3-5
あのよさこい祭りの日、弓削さんは僕と目が合った時にはにかむ仕草を見せた。僕はそれを弓削さんも僕と同じ気持ちだからだと考えた。その考えは正しかったんだ。
でも、その直後に弓削さんは微笑みを消して涙を零した。その表情を見たため、僕は自分の予想が勘違いだったと早合点した。
今なら弓削さんの涙の理由が分かる。昨日の別れ際に打ち明けてくれた言葉の意味も。
弓削さんは、僕の弓削さんへの想いが単なる恋に過ぎないと知った。きっと弓削さんは、僕みたいにピンク色の目をした人たちの恋心が長続きしないことを見て知っていたんだろう。
だから僕の気持ちを変えたかったんだ。ピンク色から先に進めるように。
「今枝くんの、あのオレンジ色の目をまた見たい。私が、もっともっと上手に踊れるようになるんを期待しちょってくれた目を。今枝くんに恋心以上の興味を私に持ってほしゅうて、まずは今枝くんのことを知ろうとしたんよ。今枝くんが好きな音楽、好きな本、好きな場所、全部知りたい。そんで私も今枝くんと同じもんを好きになりたい。今枝くんと同じもん、同じ時間を共有して一緒に楽しんで……今枝くんにも私とおって楽しい、嬉しい、幸せやと思うてもらいとうて……なんか私、ストーカーみたいやね」
そこで弓削さんは、失敗を見られたのを恥ずかしがるように両手の人差し指の先を合わせた。
「でも……仕方ないよね。私やって今枝くんに、ずっと恋しちゅうもん。今枝くんが好きな音楽のCDを学校にまで持っていって気づいてもらうんを期待したり、今枝くんと同じたい焼き屋に寄って今枝くんが来るんを期待したり……でも、いざ今枝くんが目の前に現れると動転して、てんで話せんで……やっぱり私、ダメやね」
そんなことない、と声を掛けたかった。弓削さんの表情があまりにも切なくて、僕は言葉を忘れてしまっていた。
「教室で今枝くんに声かけてもろうた時は、もう心臓が飛び出るかと思うた。待ちに待ったデートの誘い。何度も夢に見たのに、いざとなると咄嗟に返事が出来んで。勇気を出して顔上げて返事をした時、今枝くんのピンク色の目が見えて胸が締め付けられたけど……大丈夫。当日はこのピンクの瞳を違う色に変えてみせるって意気込んだがよ。私、今枝くんに褒められるよう頑張ってきたよって、今枝くんと並んで踊れるくらいダンスも上達したよって。やき、もっと私に期待してほしい。私のこと、理想の女の子やと思うてほしい」
弓削さんの内に秘めた情熱が伝わってくる。それぐらい僕のことを想ってくれているんだ。
その弓削さんの想いを、僕は知らず知らずの内に傷つけてしまっていた。弓削さんのことをピンク色の目で見たために。
「ごめん、弓削さん。僕は昨日のデート……すごく楽しかったんだ。だから弓削さんも楽しんでくれているって勝手に思い込んでた。弓削さんが、どんな気持ちでいたかも知らないで」
「ううん。今枝くんに楽しんでもらいたい、喜んでもらいたいと思うたのはホンマやし。今枝くんにとって理想のカノジョとなれるよう振舞って、その間、私も楽しかったぁ。ホンマの恋人同士の気分やったぁ」
「でも、僕の目の色は変わらなかった」
「……うん。時々、黄色にはなるがやけど、それは緊張とか喜びとかやと思う。やっぱり私には無理ながろうか……今枝くんが東くんのことを見る時みとう、白い目で見てくれるよう頑張っちゅうけど。今枝くんが私とおって安心する、気持ちが落ち着くって……あ、あれ? 私、今枝くんにどう思うてほしかったんやっけ?」
弓削さんは自分の気持ちが分からないといった風に首を傾げている。
分かるよ。人は恋をすると、相手への想いとか自分の気持ちが見えなくなる時がある。僕もそうだから。
「弓削さん、は……何色で見られるのが一番好き?」
「……水色」
僕の問いかけに、弓削さんは少し考えてから答えた。
きっとそれが、弓削さんの心の一番深いところにある答えなんだろう。
「水色がえいなぁ。パパやママがお互いを見る時や、私のことを見る時みとうな水色。そんで私も今枝くんと水色の目で見つめ合うて……」
うっとりしながら語っていた弓削さんは、自分の発言に照れたかのように赤面してうつむいた。
水色、か。きっとそれが一時の恋心ではない真実の愛なのだろう。
「分かった。弓削さんのことを水色の目で見れるよう頑張ってみるよ。今度は僕が、弓削さんのために努力する番だ」
弓削さんからの返事は無い。代わりにうつむいたまま、コクコクとうなずいてくれた。
妄想の中のように上手くは言えなかったかもしれないが、僕の気持ちは弓削さんに伝わったみたいだ。
ふと、灘さんの方を窺ってみる。いつの間にか野次馬の姿は消えて、そこには灘さんと階段を下りてきた奈都がいるだけだった。
野次馬連中は僕と弓削さんの様子も分からず、ドラマで見るような告白劇が繰り広げられるわけでもないため飽きて解散していったのだろう。
灘さんは僕と目が合うと、話が終わったのを察したようだ。こちらに近づいてきた。
「スミエ、もういいのかしら?」
弓削さんは少し迷ったようだが、やがて小さくうなずいた。
「それじゃ、弓削さん。またね」
今日のところは、もう話もおしまい。僕も帰宅しようと弓削さんに別れを告げる。
弓削さんはうつむいたままだったが、小さな声で「ほなね」と言ってくれた。
「……カンちゃん、帰ろ」
奈都が僕を弓削さんから引き離そうとするかのごとく、袖を引っ張って催促する。
奈都と一緒に大階段から離れると、後ろから弓削さんの声が響き渡った。
「タエぇぇぇええ!」
驚いて振り向くと、弓削さんが泣きながら灘さんの首に抱き着いていた。
「聞いちゅうが? カンゴくん、めっちゃカッコえいがよ~~。私のために頑張るがやなんて、ホンマ嬉しゅうて涙が止まらんもん。やっぱカンゴくんは、私の――」
奈都が強めに袖を引っ張ったためそちらに注意が行き、弓削さんの言葉は最後まで聞けなかった。
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