4-2

 放課後、灘さんは弓削さんの席に寄りもせずに僕を呼び出した。


 向かった先は体育館棟の脇にある広場。食堂と隣接しており、昼休みは賑わっているが今は他に誰もいない。


 灘さんはベンチに腰掛けると、隣に座ろうとした僕をふんぞり返って見上げてきた。


「で、今枝くんの相談に乗るのがスミエのためってどういうこと?」


 そう来たか。女騎士様は全てにおいて姫様が最優先。すんなりと話を聞いてもらえそうにないとなれば、正直に話すしかない。


「弓削さんの気持ちは灘さんも知ってるだろう? その……僕に対する弓削さんの気持ちは。それで、僕はどうしても弓削さんが満足するような男になりたい。そうすれば、弓削さんも自分が理想だと想っている相手と付き合えて幸せだろう?」


 相変わらず弓削さんの能力については伏せて話をするから、どうにも回りくどい言い方になってしまう。灘さんも弓削さんから打ち明けられてはいないみたいだし。


 何とか僕が言いたいことが伝わってくれればいいんだけど。


「スミエは今枝くんに好意を寄せてはいるけど、今枝くん自身はもっとスミエの理想に近づきたい……そういうことね? それがスミエのためでもあると」


 どうにか納得してくれたみたいだ。そんな期待は眼鏡の奥で光る鋭い視線によって打ち砕かれた。


「それじゃ、わたくしの気持ちはどうなるのかしら?」


「えっ……」


「わたくしはスミエの友達……いいえ、友達以上の存在になりたいの」


「それは、その……やっぱり、みんながウワサしてる通り……」


 灘さんが弓削さんに告白しただとか、二人の関係が百合だとか。そんなウワサが立っていることが、灘さんの口ぶりから連想される。


 灘さんは、さもイラついたように舌打ちをした。


「まったく……どうして、そう低俗な考えしか浮かばないのかしら。だからウンザリなのよ」


 ベンチに座ったまま、灘さんは腕組をして指先で自分の二の腕を叩いている。


 しばらくそうしてイラつきを見せていたが、少しは落ち着いたところで口を開いた。


「わたくしはね、これまで誰よりも勉学に励んできたわ。周りの子たちが遊んでいる時だって塾に行って、誰よりも努力を重ねてきた。わたくしには、他に取り柄なんて無いから……だから、勉強だけは誰にも負けないよう頑張ってきた。周りは誰もわたくしには付いてこれず、それでも自分を顧みることなく相変わらず遊んでばかり……正直、呆れを通り越して嫌になるほどよ。遊び惚けている人間に負けることはないけれど、こんなにも同級生たちの意識が低いなんて。こんな人たちと競い合わなくてはならないなんて……そう思ったから、県内一の進学校と言われるカレン中に進んだの。それでも、やっぱり周りはまだまだ子供ばっかり」


 灘さんの話を聞きながら、僕は自分のことを思い出していた。


 僕も同じだ。小学生の頃、相手の気持ちも考えずにからかったり、相手が望まないあだ名で呼んだりするクラスメイトを子供だと思っていた。進学校のカレン中に上がれば、そういったレベルの低いクラスメイトはいなくなると考えていた。


「中学でも環境は変わらず、高校に上がっても同じだと思っていた。そんな風に考えていたわたくしの前に、スミエは突然現れた。今まで誰にも明け渡したことのなかった成績一位の座……スミエはわたくしと同じように半期考査も期末考査も全教科で満点を取って、わたくしと並んだ。わたくしが初めて出逢った、対等の相手……いいえ、わたくしに出来るのは勉強だけ。スミエは、わたくしが苦手な体育や音楽でも誰にも負けなかった。そんな人に、わたくしは出逢ったことが無かった」


 いつしか灘さんの視線は僕を見据えているようでそうではなく、頭の中に思い描いた弓削さんを見つめている風な輝きを帯びていった。


 尊敬と憧れで輝く灘さんの瞳は、弓削さんにはきっと綺麗な緑色に見えていることだろう。

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