4-8

 それから、どうなったのかはよく覚えていない。


 気が付いたら弓削さんの姿はガゼボから消えていた。お店の手伝いに向かったのか、一旦帰宅したのか。別れ際に言葉を交わしたのかどうかさえ、記憶に無い。


 僕も自分の天神町へと向けて歩きながら、心の中では弓削さんのことを考え続けていた。


 僕は今も弓削さんのことを想っている。弓削さんと恋人になりたいと願っている。それは僕だけの想いに留まらず、弓削さんの一途な想いを成就させるためにも結ばれたいと考えている。


 それなのに、弓削さんを見る僕の目は一向に変わらない。単なる恋心。自分だけが楽しいという独りよがりな気持ち。飽きたら忘れる一時的な感情。どうすれば、それを変えることが出来るんだ。


 今の僕には覚悟が無いということか。これから一生を通して弓削さんと人生を歩いていくという覚悟が。言葉では簡単に言えても、まだ高校生の僕にはその言葉が持つ重さが想像できていない。今が楽しければいいという気持ちが先に出てしまう。そういうことなのか。


 夫が妻を想い、母親が娘を想う愛というのは僕なんかでは想像がつかないほど重いはず。十六歳の若造、それも人付き合いを避けてきたような奴には背負えないほどの重責だ。いざとなったら、きっと逃げ出すに決まっていると心のどこかで思ってしまっている。それがいけないのか。


 そうやって自分の心を責め続け、どうすればいいのかと悩み続ける。僕がこんなに苦しんでいるのは弓削さんのせいだと、そんな瞳の色を見せつけてしまう。その瞳を見る度、弓削さんはひどく傷ついて僕のために涙を流すことになる。


 僕と弓削さんは、初めから結ばれない運命だったのではないか。弓削さんは僕の気持ちが知りたいと願い、神様が相手の気持ちが分かる能力を授けてくれた言った。けど、そのために弓削さんは何度も何度も辛い気持ちを味わってきた。本当に神様がいるのなら、それは贈り物なんかじゃなく罰だったのではないか。これほどまでに重い罰を受けなくてはならないような罪を弓削さんが犯したっていうのか。


 悲観的な考えは留まることを知らず、足取りを重くしながらもいつの間にか家に着いていた。


「ただいま……あっ」


 玄関のドアを開けてすぐ、異変に気が付いた。見慣れぬ黒い靴が置いてある。原先生の言う、あの男が帰ってきているのを思い出した。


 リビングに入ると、そうめんを食べていたその人物がニヤリと笑いかけてきた。

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