第17話 珠の挑戦

 珠は干した布団を片付けながら考えていた。


(うーん。なかなか溢れない)


 本殿の大掃除が終わって三日が経ったが、願いの盃から水が溢れることはなかった。表面張力が全力で働いていて、コインを一枚でも入れれば溢れそうなのがとてももどかしい。


(あとひと押しのはず。掃除以外にもなにかしたほうがいいのかな?)


 部屋を掃いたりなどの日常的な掃除は毎日行ったが、ハシルヒメの願いを叶えているというよりは、ハバキを満足させるために掃除しているという感じだった。


(でも何をやろう。いつもハシルヒメが料理をしてるけど、たまにはわたしがやってみる?)


 善は急げと台所へと向かった。まだ昼まで二時間ほどある。慣れない珠でも、昼食を用意することくらいできるだろう。


(まずは食材のチェックから)


 珠は冷蔵庫を開けた。扉が一つしかついていない、小さめの冷蔵庫だ。中はそれほど詰まっていなかった。


 珠が驚いたのは、野菜がそのままの形で入っていたことだ。パックにされている物は生の肉や魚で、加工食品はほとんど見当たらない。


(チャーハンの素みたいなものはないの? あれって冷凍食品なんだっけ?)


 今覗いている冷蔵庫に冷凍庫は見当たらない。


(とりあえず、見える食材で作れるものを考えよう)


 とりあえずぱっと見でわかるのは卵ときゅうりとトマトとシソとモロヘイヤと豆腐だ。肉は豚バラと鶏もも肉だと珠は推測した。魚はおそらくアジだ。調味料も一通りはそろっている。


 珠はそれを見て首を傾げた。それらの食材を見ても作れる料理が頭に浮かばなかったのだ。


(いや、まぁ普段料理しないからすぐに思いつかないのは仕方ない。時間をかければきっと……)


 珠はじっと冷蔵庫の中を眺めた。


「ちょっ! ちょ! 何やってんの! 閉めて閉めて!」


 ものすごい勢いで冷蔵庫の扉が閉まり、風圧で珠のおさげが揺れた。扉はハシルヒメの小さな両手で押さえられている。


「冷蔵庫開けっ放しにしちゃダメじゃん! 電気代かかるんだよ!」


「え? あ、ごめん」


 珠は思わず冷蔵庫から三歩離れた。冷蔵庫の前にハシルヒメが立ちふさがる。


「そもそも珠ちんは冷蔵庫にあんま用はないでしょ。何をそんなにじっと見つめてたの」


「いや、いつもハシルヒメに料理作ってもらってるから、たまにはわたしが作ろうかと思って」


「珠ちんが? 料理が得意……ってわけじゃなさそうだよね。冷蔵庫の前で固まってる姿の情けなさは尋常じゃなかったし」


「ま、まぁ……得意、ではない」


 珍しくハシルヒメに怒られ、珠は盃の水が減ったのではないかと不安になった。


 ハシルヒメはため息をつく。


「料理はわたしが得意だから、無理してやらなくていいよ。気持ちは嬉しいけど」


「ああ、うん。わかった。ハシルヒメの料理は美味しいしね。ハシルヒメは料理が好きなの?」


「好き……といえば好きかな」


 ハシルヒメは考え込むような仕草をしたあと、目を輝かせた。


「自炊は最強の節約だからね!」


「ああ、そう……いつも通りのハシルヒメでなんか安心した」


 何もしていないのに、なぜかとても疲れた珠だった。

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