第19話 軽トラックに乗って少し寄り道
翠羽は運転するときもサングラスをかけたままだった。
「ごめんなさいね。運転中はサングラスが手放せなくて」
「いや、それはいいんだけど」
ほとんど説明を受けることなく車に乗せられた珠は、巫女服のままだった。着替える時間がなかったのもあるが、他に服を持っていない。
「無料にしてもらったのは感謝しなきゃいけないのはわかってるんだけど、どうも納得いかなくて」
「まさか伝わっていないとは思わなかったの。車に乗せてから聞くのもなんだけれど、大丈夫だったかしら?」
「いや、まぁ、そこは盃が溢れると信じて働く」
「盃?」
翠羽が運転中でこちらを見ていないのはわかっていたが、珠は首を横に振った。
「こっちの話。でもわたしみたいな素人を借りたいだなんて、そんなに人出が足りてないの?」
「そうではないのだけれど、てる子が言っていたでしょう? わたしが珠さんを気に入っているって」
「汚れるのもいとわないし、力持ちってやつ?」
「そう。それね。それにテーブルを磨いてもらったときも、裏面も見逃さずに磨いていたじゃない? 細かいところまで目が届くから、掃除に向いていると思ったの」
「ああ、なるほど」
机の裏は盗聴器や監視カメラがないかチェックする癖があったので、拭いている最中に覗いて、汚れているのに気付いただけだ。拭き掃除も血をぬぐったり指紋を消したりというのをよくしていたので、慣れていた。
だがそれを伝えるわけにはいかない。
「そういえば、今はどこに向かっているの?」
珠は話題を変えた。
車は片道二車線の道を走っており、道の両側には電気屋やホームセンターなどの店がちらほら見える。
「現場に向かう前に、ちょっと寄り道をしようと思ってるの。いいかしら?」
「寄り道? 別に構わないけど」
「助かるわ」
翠羽の運転する車は一本だけ道を逸れると、サッカーグラウンド並みに広い駐車場に入った。壁のように横に広い建物が奥に見える。三階建てだろうか。その壁には色々な店舗のロゴが、あちこちに張り付けられていた。
「ここは……ショッピングモール?」
駐車場に止まっているのは乗用車ばかりで、珠たちが乗っている軽トラックは明らかに浮いている。翠羽は空いている場所があってもそこに車を止めようとはせず、建物の近くへと車を走らせた。
建物に近づくと空いている駐車スペースはなくなっていった。正面側に人の流れが見えたので、その近くにモールの出入り口があるのだろう。その流れから少し外れたところにある、二つの影が珠は気になった。
珠の悪い癖だ。人の多いところでは特に、ちょっとした違和感が気になってしまう。そうしなければ命を奪われかねない仕事をしてきたからだ。
家族連れが多いなか、その二人はスーツを着込んでいた。一人が男で、もう一人は髪をお団子にまとめた女だ。それだけなら昼休憩に来たサラリーマンだろうと思えたのだが、その二人は手に飲み物などは持っておらず、一服している様子はない。落ち着いた様子ではあるものの、絶えず周囲に目を向けている。
(近づかない方が無難かな)
そう思うと同時に、女の方がこちらを見た。珠は目を向けないようにしながら観察していたので、目が合うことはない。
女は一緒にいた男に声をかけ、こちらに向かって歩いてきた。
「ねぇ翠羽さん」
思わず珠は翠羽に声をかけた。
「なにかしら?」
優しい声色はどこか上機嫌だった。怪しい二人が近寄ってきているのに、気づいていないのだろう。
「この辺りは空いてないから、もう少し離れたところに停めない?」
そう言って車の進行方向を変えようと試みたが、翠羽はハンドルを切らなかった。
「あら、そんなことを気にしていたのね。大丈夫よ」
翠羽は朗らかに笑った。
「そうじゃなくて!」
珠は大きな声を上げたときには遅かった。スーツ姿の女が翠羽越しに、窓の外に見える。
(運転席側から攻めるのは常套手段!)
珠は急いでシートベルトを外した。上着でもあれば窓に向かって投げて、翠羽を隠して移動させる。だが今は巫女服一枚だ。そんなことはできない。
珠は窓の外から目を離さず、翠羽の肩をつかんだ。
翠羽が運転席のPのボタンを押した。ドアのロックが外れる。
「どうしたの? 酔ってしまった?」
翠羽が珠の頭を撫でながら窓を開ける。その先でスーツ姿の女が頭を下げた。
「翠羽様。いかがなさいましたか?」
「この子の服を買いに来たのだけれど、酔ってしまったみたいだから少し休ませて頂戴」
「かしこまりました」
翠羽が指示を出すとスーツの女は助手席側に回ってドアを開いた。
「歩けますか?」
「あ、うん。大丈夫。え? わたしの服?」
「その格好で現場に行ったら御祓いに行くみたいでしょう? 今日手伝ってくれるお礼もかねて洋服を買ってあげる」
「はぁ……」
元気なのにも関わらず、珠はスーツの女に支えられて車の外に出た。
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