4-5

 僕自身、気が付かなかった弓削さんに対する七年間の想い。それを伝えるタイミングを窺っている内に土曜日になってしまった。


 月曜日は敬老の日で休みだから、今日を逃すと火曜日まで弓削さんには逢えないことになる。


 思えば僕の方からは、弓削さんにキチンと想いを伝えてはいなかった。好きだとは言った気がするが、それは弓削さんの告白に便乗した形だ。今日、言うしかない。それで弓削さんと晴れて両想いになって、日曜月曜と本当のデートをするんだ。


 イオンへ映画を観に行こう。南の動物園にも行こう。よさこい祭りのソフトも発売されるから、それも一緒に観よう。


 弓削さんはまた照れて赤くなるだろうな。でも、僕はあの笑顔にまた逢えると思ったら今から楽しみだ。


 そんな付き合えた後の妄想を隅へと追いやって、帰り支度をしている弓削さんの席へと近づく。


「あの、弓削さん……この後、ちょっと時間ある?」


 ビクンと体を弾ませた弓削さんに代わって、灘さんが間に入り込む。


「何? スミエは今日、お店の手伝いがあるのよ」


「いや、すぐに終わる……終わらないかも。それじゃ、お店が終わった後でもいいかな?」


「仕事で疲れているところを呼び出すつもり? スミエのこと何も考えてないのね」


 その言葉は耳が痛いし胸も痛む。やっぱり僕は自分のことしか考えていないのかと。それでも今日は引くことは出来ない。大事な話があるんだ。


「ううん、えいよ。私も……今枝くんに話があるき」


 弓削さんが顔を上げて言う。僕ではなく灘さんに向けて。


 灘さんは少し困惑したようだが、弓削さんに言われては仕方ないとうなずいた。


 僕はそんな灘さんに目線で伝える。今日、例の言葉を弓削さんに打ち明けると。


「ほんなら、帰りながらでえい? あ、今枝くんは遠回りやけど」


「大丈夫だよ。じゃあ、行こうか」


 弓削さんと二人揃って教室を出ようとしたところで、教壇の方から声を掛けられた。


「おい、カンゴ」


 一年C組で僕を下の名前で呼ぶのは一人しかいない。ホームルームの後も教室に残っていたはら先生に睨まれた。このタイミングで説教ですか。


「ゴメン、先に行ってて」


「うん……こないだバイバイした所で待ちゆうね」


 弓削さんを見送ってから、渋々教壇へと近づく。理由は分からないが原先生は機嫌が悪そうだ。


「はぁ~……カンゴ、えい加減にしちょけよ、あの男」


「うっ、ごめんなさい! えっ、あの男?」


 反射的に謝るが、話が見えない。あの男って誰?


圭介けいすけや、圭介。お前の兄貴、なんなら?」


「えっと……兄貴が何か?」


「さっき職員室に電話しよって『今、龍馬空港に着いた』とか言いよったで」


 兄ちゃんが龍馬空港に? 今日? さっき?


「こっち帰ってくるなんて連絡、聞いてないですけど……」


「はぁ~、ったく……そういう男や、あいつは。自由人過ぎる。東京行きよった時やって、そうやった」


 そういえば昔、原先生は兄ちゃんと付き合ってたんだっけ。一緒にMAINSTREETメインストリートを立ち上げた仲間でもあったはず。


「事前に何の相談も無く一人で決めて、一人で上京しよったがやで。私はあいつと、ずっと高知でMAINSTREETやってくつもりやったに。あいつとは五台山の展望台に南京錠まで掛けた仲やったがよ」


「それ、破局するジンクスじゃないですか。と言うか、フツーに迷惑行為ですって」


 僕はこれから弓削さんに想いを伝えようというのに縁起が悪い。


「今更あいつがヨリ戻そうなんて話したら、ぶん殴っちゃるで。そう伝えちょき」


 指をパキパキ鳴らしながら言われて背筋が凍る。とんだ、とばっちりだ。


 まだ怒りが収まらない原先生を適当にあしらって、僕は教室を飛び出していった。

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