4-3
「スミエはわたくしが認めた、ただ一人の相手。わたくしと対等に渡り合い、共に成長していける相手。そんな人を、わたくしはずっとずっと待ち続けていたのかもしれない。スミエと出逢えて、初めて気が付いたのよ。お互いを尊敬し合える、お互いを高め合える生涯の仲間をわたくしは欲していたのだと。夏休みに、わたくしは自分の気持ちを正直に伝えたわ。そして、受け入れてもらえたのよ」
それが灘さんが弓削さんに告白したというウワサの真相か。周りの勝手な憶測からは想像も付かない、二人の関係の真実か。
言葉を区切って灘さんが目を閉じる。再び開かれた瞳は、鋭い眼差しを僕に向けてきた。
「わたくしとスミエは、お互いに欠かせない存在。それを周囲に理解してもらおうなんて思わない。いいえ、きっとわたくしたち以外に理解できる人なんていない。わたくしにはスミエだけ。スミエにはわたくしだけ。二人の間に入ろうとする人間は邪魔なだけ。そう思っていたのに……」
「僕が……現れた?」
「そうよ。正直、今枝くんのどこが良いのか分からなかった。成績は平凡でスミエとはまるで釣り合わないし、髪もボサボサで見た目もダサいし」
面と向かって言われると、さすがに傷つくんですけど。
「でも……それは恋もしたことがない、わたくしのひがみなのかもしれない。恋というのはきっと、理屈でするものではないのでしょうね」
灘さんの口調が寂しげなものに変わった。目元からも鋭さは失せ、視線を落としている。
恋は理屈でするものではない。僕と弓削さんは、それを身をもって経験している。いや、恋に限った話ではない。
「今枝くんにもきっと、わたくしには分からない……スミエにしか分からない何かがあるはず。それを見極めるまで、スミエは渡さないつもりだったけど……わたくしが何を言ったところで、スミエは貴方を選ぶのでしょうね」
灘さんが長いため息をつく。
「分かっていたわ。それでも簡単には納得できない。だから、せめてわたくしの気持ちを聞いてほしかっただけ。それなのに、実際に口に出してみると……ダメね。わたくしの気持ちなんか、きっとスミエの想いには負けてしまう。わたくしは、ずっと……スミエには勝てないもの」
「灘さんの気持ちは分かったよ。きっと弓削さんも分かってくれている。けど、ゴメン……灘さんの気持ちに応えることは出来ない。僕も……弓削さんも」
灘さんは何でも一番を目指している。弓削さんからも一番の相手に選んでほしいと考えている。だから僕や、他の男から弓削さんを守ろうとしてきたんだ。
弓削さんが恋愛と友情を両立して自分と付き合うことさえ認められないほどに、弓削さんの一番になりたがっている。奈都もまた、僕と遊ぶ時間が減るからと弓削さんを赤紫の目で見ていたように。
女騎士様が姫様を守ってきたのは、僕みたいなオヤジに差し出すためではない。その気持ちは分かる。分かった上で、僕も譲れないんだ。
「そうでしょうね……オーストラリア研修から帰った後のスミエ、雨の中をしなね様までお参りにいったもの。今思えば、あれも今枝くんへの想いを成就させるためだったのね」
しなね様は毎年、八月の終わりに土佐神社で催されるお祭りだ。しなね様の日は何故か例年、雨が降る。僕は億劫だから行ったことはないが、弓削さんは雨なんか構わず願掛けに行ったのか。
よさこい稲荷にもお願いしたと言ってたし、そもそも弓削さんの能力は神様が与えてくれたとも言っていた。弓削さんは、神様が願いごとを叶えてくれると信じている。だから今度は僕の心が弓削さんに向くよう、神様にお願いしたんだ。
僕もまた、目の前の灘さんを縁結びの神様だと信じる想いですがり付く。
「灘さん……弓削さんのその想いを、どうにか成就できないかな。僕は弓削さんを喜ばせたい、楽しませたい。そのためには弓削さんが何が好きなのかとか、色々と知りたいんだ。灘さんなら知ってると思ったから」
「……スミエが好きなものは、貴方が好きなものよ」
観念した風にため息をついた後、灘さんが答えてくれた。
「今枝くんがブリティッシュ・スティールを聴けば、それを聴く。今枝くんがライ麦畑を読めば、それを読んで例の一文に顔を赤らめる。そういう子よ」
「……例の一文って?」
「例え話よ。聞き流しなさい」
灘さんが珍しく頬を紅潮させた。
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