3-4
「そんでね、今枝くんとは三年生の時に会うたきりやったけど、私の気持ちは変わらんかった。今枝くんのオレンジ色の目をまた見とうて、めっちゃ頑張ったがよ」
「オレンジ色の目……」
「うん。オレンジは期待の色やき。今枝くん、私がダンスが上手うなれるよう期待してくれちゅう。そう思ったき、今枝くんの期待に応えれるよう頑張っちゅうよ。今枝くんはスゴい人やき、キラキラ輝いちゅうき。今枝くんの目に映る私も同じくらいキラキラして見えるよう、勉強もダンスも頑張ってきたんよ」
そう語る弓削さんの表情は本当に輝いて見えた。僕なんかよりずっと。
「そんなことないよ。僕はただ、自分がちょっと他の子より上手く踊れるからいい気になってただけだ。それに、弓削さんも知ってるだろ? 僕の成績は弓削さんには全然、及ばない平凡なものだよ」
「ううん! 今枝くんは誰よりも輝いちゅうよ。私の……王子様やもん」
消え入りそうな声で弓削さんがつぶやく。かろうじて聞こえたその言葉に対しても、僕は心の中で買い被りすぎだと否定する。
「よく頑張ったねって、今枝くんが褒めてくれるんを夢見て……私、何でも一所懸命に頑張ってきた。高校進学やって、そう。今枝くんがカレン中に行きよったがを聞いて、きっと高校もカレン高に進むと思うたき私もカレン高に決めたが。県内一の進学校やもん、やっぱり今枝くんはスゴいなぁって思うた」
それも買い被りすぎだ。
小学生時代から、僕は周りから浮いていた。それを当時の僕は、周りが自分のレベルに追いついていないからだと考えてた。
それで頭のいい生徒が集まるカレン中を受験したんだ。
だけど、中学でも高校でも僕の立場は変わらない。結局、根本の原因は周りと打ち解けようとしない僕にあったんだ。
自分以外を幼稚な子供だと考えて、自分は他の生徒より大人なんだと思い込んで孤立していった。一番の子供は僕だった。
「七年前のよさこい祭りの後、今枝くんが通っちょったダンススクールに私も通ったがよ。でも、そこに今枝くんの姿は無うて。あぁ、やっぱり今枝くんはもっとレベルが上のクラスで習っちゅうんや思うたき、私も頑張れたがよ」
違う。その時にはもう、僕はダンススクールを辞めていた。
兄ちゃんと同じスクールでレッスンできるからと、最初は僕も楽しんでいた。でも、兄ちゃんはスクールで一番ダンスが上手くて、僕はその兄ちゃんの弟という見方をずっとされてきた。
兄ちゃんと比べられたくないとか、プレッシャーに感じるとかじゃない。ジュニア、なんて呼ばれ方に僕個人が否定されている気がして居心地が悪くなったんだ。
思えば、そのダンススクールでの出来事が僕の対人関係の始まりだったのかもしれない。ジュニア呼ばわりに戸惑ってしまい、周囲に壁を作ってしまったんだ。
いや、そんなのは言い訳だな。結局は僕が臆病なだけ。やっぱり僕は弓削さんが憧れるような人間じゃない。
「弓削さん……スゴいのは弓削さんの方だよ。僕なんかへの想いだけで、成績もよさこいも誰にも負けないくらい一番になれるなんて。僕は頑張ることが出来なかった。ダンスは好きで続けてたけど、スクールはすぐに辞めてしまった。よさこいだって今年は踊ってない。カレンを受けたのは勉強を頑張ったからじゃない。対人関係で頑張ることが出来なかったからだ」
弓削さんと比べると自分が惨めで仕方なかった。自分で自分の欠点を口にしてみると本当に情けなくなる。
弓削さんも幻滅しただろう。いいや、いっそ幻滅してくれ。弓削さんは僕とは関わっちゃいけないくらい立派で、努力家で、優しくて……あぁ、やっぱり好きだ。
「……そんでも私は、今枝くんが好きやき。今枝くんが自分で気づいちょらんカッコえいところも、私だけは知っちゅうき。私は……私の恋を叶えたいが。やき、今枝くんの私を見る目を変えたかったんよ」
「弓削さんを見る目?」
「カレン高に入学して、まさか同じクラスになれるがなんて夢みたいやった。でも、一学期の内は今枝くん、私に興味ないみたいやった。同じ教室におるんやし、チラッと目が合うたり廊下ですれ違ったりもしたけど……その時の私を見る今枝くんの目、いつもグレーやった」
グレーの目。寂しそうに語る弓削さんの雰囲気から、どういう感情なのか察することが出来た。
「グレーは……無関心の色。今枝くんが私のこと、なんちゃあ想っちょらん証拠。やき、今枝くんに私のこと見てもらえるよう、もっともっと頑張ったがよ」
無関心。それは正確じゃない。
その時の僕には弓削さんは高嶺の花すぎて遠い世界の人だと思っていたから。それを弓削さん自身の頑張りが足りないせいだと思い込ませてしまったのか。
せめて僕が小三の頃の弓削さんとの思い出を覚えていれば、何か変わったのだろうか。
「今年のよさこい祭りは今枝くんに見てもらえるよう、よさこい稲荷の神様にもお願いしたんよ。そいたら祭りの本番の日、ホンマに今枝くんが私に気付いてくれちょった。私と目が合うて、その時の今枝くんの目がグレーやのうなってた」
今年のよさこい祭り。僕は帯屋町で、弓削さんの踊る姿と輝く笑顔に魅入られた。その時から、僕の弓削さんへの気持ちは無関心ではなくなっていた。
「今枝くんの目は、あの時からずっとピンク色。今枝くんが私に恋しちゅう。嬉しいのに、悲しい。ピンクの目が長くは続かんこと、よう知っちゅうき。恋心ゆうがはきっと、一時的な想いろう。恋から醒めたらピンクやのうて、失望や怒り、元の無関心……果てには黒に変わる。そんな人たちを見てきたき、今枝くんに想われるんが嬉しいよりも切のうて。恋してもらうだけじゃ足りん。私が見たいんは、あのオレンジの瞳やき」
胸に手を置いて語る弓削さんの話を聞いて、やっと僕にも理解することが出来た。
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