第14話 ハシルヒメの交渉

「ぐぬぬ……」


 唸りながらハシルヒメが睨みつけていたのは、てる子が出した買い取りの見積書だった。社務所で机を挟んで、正面にてる子が座っている。


「ふふふ。けっこういい値段だろ? 数が多かったから、普段なら値段のつかない雑品にも値段をつけたし、直せそうな傷とかは引かないようにしたんだ」


「うーん。確かにまぁまぁの金額になってるけど、やっぱ他のゴミの処分にかかる費用と比べると、どうしても見劣りするなぁ」


 多めにつけたとは言っていたが、値段のつかなかった物の方がはるかに多い。そのほとんどが粗大ごみなので、処分するのに一つにつき1000円かかるのだ。


 値段のついた物もほとんどが100円程度で、1000円を超えるものはそう多くはない。大きなテーブルに五桁の値がついたからトントンになっているが、それが無かったと思うとゾッとする。


 てる子は口元だけの笑みでハシルヒメの顔を覗き込んだ。


「ふふふ。気持ちはわかるけどね。翠羽の紹介だから出張費は取らないし、リサイクル法に引っかからない家電類は、値段のつかないやつもジャンクとして無料で引き取るよ。これで少しは処分にかかる費用は抑えられるはずさ」


「おお! それは助かる。あとこれって他の業者に見積を出してもらったら上がる可能性あったりするかな?」


「それをウチに直接聞くなんて、なかなか肝が据わってるね」


 てる子は口を丸く開いて驚いたような表情を見せたが、すぐに口元だけで笑った。


「ふふふ。複数の会社に見積を出してもらうのを相見積もりっていうんだけど、それはやったほうがいいとされているね。ウチより高い見積はでないと思うけど、ウチが良心的である証明になるからやってもらう分には問題ないよ。ただ現品を見ないで出された見積には注意した方がいい。後からケチをつけて値段を下げられたりすることもあるからね」


「なるほどね……」


 ハシルヒメは腕を組んで考え込んだ。相見積もりの話を出して焦らせて、買取価格におまけしてもらうのがハシルヒメの狙いだった。だがてる子は焦っている様子はない。


(そうだ……)


 閃いたハシルヒメは「少し待ってて」と言い残して社務所を離れた。



~~~~~~~~~~~~~~~



「もっと高い見積もり出してくれる所、見つけたよ!」


 社務所に戻ってきたハシルヒメは明らかにテンションが違った。だがてる子の口元だけの笑みと、見開かれた目は変わらない。


 ハシルヒメの後ろから現れたのは中学生くらいの少女だった。新緑のような色の長い髪が、体の向こうに見えるくらい広がっている。


 着ている服こそ和装ではなく、学校指定のような緑一色のジャージだったが、その少女はカワタノイナリヒメだ。


 てる子は初めて会うのでそれが誰なのかはわからなかったが、こう思った。


(放課後の中学生かな? 少なくとも古物商ではないように見えるけど)


 怪しく思っても、てる子は笑顔を保ち続けた。目に力が入るのを感じて瞬きしてみたが、見開いてしまっているのは変わらない。


「ふふふ。どうも。光石たから てる子だよ。よろしくね」


 てる子は手を差し出して握手を求めたが、カワタはそれを握らなかった。怒っているようにも見える毅然とした表情で、てる子を見ている。


「あんたが悪徳業者かんね?」


 独特な訛りだったが、てる子は何を言われたのかはっきりとわかった。


「ふふふ。それはノーと応えさせてもらうよ」


 てる子が視線を動かすと、ハシルヒメは目をそらした。そしてチラチラとカワタに目線を送る。


 カワタはそれを見て頷いた。


「わんしはもっと高く買うんね」


「ふふふ。なるほど。そしたら見積を見せてもらってもいいかな」


「えんと……わんしは今来たばかりなんね。まだ紙にはなっとらんの。そういうあんたの見積はみせられるん?」


「ふふふ。もちろんだよ。もうハシルヒメさんには渡してあるしね」


 てる子は机から見積書を取り、カワタへと手渡した。カワタはそれをじっと見つめる。


「ふむふむ。なるほどなんね……ん? 一番下のが金額なんね?」


「ふふふ。合計の金額だよ。表の中はその内訳さ」


 カワタは見積書とてる子の顔の間で、視線を何度も往復させた。


「あ、あのゴミの山に十万も出すん? 悪徳どころか、慈善活動なんよ」


 カワタがハシルヒメを見ると、ハシルヒメが飛びつくように肩を組んできた。


「待って! よく見て! 十万に届いてないじゃん!」


「十万は大げさかもしれんけど、そんな変わらん金額が書いてあるん。ハシルヒメ、わんしを騙したん?」


「ち、ちが……! わたしは本当に適正な買取価格なのか試そうと思っただけで……」


「わんしは不当にガラクタを買い取る悪徳業者を懲らしめたいと言われたから協力したんよ」


 カワタはハシルヒメの手を肩から外し、てる子に向かって頭を下げた。


「ごめんなんね。ハシルヒメはこっちで懲らしめておくん」


「ふふふ。あまり気にしてないから、大丈夫だよ」


 てる子はなるべく優しい表情を作ろうとしたが、いつもの口元だけで笑う表情にしかならなかった。カワタは先ほどまで、てる子に向けていた毅然とした表情をハシルヒメに向ける。


「そういうわけにはいかないん。少し待ってて欲しいん」


 カワタは事務所から出ていった。少し経つと開けっ放しのドアから「あれ? 来てたんだ?」と話す声が聞こえてくる。その話し声はだんだんと近づいてきて「何やってんのあいつ」という声とともに珠が入ってきた。


「ハシルヒメが失礼を働いたとか。すぐ土下座させるから待ってて」


 珠はこぶしを握って指を鳴らした。それを見てハシルヒメは震える。


 てる子は首を横に振った。


「ふふふ。いいよいいよ。気にしてないし、むしろ少し楽しめたから」


「いいえ。まだハシルヒメとは一日の付き合いだけど、甘やかすとよくないっていうのはよくわかったんで」


 珠がハシルヒメの背中に手を置いた。


「筋肉は痛みによく反応するって知ってた? 痛みの与え方を調整すれば、無理やり取らせたい格好にすることができるの。まぁ、強い痛みじゃないとダメなんだけど」


 ハシルヒメは歯が鳴るほど震えながら、首を横に振った。


「どど、土下座くらい自分でっ……ギャー!」


 断末魔を上げながら土下座する神さまを、てる子は拝むことになった。

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