4-11

 翌日の日曜日。僕たちは午後から、はりまや橋で待ち合わせた。


 運良く、この日は快晴。頭上には青空が広がっている。それでも、僕たちの表情はどこか暗い。


 これは二度目のデートになるのだろうか。それと同時に最後のデートになるのかもしれない。そう思うと、せっかく好きな人と二人きりなのに僕も弓削さんも楽しい気分ではいられなくなる。


 行き先は太平洋に面した桂浜。とでんだとそこまでは行かないから、バスで行くことになる。到着までの三十分、僕たちは互いに目を合わせることもせず無言で座っていた。


 目的地の桂浜に着くと、二人揃って海岸まで足を運ぶ。


「私、この景色が好きなんだぁ」


 横に並んだ弓削さんが、ポツリとつぶやく。


 水平線を境にして広がるスカイブルーの空。それと同じ色を映した太平洋の大海原。


 この空の色を僕の瞳にも移せたら、どれだけ良いことか。そうすれば、もう二度と弓削さんを不安な気持ちにさせやしないのに。


「……『ブルー・スカイ・アンド・オーシャン』やね」


 弓削さんが目の前の景色を、ブリスチのアルバムの名前で例える。どうして弓削さんが最初にそのアルバムを買ったのか、やっと理由が分かった。それは、弓削さんが好きな桂浜の絶景を思わせる美しい青空と海がジャケットに印刷されていたからなんだ。


「僕も好きなアルバムだ」


 弓削さんに気を遣って合わせているわけじゃない。僕も、この桂浜から見る景色が好きだ。どこまでも広がる青一色の風景をいつも見ていたいからだ。


「……嬉しいなぁ。今枝くんも同じものを好きでいてくれて」


 好きな人と好きなものを共有できる喜び。僕も今、それを噛みしめている。そんな喜びを知れただけでも幸せだと。


 いや、それでもまだ足りない。


「僕は……やっぱり終わりには出来ない」


 視線を水平線から外し、体ごと弓削さんの方に向ける。つられて弓削さんも僕の方を向く。


 僕を見つめる弓削さんの表情は曇ったままだ。僕の目は、まだピンク色なんだ。


 そんな目で弓削さんを見つめることは僕にも耐えられない。かと言って、何をどうしたらいいのかも分からない。


 気が付けば僕は、弓削さんの体を抱きしめていた。


「カンゴくん……!」


「弓削さんだけじゃない。僕も七年間、ずっと想い続けてきたんだ。思い出したよ……七年前、僕は一人の女の子の笑顔を見たいと願った。その子と別れてから七年間、ずっと探し続けていた。ゴメン……その子が誰だったのか忘れていて。すぐ近くにいたのに気が付かないでいて」


 弓削さんを抱きしめながら、胸の内に秘めていた想いを打ち明ける。


 こうして抱きしめてみれば、弓削さんの温もりや吐息から弓削さんの想いまで感じ取れる気がする。僕のことを想う度、弓削さんがどれだけ自分の胸を焦がしてきたか。僕の瞳を見つめる度に、どれだけ胸を苦しめてきたか。その想いを誰にも打ち明けることが出来ず、一人で苦しんできたか。


 弓削さんの苦しみを救うことが出来るのは、僕だけなのに。それなのに、僕にはどうしたらいいのか分からない。どうしたら、この胸に巣食う恋心を真実の愛へと変えられるのか。


 弓削さんへの恋心は本物で、それ以上の気持ちなど見つからない。


 友人関係が希薄な僕だから。「オヤジ」なんて呼ばれてクラスに打ち解けず、同い年のクラスメイトに歩み寄ろうとしてこなかった僕だから。


 だから弓削さんと会って話をすれば、楽しいという想いが一番に込み上げる。その想いが瞳に宿り、弓削さんを悲しませてきた。


 僕は弓削さんに恋し、弓削さんは僕を想い続けて胸を痛めてきた。


 それなのに、弓削さんの切なさも悲しみも少しも僕には届かず、僕は一人で気持ちを弾ませていたんだ。


 きっと弓削さんは人知れず僕のことを恨み、涙を流してきたことだろう。


 憎んでくれていい、殴ってくれていい、罵ってくれていい。僕は弓削さんの痛み辛みの全てを受け入れるから。


 どんなに言葉で飾ってみても、僕の本心は弓削さんには筒抜けだ。だから、今は僕の本心を伝えるために抱きしめることしか出来ない。そうすることで、好きな人に恋心しか抱けない僕の浅はかな心をさらけ出す。


 僕は自分自身の心が許せない。こんなにも弓削さんのことが好きなくせに、弓削さんを悲しませることしか出来ない心が。そして僕自身を責める僕の心は、また弓削さんを悲しませるのだ。


 弓削さんが傷ついた分は、全て僕に返してくれて構わない。弓削さんを泣かせた分は、全て僕にぶつけてくれて構わない。二人の心が愛にたどり着けないのであれば、僕は一生をかけても弓削さんに償っていく。


 僕の心は、あの日に弓削さんに捧げてしまったのだから。僕の人生も弓削さんに全て捧げるんだ。


「…………」


 顔を離して見つめ合う。そこで弓削さんが、驚いたように目を見開いた。


 その大きな目から涙が頬を伝う。どうしたのだろうと思っていると、弓削さんは涙を拭うようにして僕の胸に顔を押し当ててきた。


「弓削さん……?」


 僕の呼び声に弓削さんは顔を上げて、涙を流したままニッコリと微笑む。


「水色やぁ……」


 そんな弓削さんの瞳も水色に輝いて見えた。

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僕は何色の瞳で君を見る? 相川巧 @yosemite

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