4-9
「よぉ、おかえり」
「おかえりは、こっちのセリフだよ。どうしたんだよ、兄ちゃん?」
ここ数年、こんな時季に帰高することなんて無かったのに。急に連絡も無しに帰ってくるなんて。
「なぁに、明後日は敬老の日だからな。ちょっとばかし天神町の老夫婦のことが気になってな」
「誰が老夫婦よ」というキッチンからの声に、兄ちゃんは歯を見せて笑う。今年で二十六歳だが、こういうところは昔から変わっていない。
同じ兄弟とは言え、兄ちゃんは見た目も性格も僕とはまるで違う。身長からして僕より十センチ以上も大きいし、相変わらずのボブ・マーリーを意識したドレッドヘアーにあごひげを生やし、額にはサングラスを掛けている。それが決して強面ではなくキマッて見えるのがスゴいところだ。
学校でもダンススクールでも友達が多く、同年代からも「ボビーさん」と呼ばれて常に環の中心にいた。今は渋谷で音楽関係の仕事をしているそうだが、兄ちゃんを知ってる人が聞いたら誰もがイメージ通りと言うだろう。
などと考えていると、兄ちゃんの手元に一枚のCDケースが置かれているのに気が付いた。ジャケットに写っているメンヘラメイクの少女は、確か奈都が推していた原宿系アイドルじゃなかったか。
「兄ちゃん、それって……
「おっ、流石デキた弟だな。ちゃんと兄ちゃんがプロデュースした曲、聴いてくれたのか」
「いや、僕じゃなくて友達が……えっ、何? 兄ちゃんがプロデュース?」
全く意外な言葉に兄ちゃんとCDケースとを見比べる。
「そうなのよー。この子ったら、いつの間にそんなに偉くなったのかねー」
僕の分のそうめんを運んできた母さんが、口調とは裏腹に嬉しそうな表情で言う。
「まだまだ、こんなもんは序の口よ。俺はな、俺が売り出したアイドルたちを中心にしたよさこいチームの立ち上げを考えてるんだよ」
「アイドルのよさこいチーム?」
兄ちゃんは高校生の時にMAINSTREETというよさこいチームを結成して、よさこい大賞を獲得した。今度は東京で、また新たなチームを立ち上げるつもりなのか。
「MAINSTREETを引き連れて、原宿のスーパーよさこいに参加した時なぁ……あぁ、俺が活動する場はここだと思ったんだよ。俺は『高知にあだたぬ男』だからな。そんで東京で作ったよさこいチームを率いて、今度は高知のよさこい祭りに殴り込みだ。生まれ故郷に錦を着て帰ってやるよ」
兄ちゃんが考えることは、いつでもビッグだ。それに原先生が言うように、事前に誰にも相談せずいきなり決めてしまう。この行動力は、確かに四国に留まっている逸材ではないだろう。
それで高知に残された原先生は、納得できなくても仕方ないだろうけど。
「原先生は、兄ちゃんと高知でやっていくつもりだったって言ってたけど?」
「ケオリか? あいつとも二十歳の時に別れて以来だなー。さっき学校に電話してやったら、泣いて喜んでたぜ」
「兄ちゃんに会ったら、ぶん殴ってやるってさ」
僕なんか原先生の剣幕を思い出して身震いしてるというのに、兄ちゃんは豪快に笑っている。きっと坂本龍馬が現代に蘇ったら、こんな感じなんだろうな。
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