4-6

 弓削さんを待たせてはいけない。七年間も待たせてしまったんだ。これ以上は、僕の方も耐えられない。


 弓削さんは「こないだバイバイした所」と言っていた。この間の日曜日、最後に別れた場所……はりまや橋だ。とでんで一駅の場所だ。すぐに着ける。


 急いで目的の場所まで行くと、弓削さんは橋の赤い欄干(よく勘違いされるが、赤い欄干の方は本物のはりまや橋ではない)に背中を預けて待ってくれていた。


「ゴメンね、お待たせ」


 走ってきたから、息を切らせているのが自分でも分かる。急いできたという証拠だが、それがかえって弓削さんに僕への申し訳なさを抱かせはしないかと考えてしまう。


「ううん……一人でずっと、話す言葉考えてたし」


 僕の方は弓削さんを待たせていることが気がかりで、すっかり言葉が消えてしまった。


 弓削さんは僕の顔を見ず、視線を左右へと動かしている。


「日曜日……そこのからくり時計、一緒に見ちゅうよね。よさこい祭りの日……そこで今枝くんと目が合うたよね」


 僕と弓削さんの数少ない思い出だ。これから、もっとたくさんの思い出を作っていきたい。


 そう告げる前に、弓削さんは橋を下りて水路の横を歩いていく。僕は黙って、その後を追った。


「私と今枝くんの最初の始まりは、七年前やった。私が今枝くんに恋をして……二番目の始まりは先月、ここで今枝くんが私に恋してくれた時やった」


「それは……」


 違うんだ。僕も七年前に同じ気持ちを抱いていた。弓削さんの背中は近くで見ているのに、何だか遠くに思われて言葉が続かない。


 やがて弓削さんは水路の上に作られたガゼボ(西洋風の東屋)の中へと入っていく。僕もそれを追う。


 ガゼボの中で向き合った弓削さんの顔は、微笑んでいるのに寂しさをたたえている。僕の目がまだピンク色のせいだ。


「タエから聞いたよ。今枝くん、私のために色々と悩んでくれちゅうって。嬉しかったぁ……タエは分かっちょらんみたいやったけど、私には分かっちゅう。今枝くんが、ピンクの目から水色の目にしようと頑張ってくれちゅうがって」


「うん……そうだよ。そのためなら、弓削さんのためだったら僕は何だって出来る。仁淀川に頭から突っ込んで、目玉全部を仁淀ブルーに変えることだって」


 言葉そのものは奈都の受け入りだが、それでも僕の本心には違いない。


 冗談めかした僕の言葉に、弓削さんは少しだけ笑ってくれた。いや、その前から微笑みを浮かべてはいるんだ。僕が弓削さんのために行動していると聞いて嬉しいとも言ってくれた。


 それなのに、弓削さんが醸し出す雰囲気は重くて暗い。


「今枝くんが、私のために色々と頑張ってくれるんは……嬉しい。でも、そのせいで今枝くんが苦しみゆうを見るんは……私、耐えられんぞね」


 弓削さんの大きな目から一筋、涙が零れ落ちる。


 僕は、ハッとなって自分の目元に手を持っていった。今、弓削さんを見つめる僕の目は何色になっているのだろうかと。

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