第11話 汚れた掃除屋さん

 査定をする業者が来るまで、本殿の外に家具類を出すことになった。


「お客さんなのに、手伝ってもらってごめんなさいね」


「いえいえ。わたしもここの掃除しなきゃいけないみたいなんで」


 翠羽と珠の二人で協力して、明るいところに運び出していく。今は一人で運べそうな家具をそれぞれ運んでいる。


 積み上げられた家具の近くで、ハシルヒメは磁石を片手に、もくもくとゴミ袋と向き合っていた。


「くぅ……磁石につくのがアルミ缶だったら探しやすいのに……」


 そんなことをぶつぶつと呟いていたのが、椅子を運び出した珠に聞こえた。


「分別してるのに、アルミ缶探そうとしてるからでしょ」


 珠が呟くと、ハシルヒメが立ち上がって缶と磁石を持ったまま珠へと詰め寄った。


「分別してるよ! でもモチベーションが必要なの!」


「モチベーション?」


「そう! お金を探してると思えば、神さまだってゴミ袋をあさり続けることもできるんだよ!」


 ハシルヒメの力強い声に、珠は冷ややかな視線を返した。


「神さまってそんな俗物的な理由がないと動かないの?」


「ヤダなぁそんな。まるでわたしが変みたいな言い方しないでよ。神さまを働かせるのにお賽銭が必要なのは、別に変なことじゃないじゃん」


「そういわれればそうなのかもしれないけど、そんなこと言う神さまにお賽銭しないでしょ」


「そいつはどうかな? 人はピンチになると藁にもすがるからね」


「あんた藁でいいの?」


 ハシルヒメがまるで時間が止まったかのように固まった。手から磁石と缶が落ちる。跳ねた磁石が缶にくっついたので、それはスチール缶のようだ。


 缶が落ちた音を合図にハシルヒメは動き出した。親指と人差し指で作ったVの字を作ってあごに当て、わかりやすく格好をつける。


「お金貰えるなら藁にでもなる。神さまの鏡だね」


「『お金貰えるなら』のところを『人助けのため』にしときなさい」


 「嘘はつけないのだよ」とカッコつけ続けているハシルヒメを置いて、珠は本殿に戻った。一人で持ち出せる椅子や小さな机などはあらかた外に出し終わっている。残っているのはテーブルなどの大き目の家具だけだ。


(これをここに運び込んだときにはハシルヒメは一人じゃなかったのかな?)


 体力に自信がある珠でも、一人で運ぶのは難しそうなものばかりだ。


 その中に珠より少しだけ背の高いタンスがあった。珠が両手を広げると抱えられる幅だ。


(中身入ってないだろうし、これなら一人で運べるかな)


 正面から抱えて持ち上げようとすると、傾いたタンスから引き出しが滑って出てきた。その一番上が珠の頭を直撃する。


「いたた……逆から持った方がいいかも」


 壁にぴったりつけられているわけではなかったので、後ろに回り込んでタンスを持ち上げた。体に寄りかかるようにタンスが傾くが、先ほどとは反対側なので引き出しが出てきてしまうことはない。


 軽くはなかったが、つま先を下に入れて浮かせてしまえば十分運べる重さだった。


「あら。たくましいのね」


 完全に視界を覆ったタンスの向こうから大人びた声が聞こえた。


「翠羽さん? ごめんなさい。前が見えなくて」


「そのまま運ぶのは危ないわね。わたしも手伝うから一緒に運びましょうか。一回置いて頂戴」


「わかった。よっと……」


 タンスを下ろすと、その反動で引き出しが動いたのが手の感覚でわかった。タンスの横から顔をのぞかせて見えた翠羽の手には、ブルーシートが握られている。


「そのブルーシートは?」


「タンスに巻こうかと思って持ってきたの」


「なるほど。それで巻けば引き出しを固定できると」


「そういう方法もあるけれど、引き出しは抜いて別で運んだ方が、軽くなるし事故も起きづらくなるわ」


 翠羽はタンスの引き出しを一つ引き抜いて見せた。それ一つなら片手で持てる重さだ。


「なるほど。なんで思いつかなかったんだろう。でもそしたら、そのシートは必要なさそう」


「それはね。もう気にしていないのかもしれないけれど」


 翠羽が自分の頬を指さした。


「顔まで真っ黒よ」


「え?」


 珠が自分の体を見ると、タンスに触れていた正面部分と腕が真っ黒に汚れていた。

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