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「とにかく、スミエは今枝くんが自分のために何かしてくれなくても、自分が今枝くんを好きなだけで幸せな子なの。今枝くんに話を振ってもらうまでもなく、自分から今枝くんのことを知っていってどんどん好きになる子なのよ。スミエが抱く理想の男性像がどんなかは分からない。けど、少なくとも自分の理想を相手に押し付けるような子ではない。強いて言えば、スミエの理想は貴方なのよ」


 その上で、何を悩むのかと言われた気がした。灘さんに言われたことは、弓削さん本人が話してくれた内容と合致する。


 弓削さんは七年間も変わらず、僕のことを想い続けてくれている。弓削さんよりダンスの飲み込みが早かった小学生の時も、弓削さんより遥かに成績の劣る今でも変わらず好きでいてくれている。


 灘さんの言う通り、弓削さんが考える理想の相手が僕だからだ。例え僕がどんな姿であろうとも、弓削さんは僕という人間に想いを寄せている。だから僕がもっと自分を磨き上げようとしたって、それは意味が無い。


 弓削さんが僕を見て表情を曇らせるのは、僕が弓削さんの理想に届いていないからじゃない。僕の心に問題があるんだ。弓削さんの好みを知れば弓削さんを喜ばせることが出来るというのは、浅はかな考えだった。


「ねぇ、今枝くんはスミエを喜ばせたいと言うけど、それは誰のため?」


「それは……もちろん、弓削さんのためだよ」


 決まってるじゃないか。そうは思っても灘さんの目は信じてくれていない。


「スミエのためと言っても、それは今枝くんがスミエと付き合いたいからじゃないの? 結局、自分のためじゃない」


 違う、という言葉が込み上げてきたのに口に出来ない。


「今枝くんは、どうしてスミエを好きになったの? 美人だから? 頭が良いから? 人気者だから?」


 そんな気持ちは結局、一瞬の想いに過ぎない。弓削さんが一番恐れているものだ。


 でも、灘さんの言葉をすぐには否定できない自分がいる。


 僕が弓削さんに恋をしたのは、よさこい祭りの時だ。綺麗な衣装と化粧、華やかな舞に心を奪われた。本当に?


 よさこいの衣装を着た女性の魅力は五割増しという話も聞く。それは正確じゃない。


 僕は決して弓削さんの容姿に惹かれたわけじゃない。もしそうなら、教室で見かけた時にとっくに恋に落ちてるはずだ。


 よさこい祭りで出逢ったからこそ意味がある。僕が本当に心を奪われたのは、弓削さんの衣装でも踊りでもない。あの輝く笑顔だ。


 教室でクラスメイトに見せるのとは違う。よさこい祭りで出逢った弓削さんの笑顔だから意味があるんだ。


 その笑顔を生み出したのは誰なのか。弓削さんは言っていた。僕の期待に応えられるよう頑張ってきたと。僕に褒めてもらうために努力してきたと。成長した自分の姿を僕に見てもらいたくて、神社にお参りまでしたと言っていた。


 弓削さんが努力を始めたきっかけ。それは七年前のくらんでの練習の時だ。僕はその前から兄ちゃんにダンスを教えてもらっていた。


 ダンスが上達する以上に褒められるのが嬉しくて、この気持ちを他の人にも知ってもらいたいと思った。


 そうだ、はっきりと思い出した。僕がくらんで他の子供たちにダンスを教えていたのは、何も自分が上手く踊れるから得意になっていただけじゃない。少なくとも、あの女の子に対しては。


 その同い年くらいの女の子は振付をなかなか覚えられなくて、思ったように踊ることが出来なくて泣きそうになっていた。だから僕が声を掛けたんだ。


 上手く踊れないせいでダンスを嫌いになってほしくなくて。上達して、もっとダンスを好きになってもらえるように。その子が楽しそうに踊って笑っている顔を見たいと思ったんだ。


 やっと分かった。あの時の女の子が、弓削さんだったんだ。


 僕がよさこい祭りで弓削さんに恋をしたのは、それが一番見たかった笑顔だったからなんだ。七年間、待ち望んでいた笑顔だったから。


「……何を悟ったみたいな顔をしているの?」


 灘さんに指摘されて我に返る。


「気が付いた……いや、思い出したんだよ。七年間、想い続けていたのは弓削さんだけじゃない。僕にとっても、初恋だったんだ」


「あらそう。だったら、あの子に教えてあげたら? きっと喜ぶんじゃなくて?」


「うん。そうするよ」


 非常につまらなさそうに言う灘さんに、僕は深く感謝した。

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