3-6

 家に帰ってから自室で一人、ブリスチも聴かずに考え続けてる。


 どうすれば弓削さんの気持ちに応えられるのだろうか。どうすれば自分の目をピンク色から水色に変えられるのだろうか。


 風呂上がりに洗面所の鏡に自分の目を映してよく見てみたけど、実は黒目は言うほど黒じゃない。本当に黒いのは真ん中の瞳孔だけで、その周りは茶色。更に白目との境界は藍色だ。


 弓削さんが言う感情の色は、どの部分が色づいて見えるのだろう。黒目の部分なのか、それとも白目も含めた眼球全体なのか。


 どちらにせよ鏡を覗き込んだ自分の瞳は、普通の白目と黒目に見える。まぁ、例え弓削さんと同じ能力が僕にあったとしても、鏡に映った自分を見てピンク色の目になるはずはないんだけど。


 ネットで色と感情の関係も調べてみた。もっとも弓削さんが話してくれた内容は弓削さんの実体験に基づくものであり、ネットの記事を書いた人が弓削さんと同じ能力でも持っていない限り正しい情報とは言えないけれど。


 ネットで調べた限りでは水色は自由とか繊細とか驚きとかで、多分弓削さんが感じているものとは違う。


 弓削さんが見たいと言った水色の目は、何というか慈愛とか家族愛とか、もっと優しくて温かいもののような気がする。


 高校生の僕に、そんな境地に達することが出来るのだろうか。自分のことしか考えていないような奴に。


 そうだ。昨日のデートでも、僕は弓削さんと一緒にいられることを一人で楽しんでいた。弓削さんも楽しんでくれていると勝手に思い込んで、弓削さんの気持ちを考えようともしなかった。


 その陰で弓削さんをずっと泣かせていたことも知らないで。


 弓削さんのことも喜ばせてあげたい。けど、そのためにはどうすればいいのか。


 弓削さんは完璧すぎて、僕はあまりに平凡で。ダンスだけはずっとやってきたけど、相手はよさこい大賞三連覇チームの姫様だ。とても敵わない。


 弓削さんは小学生の時のイメージから僕のことを未だにスゴい奴だと思ってるみたいだけど、やっぱり僕じゃ弓削さんとは釣り合わない。


 諦めるか――浮かび上がった考えを即座に否定する。それだけは出来ない。


 弓削さんは昨日のデートの間、本当の恋人のように振舞って僕を気遣い僕を楽しませてくれた。僕の気持ちを単なる片想いの恋心から一歩前進させるために。僕の目をピンク色から違う色に変えさせるために。


 結果として僕の目は最後までピンク色のままだった。そのせいで弓削さんを悲しませてしまった。


 きっと弓削さんはあの時、自分の無力さを責めていたんだろう。これまで積み重ねてきた努力が無駄だったという残酷な宣告をされる想いだったろう。


 僕が弓削さんへの想いを諦めて、また元のグレーの瞳に戻ったら今度こそ弓削さんを深く傷つけてしまうことになる。それこそ一生、立ち直れないほどに。


 それだけは絶対に出来ない。


 弓削さんは言っていた。ピンク色の想いというのは一時的な感情でしかない。相手への恋心が消えれば、瞳の色は良くないものへと変わってしまう。


 だから弓削さんは僕の目の色を見て泣いたんだ。弓削さんを見る僕の目が、いずれグレーに変わることを恐れて。いや、もっと良くない色に変わる可能性さえ弓削さんは予感したはずだ。怒りや失望、果ては黒に変わると弓削さんは言った。怒りは赤、失望は紫だとしたら黒は?


 黒……弓削さんが具体的な感情を口にすることさえ恐れた色。弓削さんの不安を現実にするわけにはいかない。


 僕の目の色を少しでも弓削さんが望む色に変えるよう努力しなくては。


 オレンジはどうか。オレンジは期待の色。小学生の頃の僕は弓削さんよりもダンスが得意で、弓削さんが上達するのを期待していたらしい。今はもう、そんな偉そうなことを言えないくらい差がついてしまっている。


 白はどうか。白は安心の色。でも恋する弓削さんの隣にいると自然と胸が騒いでしまう。弓削さんの大きな瞳を見つめると心臓は高鳴り頭はぐらつき、とても落ち着いてはいられない。


 緑はどうか。緑は信頼の色。弓削さんは僕のことを七年間も好きでいてくれたんだから、その想いに対しては信頼できる。いや、結局それも僕の目の色次第じゃないか。


 やはり水色しかないか。自分だけが楽しい独りよがりの恋じゃなく、相手のことを思いやった愛。相手を喜ばせようという想い。今の僕は、自分の目の色を変えて弓削さんを喜ばせてあげたい、安心させてあげたいと願っている。それだけで実はもう、水色に変わっているんじゃないか?


 自分一人だけじゃ解決できそうにない。誰かに相談に乗ってもらいたい。僕の狭い交友関係では、頼りに出来るのは一人だけだ。


 ただ一人の親友にスマホからメッセージを送る――僕の力になってほしい、と。

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