3-10

「へへ……ボクとカンちゃんは、いっちゃんの親友やもんね。将来も、ずぅーっと……他の誰ちゃあ、いらん……けんど、カンちゃんは……弓削さんに恋しちゅうがね」


「あ……」


 寂しそうな奈都の声色に胸が詰まる。奈都の深い気持ちを知った今、こんなにも僕を気にかけてくれている奈都の友情を裏切った気がして。


「分かっちゅうよ。夏休みに入ってからカンちゃん、何だかボーっとしちょった。ボクと一緒におっても話聞いてない時もあったし。あぁ、誰かに恋しちゅうんやなって。ほんで夏休みが明けたら同じクラスの弓削さんのこと、ジーっと見ちゅうし」


 ゴメン。一人で妄想の世界に入り込んで、一緒にいる奈都のことを無視してきたよな。


 その間も奈都は、友達として僕のことを気にかけてくれていた。


「カンちゃんが本気で好きになった人がなら、ボクも応援するよ。カンちゃんがその人と結ばれるよう、カンちゃんのために何だってするがよ。ただ……その人と付き合うてボクと一緒の時間が減るがは、やっぱり寂しいろう」


 友達だから、僕の恋を応援してくれる。友達だから、僕に恋人が出来たら寂しくなる。


 相反する気持ちのようでいて、どちらも奈都の本音だ。それくらい奈都の僕への想いが深い。


「ボクは女の子やない……ボクとカンちゃんとは、恋人にゃなれんき。ボクの代わりにカンちゃんと付き合える子が、羨ましゅうて……憎いが」


 夜空を見上げる奈都の視線は、そこに弓削さんの顔を見据えているのだろうか。


 もしも弓削さんが奈都と向き合えば、その瞳は何色に見えているのか。赤紫か、それとも黒なのか。


 そして僕に向けられた奈都の想いは何色なのか。


「僕は……奈都が僕といてくれて助かったよ。奈都が笑っているのを見て、僕も安心した」


 そうだ。弓削さんも言っていた。僕は奈都のことを白い目で見ていると。


 白は安心の色。僕は、奈都の笑顔を見て安心したんだ。男だと認めてもらえず、仲間外れにされていた奈都が僕の前では笑顔を見せてくれていることに。


 多分、ただの友人だったらこんな風には想わない。兄弟とか家族とか、もっと深い関係の相手に対して抱く感情のはずだ。けど、僕と奈都は肉親じゃない。それなのに奈都が笑っていてくれることに安心するなんて。


「……奈都が言った通り、複雑な関係だな。奈都がいなかったら、きっと僕は誰にも心を開かずに荒んだ毎日を過ごしてた。誰にも興味を持つこともなく、期待を抱くこともなく……誰のことも好きにはなってなかったと思う」


 奈都がいてくれたから、奈都の笑顔を見て安心することが出来たから、僕は人として大切な想いを持ち続けることが出来たんだと思う。


 奈都の笑顔に、存在に僕の心は癒されていた。孤独によって荒むことなく、誰かを愛する土壌が育まれていたんだ。


「僕は、弓削さんが好きだ。友達として以上に好きになっている。こんな風に人を好きになることが出来たのも、奈都がいてくれたからだ。だから、僕は奈都に友達として以上に感謝してるよ」


「カンちゃん……!」


 奈都が僕のことを気遣ってくれているように、僕も奈都を大切にしてきたことが分かった。さっき、奈都には無理をしてほしくないと思ったのも奈都が大切な存在だからだ。


「えへへ、嬉しいなぁ。僕でもカンちゃんの役に立てることがあるんや」


「……もう一つ、感謝することがあるよ」


 僕は、奈都に無理をしてほしくないと思った。それは、奈都が無理をしてまでも僕のために頑張ろうとしてくれたからだ。


 その奈都の気持ちを考えた時、何となく分かったような気がする。


 大切に想う相手のために行動を起こす。それによって自分が傷つくことになろうとも。親が子供を守るように、夫婦が互いを愛するように。この気持ちが水色なのではないか。


 僕が自信を無くした時に、胸を痛めながらも支えてくれた奈都の心が僕に教えてくれた。


「本当……アンパンマンだったな」


「んん? 誰が?」


「奈都が」


 どういう流れでそんな話になったのか、奈都はまるで分からないと言った具合に首をひねった。


 それから頬を膨らませて、夜空の星々を集めた拳を突き上げてきた。


「スターライトアーンパーンチ!」


 誰がデビルスターだ。



 奈都のおかげでヒントを掴めたような気がする。弓削さんを見る僕の瞳が水色に変わるようにするためのヒント。


 それは僕自身が、弓削さんのために何でもするくらいの気持ちを持つことだ。


 奈都が僕のことを想ってくれているように、自分の気持ちよりも弓削さんを優先して考えることなんだ。


 果たして僕にそれが出来るのか。いや、出来るようにならなくてはならない。


 弓削さんの七年間もの僕への想いを失恋で終わらせてはならない。七年間も一途に一人を想い続けた気持ちを、ありきたりな恋物語で終わらせるわけにはいかないんだ。

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