第13話 ハバキ VS ダスタークロス
「ふふふ。思ったより状態のいい物が多いね。野ざらしにせずに、すぐに屋内に入れてくれたのがよかったみたいだね」
てる子がブルーシートに並べられた机や椅子を一つ一つ確認していく。その横でハシルヒメがピョンピョンと跳ねている。
「おお! これは期待できそう!」
「ふふふ。ぬか喜びをさせると申し訳ないから言っておくけど、ブランドのはっきりしている物は少ないから、明確に高い物は少ないかもしれないね」
「ちょっといいかしら?」
翠羽がバケツを持って、てる子の近くへと寄った。
「値段の付きそうな物だけ掃除してしまおうと思うのだけれど、手をつけてよさそうな物があったら教えてもらえる?」
「それなら……これだね」
てる子はブルーシートの上で最も大きなテーブルに手を置いた。太めの四つの足のついた分厚いテーブルで、四人が椅子に座って食事をするのにちょうどいいテーブルだ。
「古いものだけど、そのぶん素材がいいね。国産の樫が使われていると思う」
「それじゃあ、これだけ先に掃除してしまうわね」
翠羽がバケツをテーブルの近くに置く。珠はそこにそっと近づいた。
「わたしに手伝えることある?」
「そうね。それじゃあ一緒にやってみましょうか」
翠羽は足元のバケツに目を向けた。そのバケツは中が三つの部屋に分かれていて、棒が入っているところとスプレーボトルを入れる場所、箱物の消耗品を入れる場所と使い分けられている。
翠羽はそこから箱と棒を引き抜いた。棒は珠の腕より少し短いくらいで、その先にはティッシュ箱の広い面と同じくらいの大きさの薄い板がついている。
「雑巾で拭くわけじゃないの?」
「表面に埃が残っていると、拭いたときに傷がつく原因になるし、洗剤の効きも悪くなるから最初に埃を取り除くの。それを除塵作業というのだけれど、清掃では基本的に最初に行うわ」
「なるほど。床の掃除も掃いてから雑巾がけをするものね」
「そうね。一般の家庭では掃除機を使うことが多いと思うわ。箒も悪くないのだけれど――」
「出番ですね!」
いつの間にか藁のスネ当てをつけた少女――付喪神のハバキが珠のすぐ横に立っていた。右手には大ぶりな箒、左手には小ぶりな箒が握られている。
「さぁ! 翠羽さまによって整えられてパワーアップしたハバキの力を存分に実感してください!」
ハバキの差し出した箒の先端は綺麗に切りそろえられている。珠が体を流している間に翠羽に切りそろえてもらったらしい。
翠羽は珠とハバキの間に腕を差し入れて、そっと箒を下げさせた。
「ごめんなさいね。今回は細かい埃も取りたいから、別の道具を使うわ」
翠羽は箱から一枚の白いシートを取り出した。棒の先についた板より一回り大きいように見える。
「これはダスタークロスといって、埃を取り除くための不織布よ。どうぞ」
翠羽はダスタークロスを珠へと手渡した。それは綿を圧縮したようなシートで、とても軽かったが、軽く引っ張ったくらいでは破れたりしないくらいには丈夫だ。
「雑巾みたいに使えばいいの?」
「そうね。ゴシゴシこするのではなく、一方向に真っすぐ拭き取るの。よくドラマとかで、姑が手すりをなぞって指に埃をためるでしょう? イメージとしてはあの感じね」
「嫌なイメージ。わかりやすくていいけど」
珠はダスタークロスを半分に折ってテーブルに置き、手の平を載せて左にスッと動かした。
「こんな感じ?」
「そうね。そしたら裏返して表面を見てみて頂戴」
言われるがままに裏返すと、動かした方向と同じ左側に、太いマジックで線を引いたように黒い埃がついていた。
「おお、結構取れてる」
「逆方向に動かすとその埃が落ちて逆に汚してしまうから気を付けてね。同じところに埃を貯めて、その線を太くしていくイメージで除塵するの」
ハバキがそのダスタークロスを覗き込んだ。
「た、たしかによく取れてますけど、広い机をそれでやるのは大変です。その点、箒ならこれくらいの広さ、サッサと掃いてあっという間ですよ」
「そうね。確かに手で広い範囲を手でやるのは大変だから、これを使いましょう」
翠羽はもう一枚ダスタークロスを取り出し、棒についた板に張り付けた。その板はダスタークロスの端を挟んで固定できるようになっているようだ。
珠はテレビCMでよく見る床拭きシートを思いだした。
「本当は床を掃除するときに使うのだけれど」
翠羽はそう言いながらダスタークロスのついた板をテーブルへと載せた。そして棒を握って板を左へと動かした。板の左側に線状の黒い埃が溜まっていく。
「これを使うと広い範囲が除塵できるわ。箒と違って細かい埃も取れるし、埃も舞いづらいから、除塵にはダスタークロスを使うことが多いの」
「そ、そんな……」
ハバキが崩れ落ちた。
「つまり……箒は役立たずなんですね……」
「そんなことないわ」
翠羽が屈んで目線を合わせた。
「ダスタークロスは滑らかな面の除塵は得意だけれど、土の上では使えないし、畳とかの除塵は箒の方が得意なのよ。箒が好きなのはよくわかるけれど、苦手な状況で引っ張り出してしまうのは可哀そうよ」
「翠羽さま……」
ハバキの目には涙が溜まっていたが、表情は柔らくなった。翠羽は優しく微笑みながら、ダスタークロスをハバキの手に置く。
「もし手伝ってくれるのなら、これを使ってみて頂戴」
「あ、ハバキは掃除しないので」
ハバキはダスタークロスを投げ捨てた。
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