第12話 買い取り業者てる子

 珠は風呂場で体を流していた。


 なぜかというと、本殿内の物を運び終えたところで翠羽に「汚れるのを気にせず働けるのはいいことだけれど、汚れた格好で掃除をすると掃除場所を逆に汚してしまうわ。もう十分手伝ってもらったから、お風呂に入ってゆっくり休んでいて」と言われたからだ。


 そう言った張本人である翠羽は、珠と同じ作業をしていたのにも関わらず、肘より先が汚れているだけで、着ている巫女衣装などはほとんど汚れていなかった。


(全然気づかなかったけど、翠羽さんは汚さないように気を付けて作業してたんだ)


 珠は掃除の技術を欲しいなどと思ったことはないのだが、なぜだか少しだけ悔しく思えた。


 ハシルヒメに用意してもらった新しい巫女装束を着て、紐で両袖を固定する。そして家具を出した本殿横の広場に向かった。


 そこには人影が三つあった。一つはハシルヒメだ。まだゴミの分別が終わったわけではないはずだが、集まって何か話している。


 もう一人は翠羽だ。二人の間に入るように立って話している。


 そして最後の一人は見たことのない、ツナギ姿のお姉さんだった。翠羽より少しだけ背が低く、長いくせ毛を後ろでまとめている。長めの前髪が目のあたりまでかかっているけれど、大きな目が印象的なおかげか暗い雰囲気はなかった。


 そのお姉さんと目が合った。


「あ、どうも」


 珠が軽く頭を下げると、お姉さんは小さく手を振った。するとハシルヒメと翠羽の目がこちらに向く。


 ハシルヒメが大きく手を振った。


「おお、珠ちん。こっちこっち」


 呼ばれるがままに近寄ると、翠羽がお姉さんを手で示した。


「こちら光石たから てる子よ。わたしの友人で『人生を買える店』というリサイクルショップ」を経営しているの」


「ふふふ。てる子だよ。よろしくね」


 てる子は笑顔を作ったが、目は大きく見開かれているだけだった。


(この笑い方……あまり好きじゃない。同業者を思いだす)


 珠は少しためらったが、手を前に出した。


「わたしは鮎返あゆかえり 珠。よろしく」


「ふふふ。珠さんだね。話は聞いてるよ」


 てる子は差し出された珠の手を握った。てる子の冷たい手はわずかに震えている。


「話を? ハシルヒメが何か言ったの?」


 珠が睨みつけると、ハシルヒメはちぎれそうな勢いで首を横に振った。


「ふふふ。話をしたのは翠羽だよ。力持ちで汚れるのもいとわず作業できる子だってね。とても嬉しそうに話していたよ」


 翠羽がてる子の肩に触れた。


「ちょ、ちょっと。やめてよ。恥ずかしいわ」


「ふふふ。いいじゃないか。せっかく褒めているのに、本人に言わないのはもったいないと思わないかい?」


「褒める? 翠羽さんがわたしを?」


 珠が視線を移すと翠羽は頬に手を当て、目線を逸らした。


「ごめんなさいね。あなたはお客さんだからこんなこと思ってはいけないのだけれど、一緒に作業していると、どうしてもスタッフとして評価してしまって」


「いえ、その、わたしとしてはうまくやれなくて少し凹んでいたから……まぁ、嬉しいかも」


 大したことは言っていないのに、なんだか少しこそばゆかった。


「ふふふ。照れてるのかわいいね。ねぇ、翠羽。あ、翠羽も照れてるのか」


 てる子が口元だけで笑うと、翠羽はてる子のこめかみを両手の指先で挟むようにした。


「あなたもとても緊張しているじゃない。目に力が入りすぎてうまく笑えてないわよ」


 翠羽はマッサージをするように、こめかみに当てた手をぐりぐりと回した。


「あああ、だって仕方ないじゃないか。知らない人が二人もいるんだよ? 緊張しない方がおかしいじゃないか」


 てる子はされるがままにマッサージをされている。握ったままになっているてる子の手から震えが取れていき、温かくなっていくのを珠は感じた。

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