとき、やっと水門はカメラを下ろした。
「最終的に商品を決定する際に、写真があると見比べられて便利なので撮らせていただきました。安心してください。その後は個人の利用の範囲外には出しません」
「個人の利用?」
珠が初対面の猫のような目を水門に向けると、翠羽が隠れる珠を覗き込むように近寄ってきた。
「そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫よ。似合っているわ。水門は女の子の服を選ぶことが多いから、写真を見て勉強しているらしいの」
「ええ、その通りです。決して趣味などではございません! それではポーズを変えてもう一枚お願いします!」
珠は水門の目から鬼気迫るものを感じた。ほんのり背筋が冷える。
「いや、もうこれでいいんで、写真は撮らなくても大丈夫」
反射的に断ったが、翠羽はもう次の服を店員に用意させていた。
「あら、せっかく用意してもらったのだから、着るだけ着てみたら? まだ時間はあるから、急がなくても大丈夫よ?」
「いや、うん。まぁ……」
珠は『これでいい』ではなく『これがいい』といえばよかったと後悔した。
「えっと、じゃあその前に、一つワガママ言ってもいい?」
「ええ、もちろんいいわよ」
翠羽が目配せすると、水門はカメラを背中側に回して珠へ頭を下げた。
「ご要望には全力でお答えします」
「巫女服だったから下着をつけてきてなくて。だから下着を用意して欲しい」
ハシルヒメは巫女服を用意してくれたものの、下着などは用意してくれなかった。最初に肌を隠すために巫女服を身に着けて、そのまま一晩過ごしたせいで、その後も巫女服で過ごす分には気にならなくなっていたのだ。忘れていてそのまま出かけてしまったが、外を出歩くとなるとそうもいかない。
試着したのが白シャツだったのもよくなかった。生地はしっかりしているものの、透けて体が見えてしまうのではないかという不安を珠は感じていた。
真面目な顔で珠を見つめる水門の鼻から、
赤い物が滲み出てくる。
「写真を撮ってからでもよろしいですか?」
「よろしいわけあるか!」
珠はカーテンを閉め、下着が用意されるまで開けないと心に誓った。
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